第26話 捕獲
「まずは、こっちへ集まってもらおうか」
「ぐっ……」
所有者からの命令を受けて4人の頭領が俺の前に跪く。
「お前たちは里の中でも権力を持っている方だ。にも関わらず絶対的な支配者だった族長に対して盲目的に従っていた」
もしも、頭領たちが族長に対して反目していたのなら結果は違っていた。
けれども、頭領たちは族長に反抗するどころか事が終わるまで自分の意見らしい物を一切言わなかった。
おそらく、そういう風に教育されて来た結果なのだろうが全ては自己責任だ。
「責任者として里が滅びゆく光景を見ていろ」
族長の屋敷から出る。
既にいくつもの屋敷から人が出て来ていた。突然、『転移の宝珠』によって自分の体も含めて里が光ったかと思えば転移されることなく消え、再び原因が分からずに光ったかと思えば異変らしい異変は何も起こっていない。
不審に思うのも仕方ない。
「さて、どうするかな……」
絶対的な命令権を手に入れたが命令を聞かせる為には言葉を聞かせる必要がある。
人伝に伝えても意味がないので一人一人に伝えていく必要がある……全員に伝えるのも面倒だな。
「とりあえず手近な場所にいる奴から里の中心に集まるよう言って行くか」
「そうですね」
俺が手に入れた絶対命令権だが、眷属の皆にも同様の権利が与えられている。
なのでメリッサたちにも手伝ってもらう。
一番近くにある屋敷へと向かう。
――バシュ!
「ん?」
乾いた音が聞こえて振り向く。
後ろで待機させておいた族長の一人が銃に似た短筒を手にしていたおり、短筒から黄色い球体が発射されていた。
球体は上空へ打ち上げられると破裂して中身をばら撒いた。
黄色い煙が上空に現れる。
その煙を見た瞬間に家から出ていた人々が次々と里の外へと出て行く。
「おい、今のは何だ?」
「――は? 言うと思っているのか?」
現状を分かっていないみたいなので腹を蹴り飛ばす。
「ぐぅ」
「もう一度だけ言う。黄色い煙にはどんな意味がある?」
「――緊急避難信号弾だ。これを見た時には何よりも避難を優先させるようにしている」
「おい……!」
もう一人の頭領が信号弾の意味を言ってしまった事を咎めている。
喋ってしまった方もどうして秘密にしていなければならない事を喋ってしまったのか分からずにいる。
「学習しないな。所有物如きが嘘を吐けると思うな」
もはや騙すことすらも不可能だ。
「避難先は?」
「そんな事は決めていない。万が一に避難先を知られてしまった時には一人の迂闊な行動が全員を危険に晒すことになるからな」
各自の判断でしばらくの間は潜伏していることになる。
そして、ほとぼりが冷めた頃にどこかの拠点で合流。
頭領たちから拠点の場所を聞き出して戻って来たところを捕縛する、という方法を使えなくもないが、それでは全員が集まるまでに時間が掛かり過ぎてしまう。
「どうする?」
「ま、大丈夫だろ」
所有権を持っているが、逃げられてしまうと面倒な事にしかならない。
イリスとしてはこの場で全ての問題を片付けてしまいたい。
「俺たちを里に招き入れた時点で、隠れ里は檻そのものに変貌したんだよ」
人がいなくなったことで静かになった里。
――ぎゃあ!
――助けてくれ!
――何だ、この化け物は!?
静かになったおかげで外からのそんな叫び声がはっきりと聞こえるようになった。
「何だ?」
事前に逃げられてしまった場合の対策について仲間内で話し合いをしていたおかげで眷属たちは何が起こっているのか分かっている。
しかし、頭領たちには何が起こっているのか分からない。
そのため、慌てて里へと走って戻って来る仲間の姿が信じられない。
必死な形相で走る隠れ里の人々が里の中心に戻って来る。
「はい、131名様集合」
随分な数の人がいたな。
この他にも里の外で諜報活動に勤しんでいる連中がいるはずなので全員を集めた時にはかなりの数になる。
「おい、何があった?」
「あ、アレです」
「アレ?」
里の外からゆっくりと姿を現す犬。
ただし、普通の犬よりも一回り大きい。だが、何よりも人々の目を引くのは首の左右から突き出した二つの頭部だ。
三つの頭部を持つ犬。
迷宮においては索敵能力と敏捷において最強クラスの魔物だ。
「地獄の三頭猟犬」
真っ黒な毛並みの猟犬が黒いオーラを放ちながら里の東西南北から1頭ずつ姿を現す。
北から現れた地獄の三頭猟犬の中央にある頭の口に人が咥えられていた。
里から逃げ出した里の人々だったが、茂みに隠れて待機していた地獄の三頭猟犬によって追いやられて里まで戻らざるを得なくなってしまった。咥えられているのは見せしめにされた人だ。
地獄の三頭猟犬が咥えていた人を放る。
肉を食う必要など特にないので傷付けることだけが目的だった。
傷付けると言っても鋭い牙が何本か体に食い込んでいただけで残りは甘噛みに近かったため回復薬を使えばすぐに癒えるような傷だ。見せしめに殺すなどといった勿体ない事をする訳がない。
「最初から逃げられないように策は用意してあったんだよ」
一昨日、訪れた時点でそこら中に魔物を喚び出す為の魔法陣を描いておいた。
後は、今のように合図一つで魔物が現れるようになっている。
「これで手間が省けてくれたな」
外へ逃げられなかった人々が族長の屋敷を中心に集まる。
既に逃げ場所はそこにしか残されていなかった。
「と、頭領……」
「どうにかして下さいよ!」
「……無理だ」
里の人々は所有権についてなどを知らない。
ただ、避難を指示されて逃げ出したところで凶悪な魔物に遭遇して逃げられなくなってしまっただけだ。
もっとも俺から説明するつもりはない。
「アイラ、メリッサ、イリスは彼らを連れて行け」
『了解』
戸惑う里の人たちに次々と触れて行く。
「ちょ、何をやっているんだ!」
一人の青年が触れようとしていたアイラに反抗しようと手を伸ばす。
「触らないで」
グチャ。
伸ばされた腕があらぬ方向へ曲がってしまっている。
「ぐあっ!?」
痛みに蹲る青年。
呻いている間に背中へ回り込んで左手で触れると右手でも近くにいた女性の体に触れてアイラと二人の姿が消える。
メリッサとイリスも同じように里の人に触れると姿を消す。
彼女たちには【転移】で全員を迷宮へ連れて行くように頼んである。
「どこへ行った!?」
「分からない。けど、このままだと確実にヤバいぞ」
「逃げるしかない!」
「けど、あの魔物から逃げられるのか……?」
逃げられないよう地獄の三頭猟犬によって囲まれている。
逃げ出した瞬間に噛みついてもいい指示を出しているので空腹な地獄の三頭猟犬は全ての口から涎が垂れている。
「【召喚】」
用を済ませたアイラたちを再び喚び寄せる。
その後は同じように里の人たちを連れて迷宮へ跳んでもらう。
131人もいたため時間が掛かってしまったが、族長と頭領、そして若を残すだけになった。
彼らの目の前にあるのは人のいなくなった里。
まだ形は保っているが、人がいなくなったことで寂れてしまった。
発展させる為にどれだけの苦労をしたのか知らないが、たった数分の出来事で全員が姿を消してしまった。
『オレの苦労の結晶が……』
「最後にこいつらを連れて行くぞ」
呆然としている彼らを連れて迷宮へと跳ぶ。