第25話 所有物
俺が気になったのは逃走しようとしていた時の族長の言葉だ。
――しばらくおさらばさせてもらおうか
もう会うつもりのなかった俺。
ところが、族長の言葉をそのまま受け止めるのなら、族長はしばらく会うつもりはないがしばらくすれば会うつもりがあるように聞こえる。
会って何をさせるつもりなのか?
明らかに碌な事ではない。
「さあ、答えてもらおうか」
『ぐっ……』
今さら拒否しようとしたところで遅い。
不死帝王を通して族長に命令が届く。
『しばらくは薬があるからオレが老いることも遅らせることができる。けど、次に薬が必要になった時の為に20年後ぐらいには接触するつもりだった』
そうして再び素材を要求するつもりでいた。
しかも、こいつはオレたちが用心深く渡した素材の一部を既に【魔力変換】している事を予測しており、次に接触した時には『虹の雫』を採りに行く手間を掛けることなく魔力の消費だけで素材が回収できると予想できていた。
もちろん素材に見合う魔力を消費する事になる。
けど、その時には今回以上の被害を齎すつもりなのだろう。
20年も経過していれば俺たちの警戒も薄れている。
「お前の目的は分かった。けど、それは契約違反だぞ」
『なに……?』
俺と族長の間で交わされた契約。
――『素材』と『解毒薬』の交換。
――秘密の厳守。
『どちらも関係のない話だろう』
「お前が違反したのは3つ目だ」
『そんな物は……』
未だに思い付かないようなので誓約書を取り出して族長に見えるようかざす。
『どこにも3つ目の文章など書かれていないぞ』
一見するとないように見える。
しかし、俺はしっかりと記載していた。
「『お互いに約束を守る』――これが3つ目の契約内容だ」
『は?』
契約内容の一番下にはたしかにしっかりと記載されていた。
誓約書を確認した時に族長は、『契約内容』を遵守する言葉だと勘違いしてしまった。しかし、『約束』という言葉を使っているので交わされた契約には限定されていない。
これが3つ目の契約内容。
「これを理解したうえで俺とお前の間で交わされた約束があるよな」
――もう会わない事を願うよ。
――構わんよ。
毒が解毒された後でそのような約束を交わした。
族長の方はすぐに俺たちの前からいなくなるつもりでいたから適当に答えたのだろう。
だが、俺に言わせれば最も引き出したかった言葉の一つだ。
「お前は俺に再び接触するつもりがあったのに『会わない』という約束を交わした事になる」
『つまり、最初から約束など交わすつもりがなかったのじゃな』
不死帝王が言うように最初から守るつもりがなかった約束など約束としての意味を成さない。
それが相手に知られなければ何も問題はなかった。
しかし、不死帝王の支配下にあり、偽りを述べられない状態にあるため嘘は嘘だとして明確に伝わってしまった。
契約違反だ。
「契約通り、お前の持ち物を一つもらおうか」
『まさか最初から……』
「お前は、契約内容を限定的にすることで再び自分に有利な状況を作り出すつもりだったのかもしれないけど、俺は最初から正確な契約内容を知られないようにして動かすつもりだったんだよ」
『誓約書』からは逃れることができない。
かつて、俺の出身だったデイトン村の村長が契約を不履行に終わらせてしまったために報酬金額の10倍の金貨を強制的に徴集されてしまったのと同じようにだ。
粗雑な『誓約書』ならば強制力もない場合があるが、俺が用意した『誓約書』は迷宮の力で作り出した特別製だ。
一体、何を要求されるのか?
恐怖心からガタガタ体を震わせているせいでネチャネチャとした不快な音が聞こえて来る。
「俺が要求するのは『レンゲン一族』だ」
『は……?』
族長は俺が要求した物が理解できないでいた。
しかし、次の瞬間に屋敷や屋敷内にあった物、若や頭領といった人たちが一瞬だけ淡い光に包まれたことで理解した。
その光景は、族長が『転移の宝珠』を使用した時に似ている。
「もう理解したな。光に包まれた物が譲渡対象だ」
里そのものを要求させてもらった。
そこに物と人の区別はない。
「最初はどうやって『物』しか要求する事ができないのに『人』にまで認識を拡大させるのか苦労していたよ」
その辺はメリッサに交渉を任せるつもりでいた。
「ところが、お前の行動が俺の苦労を解決してくれた」
族長の方から『転移の宝珠』を使用して里そのものを逃がそうと考えてくれたおかげで『里』も『族長の所有物』だと認識させる必要がなくなった。
「これまで散々『レンゲン一族』に迷惑を掛けられて来たんだ。俺の目的は最初から『里』そのものを奪い取る事にしか興味がない」
この里には非常に価値のある物が多い。
まずは、『転移の宝珠』や『蘇生丸』を始めとした族長が所有している魔法道具の数々。屋敷の見える範囲には他の魔法道具が見当たらないが、屋敷には地下が築かれており、そこに多くの魔法道具が眠っていた。どれも入手が困難であったり、手に入れるのに大金が必要になったりする物だ。
次に里にある様々な情報だ。これまでに諜報で得た情報は色々な人たちに大金で売る事ができる。情報は精度によって価値が変動してしまうが、少なくともレンゲン一族が集めた情報ならば二束三文で終わるような結果にはならないだろう。
そして、人だ。もっとも諜報員として使うつもりはない。命令を下せば俺の為だけに情報を集めてくれるが、自由行動を許してしまうと何かしらの抜け穴を突かれて情報が拡散されてしまう可能性がある。
「魔法道具は全て【魔力変換】させてもらう。情報は近隣諸国の王族とかが高額で買い取ってくれるはずだ。人については全員に迷宮へ行ってもらう」
迷宮で生活させることによって安定して魔力を得る。
幸いにして戦闘員ではないが諜報活動によって鍛えられているため魔力にも期待ができる。
「そんな事が認められる訳がないだろ!」
「コイツを殺せ!」
二人の頭領が襲い掛かって来る。
状況を逆転させる為には俺をどうにかする必要がある。
「ま、待て……!」
若の父親であるリーゲルが制止するものの二人は止まらない。
『――死の腕』
隣に立つ不死帝王のローブの袖口から本来の腕とは違う真っ黒な腕が出現して襲い掛かって来た二人の首を掴んでしまう。
『所有物の分際で所有者に楯突くとは傲慢な……』
「おい、殺すなよ」
『この腕で掴んでも死んでないのが殺すつもりのない証拠かと』
主である俺に対する態度は恭しい。
しかし、レンゲン一族に対しては完全に見下している。
不死帝王が使用した死の腕は3秒触れるだけで相手に死を齎す非常に危険な腕だった。今は、死の効果を無効化したうえで二人を拘束しているだけに留めているから死なずに済んでいる。
俺にこいつらを殺すつもりはない。
「貴重な迷宮の魔力源なんだ。お前を生み出す為に消費した魔力を一生掛かってでも稼いでもらう必要があるんだから死んでもらう訳にはいかないんだよ」
不死者という魔物になった族長からは魔力を得ることができなくなった。
一人も無駄にする訳にはいかなかった。
「私たちは生きている。それを物のように扱うなど……」
「何を言っているんだ? さっきは族長の所有物として扱われる事に対して誰も疑問に思っていなかっただろ。それに族長の命令があれば自分の子供や部下ですら簡単に切り捨てられるような奴らなんだ。自分が族長の所有物だって認識していた証拠だろ」
「……」
頭領たちは何も反論ができずにいた。
「後悔するなら過去の自分たちの考えを恨むんだな」