第22話 解毒
「ふむ。後は仕上げをするだけだな」
すり鉢の底に潰された素材が残った状態で作業の手を止める。
「おいおい……」
「お前らが持って来た『若返り薬』の素材がきちんと使える事を確認してから解毒薬を完成させるだけさ」
こちらの事を警戒しているのか完成はさせないらしい。
残った素材、さらに自分の持っていた素材を掛け合わせてすり潰して行く。最後に『虹の雫』を加えると透明だった液体がピンク色へと変わる。
淡いピンクなどではない。ドギツイピンクだ。
すり鉢の中にあるピンク色の液体を瓶に詰める。
「完成だ」
うっとりした表情で『若返り薬』を見つめている。
「この薬を見るのも100年振りだ」
『100年!?』
族長の告げる年数に全員が驚いた。
「ワシの年齢はいくつぐらいに見える?」
【迷宮魔法:鑑定】によれば族長の年齢は533歳だ。
だから年齢を判断するうえで見た目は全く関係ない。
そして、俺たちが気付いている事に族長も気付いている。俺たちがどんな風に答えるのか楽しみにしていた。
「体は60代ぐらいに見えるな」
「そうだな。そういう風に体を調整してある」
「調整?」
「今から500年以上も前の話だ。ここから離れた場所にあった小国で薬師をしていたワシの元に国王がある依頼を持ち込んで来た――老いない薬を作れ、と」
絶対的な支配者として君臨していた王。
最初は小さな部族の族長の息子だったのだが、闘争に巻き込まれている内に戦い続けて国王にまで登り詰めた。
彼を国王にまで押し上げたのは圧倒的な武力。戦場を巨大な斧を持って駆け抜けて敵を次々と撃ち滅ぼして行った。
味方からは崇められ、敵からは恐れられた最強の王。
しかし、彼も時間という化け物に打ち勝つことはできなかった。
日に日に老いて行く体。
王として国が安定する頃には50代を目前にしており、死ぬことよりも戦場を駆けていた頃のように体を動かすことができなくなっていく事を何よりも怖れた。
「だから『不老不死』を求めた」
「もっとも『不老不死』など絶対にできる訳がなかった」
絶対的な支配者であった国王は、国で一番の薬師だったレンゲンに『不老不死』になれる薬を作るよう要求した。
予算に糸目は付けられなかった。
そこで、レンゲンは無限にも等しい予算を利用して研究を進めた。
「残念ながら『不老不死』になれる薬は作れなかったが、潤沢な予算を利用して老化を限りなく抑える薬を作る事には成功した」
開発に成功したレンゲンは自分の体で試した。
それに激怒した国王だ。自分の老いを抑える為に作らせていたにも関わらずレンゲンは自分の分しか用意せず、そのまま姿を晦ませてしまった。
その後、老いて行く体をどうする事もできないと悟った国王は無気力なまま生涯を閉じる事になる。国は、国王が好き勝手に子供を作っていながら後継者を決めないまま死んでしまったために後継者を巡って骨肉の争いへと発展して消滅することになってしまった。
「ワシは100年前に『若返り薬』を使ってちょうどお前たちと同じくらいの年齢にまで若返った。そして、薬を使って老化を抑えながら今日まで生きて来た。そこにいるリーゲルは若返った時に戯れで作った子供だし、隣にいる奴も前回若返った時に作った子供の子孫だ」
族長の孫、というのも間違った情報ではなかった。
だけど、そういう事を繰り返していたのなら子孫はかなりの数がいる可能性がある。
「老化を抑える薬を作るのに必要な素材は今でも大金さえ出せば手に入れられる。けど、『若返り薬』に必要な素材は既に失われてしまった物もあって普通の方法じゃあ手に入れることができない。お前たちみたいな非常識な連中がいてくれて助かったぜ」
――ゴクッゴクッ!
顔を反らして瓶に入っていた薬を一気に煽る。
薬の量は約1ℓ。
何度も喉を鳴らして飲み続ける。薬が喉を通って行く度に反らされた顔から皺が徐々に消えて行く。顔だけでなく手や足の肌にも艶が生まれ、若々しい体へと変化していく。
「ぷはっ! やっぱり体は若い方に限るな」
薬を飲み干した族長。
そこにいたのは白髪の老人などではなく艶やかな黒髪を持つ若と同年代の青年だ。
「これで薬が何年も保存できるなら簡単に若返ることができるんだが、そうもいかないのが問題だな」
薬にだって賞味期限がある。
保存箱を使うなどしてどれだけ厳重に保管したところで効果を保ったままの薬を何十年も保管しておくのは不可能だ。少なからず劣化してしまう。
だから若返る為には、必要になった時に素材を手に入れられる必要がある。
「感謝しよう。お前たちのおかげでこうして何十年でも生きられるようになった」
「そうかよ」
「ほら、受け取れ」
解毒薬を作っていたすり鉢を投げ渡してくる。
「途中じゃなかったのか?」
「それは嘘だ。オレは外道じゃないんで約束はきちんと守る」
粉末状の薬を飲ませることで解毒することができる。
早速、イリスに持たせてアルケイン家の屋敷へと【転移】してもらう。
「悪いが解毒薬が本物なのかすぐにでも確認させてもらおう」
「問題ない。解毒薬は正真正銘本物だ。それに即効性もあるから少し飲ませるだけで毒は完全に消えてなくなる」
屋敷の中にある人目に付かない部屋へと直接移動したイリスがミリアムさんの寝かされている部屋へ駆ける。
『お待たせしました』
『どうしました?』
部屋では弱ったミリアムさんの事を母親であるミランダさんと祖母のミシェーラさんが看病していた。
ベッドの隣に置いた椅子に座ったミランダさんの視線がイリスの手元へと吸い寄せられる。
『まさか……』
『はい。解毒薬です』
ベッドで横になっていたミリアムさんを起こすと粉末状の薬をミリアムさんの口の中へと運ぶ。サイドテーブルの上に置いてあった水差しを使って薬を飲ませる。
『うっ……』
少し呻いた後でベッドに倒れ込んでしまった。
『ミリアム!?』
『大丈夫よ。少し体が軽くなったような気がするわ。けど、疲れていたせいか少しだけ寝かせてもらうわね』
目を閉じて眠るミリアムさん。
『失礼』
イリスが眠るミリアムさんに手を当てて容態を確認する。回復系のスキルを応用すれば相手の健康状態を把握することもできる。
――健康状態:異常なし
スキルを使用した結果がこちらにも伝わって来る。
数日間も毒に冒されていたせいで体力を消耗しているものの後遺症らしい状態異常も見当たらない。
後でアフターケアは必要だろうが、これ以上は容態が悪化することはないと思われる。
「戻った」
用を終えたイリスが戻って来る。
これで取引は完了だ。
「きちんと毒は解毒されたようだな」
「ああ、そうみたいだ」
「それは上々だ」
カカッ、と笑い出す族長。
老いていた時も年齢に似合わず感情が豊かな表情をしていたが、若返ったことで何もかもが楽しくなっているようだ。
「これで俺たちの関係も終わりだな」
「そうだ。今後も何かあったら頼むよ」
「断る。もう会わない事を願うよ」
「構わんよ」
レンゲン一族の隠れ里を後にする為に族長へ背を向ける。
「ああ、そうそう――」
一つだけ言い忘れていた事を思い出した。
「さっき自分は外道じゃない、みたいな事を言っていたよな」
「それがどうした?」
訳が分からず首を傾げる族長。
次の瞬間――族長の首が飛んだ。
「――人を脅している時点でテメェらは外道なんだよ!」




