第27話 隔離
――迷宮地下61階。
61階~65階は沼地フィールドになっている。平原や森の中に広大な沼が点在しているフィールドで足場の悪い地面に苦戦しながら淀んでいるために水中の見えない沼からの奇襲に備えなければならない。
地下61階は見晴らしのいい平原に沼のあるフィールドだ。
「諸君、よく来てくれた。あなたたちが迷宮主たち以外では初めての来訪者だ」
過去の最到達階層は地下55階だ。
侵入者を迷わせる為に色々と工夫が施されたフィールドではあるが、ただの一度も探索がなされたことはない。
「ここは迷宮の地下61階。君たちにはここで生活してもらう」
そのように告げた途端、そこら中から「ふざけるな!」「さっさと帰せ!」「信じられるか!」などといった罵声が飛んで来る。
既に俺が迷宮主である事は里の人たちにも伝わっている。
彼らはプロなので簡単には情報を拡散しないだろうという事は分かる。
そして、迷宮がどれだけ恐ろしい場所なのか、という事も理解しているのだろう。
「事情は彼らから聞きな」
「ぐっ……」
4人の頭領を前に出す。
これからの処遇については既に決定事項なのでこうなった経緯の説明だ。
「状況は理解できたな」
「けど……」
「お前たちは俺の所有物になった。最も効率的な使い方はここで生活してもらう事だと判断した。諜報活動については止めだ」
他人の弱味を握って脅す。
たしかに強力なカードには成り得るが、それ以上に敵を作り易い手だ。
辺境でゆっくりしたいと考えている俺にとっては不要な手段だ。
「俺たちは物なんかじゃない!」
その辺の下りは既にやっているので無視だ。
「ここは迷宮。いるだけで魔力が迷宮に吸収される。強力なスキルを持っていても満足に使うのも難しいぐらい消耗する事になる」
日々の生活だけで精一杯になる。
けれども俺も鬼ではない。きちんと希望を与えることにする。
「ここで生活してくれればいいからどんな事をしてもいい。もちろん迷宮からの脱出を目指してもいい」
「本当だな!?」
「ああ、これからは一切の干渉をするつもりがない」
脱出の邪魔などしない。
挑戦をしたい者がいるのならば脱出に挑戦すればいい。
「任せろ、俺は何度も迷宮に挑んだ事があるんだ。必ずこんな場所から出てみせるさ」
「まさか、一人だけ逃げるつもりじゃないだろうな」
「えっと……」
実力に自信があってガッツポーズをしていた青年が言い淀んだ。
迷宮には他の階層へ自由に移動できる転移結晶がある。しかし、転移結晶を使用する為には自分の手で他の階層にある転移結晶に触れる必要がある。
青年が一人だけ脱出できたとしても他の者は迷宮に取り残されることになる。
「けど、誰かが挑戦しないといけないだろ。必ず救援を呼んでここまで助けに来る事を約束する」
「――あの、もう一度ここが何階なのか教えてくれる?」
「地下61階」
一人の女性が手を上げて尋ねて来たので答える。
「ねぇ、本当に地下61階からの脱出なんて可能だと思っているの?」
「それは――」
まず不可能だ。
200年前にいた最強の冒険者パーティが万全の装備体勢で挑んだとしても迷宮の地下55階までが限界だった。
そこよりもさらに深い場所からのスタート。
すぐ真上は墓地フィールドなので最悪の場合には不死者になって墓地を延々と彷徨い続けることになる。
さらに上は最強の冒険者パーティが音を上げることになった砂漠フィールドまである。事前の用意もなしの攻略できるような場所ではない。
以上の理由から脱走は絶対に不可能だと判断した。
「地下61階は他の階層に比べて土が農業に適しているから畑でも耕せば食物を得られるようになる」
最初は色々と必要になるだろうが、農具を始めとした道具一式については必要経費として出すつもりだ。
最も農作業に適しているのは地下11階~20階の草原フィールドなのだが、あその場所では簡単に脱出されてしまうし、次に適している地下41階~45回の密林フィールドは訪れる人が全くいないという訳でもない。
従って地下61階を選ぶしかなかった。
「腕に自信があるなら下へ行ってもいいぞ」
「下?」
「そうだ。最下層まで辿り着ければ迷宮主になる事ができる。全員の脱出も容易だし、迷宮の全てを思いのままにする事だってできる」
誰かがゴクッと唾を呑み込んだ。
こんな場所まで連れて来た超常の力が使い放題。
もっとも、それこそ絶対に不可能だ。少なくとも不死者の帝王を倒せるだけの実力が必要になる。
「必要な道具とかは後で渡す。後は自分たちで――」
「待って下さい!」
色々あって疲れたので屋敷へ帰ろうとしたところで人混みの中にいた女性から声を掛けられた。
その女性には見覚えがある。
隠れ里へ戻って来た遭遇した子供を抱いた女性だ。
女性の腕の中には何も分かっていない子供が無邪気に笑っている。
「こんな小さい子がこんな場所で生きて行ける訳がありません」
子供の抵抗力を考えれば不衛生な場所で生活させる訳にはいかない。
気付いた時には体調を崩してそのまま死んでいた、なんて可能性もある。
「死んだら死んだだ」
「なっ――」
女性が言葉を失っていた。
「あなたには血も涙もないの?」
「もちろんあるに決まっている」
「だったら――」
「血も涙もないのはあんたの方だろ」
族長から子供を捨てるように言われたら迷わず捨てるといった女性。
そして、今は族長が俺との間に譲渡の契約を交わし、その対象に赤ん坊まで入っていてしまっただけの話。
内容は違うが、族長から子供と一緒にここで生活しろと言われたようなもの。
そして、以前の言葉をそのまま信じるなら女性は何も文句がないはずだ。
「あ、あぁ……」
「少なくともあんたに子供を思い遣るような資格はない」
子供を抱えたまま崩れ落ちてしまった。
他にも赤ん坊は3人いる。状況が呑み込めていない幼子は10人だ。
少し可哀想な気もするが、あのような里に生まれて来てしまった事を後悔しながら生きてもらうしかない。
「今さら、そんな事を言っても遅いのよ」
ボソッとアイラが呟いた。
子供が本気で大切なら族長にも反抗するような意思を見せなければならなかった。
アイラとしては子供には罪がないのだから子供ぐらいは助けてあげたいところだが、ウチで引き取るつもりもないのでできたとしても孤児院に預けるぐらいしかできることはない。
「気にするな」
「うん」
アイラをどうにか宥める。
可哀想と思っているが、それ以上に自分の娘を危険に晒されたことで怒っているのも間違ってはいない。
「せめて子供だけは助けてくれないだろうか?」
若が土下座をした。
ぬかるんだ地面で土下座をしたために汚れてしまっている。
「あんたは若いから族長の言葉に反抗できるだけの思考があった。けど、実際には族長の言葉に盲目的に従うだけだった。俺たちにとっては敵である族長の言葉に従う道具でしかない。だから――あんたの言葉には価値がない」
「……っ!」
せめて人質を取ったとしても族長を諭すなりしてくれれば状況は変わっていた。
しかし、結局は族長の言葉を受け入れてしまった。
その時点で若の心境など関係ない。彼も敵として認定した。
「そういう訳で頑張ってサバイバルしてくれよ」
道具一式が詰まった宝箱を置く。
中にはきちんと種も入っている。
「……これからどうすればいいんだよ」
「知るかよ。あいつらとは敵対するべきじゃなかったんだ」
二人の青年が広大な草原を前にして呟いた。
土地そのものは広大にあるが、出現場所からあまりに離れすぎてしまうと魔物に襲われてしまうので実際には130人が自給自足で生活できるぐらいのスペースしかない。
こちらとしては数人が犠牲になってくれても問題ないのでせいぜいチャレンジして欲しいところだ。
「最後にあんただ」
『オレをどうするつもりだ?』
抵抗する族長を引き摺って地下59階へと移動する。
周囲には何百体というゾンビが待ち構えていた。
『ひっ……!』
「今日からここで他の魔物たちと一緒に暮らしてもらう」
『こんな場所で、だと!?』
有無を言わせずに墓地フィールドに置き去りにする。
ゾンビたちも自分と同じ不死者であるという事は一目見た瞬間に理解している。どれだけ族長の精神が保つのか分からないが、こんな場所で老いることもなく永遠に過ごさせるのが罰としては相応しいだろう。