第21話 母親の意地
キョクレイ山探索を終えた翌日。
「……ん? もう諦めたのか?」
レンゲン一族の里がある山の近くにある街で待機していた若を捕まえる。
「必要な素材なら全て集めた。あんたも付いて来い」
「ま、まさか……要求を出してから2日しか経っていない」
「こっちは毒のせいで今日ぐらいしか猶予がないんだよ」
明日にはいつになっても禁断症状が出てもおかしくない。
すぐにでも解毒薬が欲しいところだ。
「分かった。里へ案内する」
「必要ない。もう、そんな時間すら惜しい」
「は?」
若を抱えて山道を走る。
今日中に全ての問題を解決する予定でいるので躊躇する気はない。
「さあ、さっさと案内しな」
さすがに里の中まで若を抱えたまま移動するのは躊躇われる。
そこで、若を下ろして先へ進むよう促す。
「若、どうされたんですか!?」
戻って来た若を見つけた30代ぐらいの女性が近付いて来た。
「なんでもない」
若はちょっとばかりボロボロだった。
それと言うのも荷物のように抱えたまま走っていたせいで枝によって肌を切って、葉が服に付いてしまっていたからだ。
しかし、頭領を継ぐ者として無様な姿は見せられない。
「それよりも外へ出ていていいのか?」
「はい。この子にも太陽の光を浴びせてあげた方がいいですから」
女性の腕の中では赤ん坊がスヤスヤと眠っていた。
「……で、そいつらは諦めて戻って来たんですか?」
「いや、話を信じるなら全てを集めて来たらしい」
「ハッ、そんなのは嘘に決まっています。大方、族長に泣き付きにきたんでしょう」
酷い言われようである。
とはいえ、それだけ難しい依頼が出されているので仕方ない。
「あの……」
「何かしら?」
後ろにいたアイラが女性に声を掛ける。
「あなたも族長がどんな指示を出したのか知っているの?」
「もちろん」
「人質を取る事に対して何も思わないの?」
「ええ、あなたたちのように人を越えた力を持つような相手には弱みを握って言う事を聞かせるのが一番だわ。この里は、昔からそうやって力を付けて来たのよ」
何も悪いことをしていない。
当然の事のように語る女性。
「弱みを握られる方が悪いのよ」
「そう……」
アイラの視線が下に落ちる。
「もし、あなたが大切そうに抱えている子供が人質に取られたらどうする?」
子供ほど人質にし易い相手はいないだろう。
現にレンゲン一族は俺の娘、庇護下にある子供を誘拐しようとした。しかし、それでは上手く行かなかったから標的を変更せざるを得なかった。
「もちろん全力で奪い返す為に動くわ」
「なら、今のあたしたちがどういう心境なのか分かるわね」
「……」
女性は何も答えない。
答えられない時点でアイラの気持ちを理解しているようなものだ。
「そこまでに――」
「もしも、族長が若の部下だった人たちみたいに見捨てるように言われた場合にはどうするの?」
子供が奪われた時には全力で奪い返すと言った女性。
族長の意思に反してまで行動するのか気になった。
「その時は仕方ないわね」
「え――」
「私たちは族長の為に存在しているわ。族長がこの子を不要だと言ったのなら私は族長の意思に従うまでよ」
「よく分かった」
女性の腕の中にいる子供を優し気に見る。
次いで、女性の事をキッと睨む。
「な、なんだい……」
「少なくともあたしはあなたの事を母親だなんて認めない」
「外の人間がどう思おうが勝手だね。『族長の意思が絶対』――これがこの里での決まりだよ」
女性が里での決まりを言っているが、アイラの興味は既に女性からなくなっていた。呆ける若を置いてスタスタと族長のいる屋敷へと向かう。
「……何だって言うんだい?」
本当にアイラがイラついた理由が分からないらしく呟いている。
俺たちも先を行くアイラを追う。
「そんなにイラつくなよ」
「別に……あたしはイラついている訳じゃなくてあの人を母親だと認めていないだけ。誰かに言われたから子供を見捨てるような人を母親だとは思わない」
シエラが何らかの理由によって捕まり、俺がシエラを見捨てるように言った場合でもアイラは絶対に見捨てるような真似はしない。主である俺には『絶対命令権』があるから逆らうのは難しい。それでも逆らうつもりでいる。
もっとも俺にはそんな命令を下すつもりはない。
同じ母親であるアイラにとって子供を切り捨てる判断ができる女性の事が許せなかった。
「まあ、いいわ。彼女は自分の言葉で後悔する事になるんだから」
「……どういう事だ?」
「おっと」
若に聞かれてしまったらしく不審な目を向けられてしまった。
「その事がお前に関係あるのか? お前の仕事は俺たちを族長の元まで案内する事だけだ」
「クソッ……」
そんな事しかできないのかと悪態をつく。
それほど広くない里。中心にある族長の屋敷にはすぐに辿り着いた。
「フリートです」
「……どうした?」
「はい。例の人物たちが素材を全て集めたと申すので連れて来ました」
屋敷の中では会議中だったのか族長と頭領の全員が集まっており、若が戻って来た事で父親である頭領のリーゲルが応対する。
若のすぐ後ろに俺たちがいた事で『若返り薬』に関する事であるのは間違いないと分かった。
頭領は胡乱な目を向けて来る。
他の頭領も同じような目を向けている。
だが、族長だけはニヤニヤとした笑みを浮かべている。
「嘘も休み休み言え。あれから2日しか経過していない。こんなに早く素材を集めて来られる訳がない」
戻って来るにはあまりに早過ぎる。
不審に思われても仕方ない。
「いいや、問題ないさ」
族長が言葉を発した瞬間、頭領たちの視線が真剣なものになる。
「目の前にいるのは迷宮主だ。迷宮主っていう存在は、素材を作る為に必要なエネルギーさえあればどんな物でも用意する事ができる。ワシはそういう存在に集めるよう頼んだんだよ。お前らもその辺りの事を分かれ」
「ハッ」
すんなりと族長の言葉によって受け入れられた。
そもそも全てを用意してあるのだから不審に思われる事に意味などない。
族長の前に道具箱を出して次々と素材を取り出して行く。
「受け取りな」
「よくこれだけの物を用意することができたな」
「まったく……余計な出費だったよ」
「そう言うな。ちゃんと出費に見合っただけの物を渡してやるさ」
全ての素材を確認すると屋敷の奥へと引っ込んで行く。
数分して戻って来た時にはいくつもの道具を抱えていた。
「コレとコレが必要だな」
俺たちが集めて来た素材の中から二つを手に取る。
一つは、ラジアの葉と呼ばれる紫色の葉っぱで毒性が強いことで有名な葉なのだが、きちんと処理すれば薬として利用することができる素材だ。
もう一つは、ヒビキアと呼ばれる鳥の睾丸。これも薬の素材として使われる物の一つらしいのだが、得られる量が限られているため価値が高くなっていて簡単には手が出せないようになっていた。
「『若返り薬』を作るのにその二つだけでいいのか?」
「何を言っていやがる。そんな訳がねぇだろ」
屋敷の奥から持って来たすり鉢の中にラジアの葉とヒビキアの睾丸を入れ、さらにすり鉢と一緒に持って来た二種類の粉末を混ぜて調合する。
「コイツはテメェの身内に飲ませた毒を解毒する為に必要な薬だ」
「なっ!? 用意していなかったのか?」
「二つとも金さえ出せば買える代物だが高い。どうせ持って来てくれるなら一緒に手に入れて来てもらった方がいいだろ」
どちらもメリッサが帝都へ行った時に手に入れてくれた物だ。
「本当はテメェらが実力行使に出た時に自衛の為に用意しておいた策だったんだよ」
自分に危害を加えれば解毒薬は絶対に手に入らない。
毒は、族長が用意した物だった。おそらく自分で解毒薬を用意している事から解毒薬の作り方を知っているのも族長一人なのだろう。
そうなると他の者を代わりに脅して作らせるという方法も取れない。
きちんと脅された時の対策を用意しておいた、という訳だ。
「安心しな。素材を集めて来てくれたお礼に解毒薬は用意してやるさ」