第12話 フレブル子爵
「あれが事件のあったフレブル子爵の邸宅?」
窓際の外が一望できる席に座って路地の先にある邸宅を見る俺とシルビア。
現在いる場所は王都の中でも王城に近い中央区画にある貴族街と呼ばれている場所。その一画にある大きな屋敷が見える喫茶店でお茶を飲んで離れた場所にある邸宅の様子を眺めていた。貴族が利用する喫茶店ということで料金も高く設定されているが、これも必要経費だ。
「それで、何か気付いたことはあるか?」
「まず、門番なんだけど物々しすぎない?」
屋敷の前には2人の門番が立っている。ほとんどの屋敷に門番が立っているので、門番がいること自体は不思議ではないのだが、フレブル子爵の屋敷の前に立つ門番だけが常に殺気を放って道行く人を警戒している。
さらにそれだけではない。
シルビアは気付かなかったが、屋敷の中から外を警戒している者が何人もいる。
明らかに他の屋敷以上に警戒している。
「ま、前当主が殺された屋敷なら普通だろ」
現当主であるフレブル子爵は、普段は自分の領地にある屋敷で領地の運営をしており、王都にある屋敷では王都にいる他の貴族との付き合いを兼ねて前当主だった現当主の父親が屋敷で余生を過ごしていた。
そんな状況で事件が起こっただけに現在は、領地にいた当主も王都の屋敷へとやって来ていた。
貴族街で起こった事件だけに少し聞き込みをするだけで簡単に情報が手に入った。
「今の状況とかの情報は手に入ったけど、これからどうするの?」
「できれば事件があった日の出来事とか、もっと詳しい情報を聞きたいんだけど……」
さすがに聞き込みだけでは詳しい情報までは手に入らなかった。
「仕方ない。ちょっと話を聞きに行くからちょっとここで待っていてくれ」
「え、ちょっと……」
だが、立ち上がったところで気付いた。
奴隷であるシルビアを1人置いて行くのは不安だ。ここは貴族街であり、貴族の中には平民すら見下す者が多い。そんな利用する客の中心が貴族である喫茶店に奴隷が1人で利用していればどうなるのか。
あまり王都のような人の多い場所で使いたくはなかったけど、迷宮魔法を使用することにした。
これでシルビアの首輪がネックレスのような装飾品にしか見えなくなったはずだ。奴隷の証である首輪を幻影で誤魔化すなど問題行為だが、バレなければ問題ない。
戸惑うシルビアをその場に残してフレブル子爵の屋敷へと近付いていく。その際にキョロキョロと視線を彷徨わせ、いかにも不審人物のようなフリをする。
「おい、そこの怪しい奴止まれ」
門番が声を掛けてきた。
他の屋敷の門番は怪しい奴がいるとは分かっているものの自分の屋敷の警備に努めて声を掛けるような真似はしない。
だが、襲撃があったばかりのフレブル子爵邸では、怪しい人物は事前に排除しておきたいという考えから門番が積極的に話しかけていった。
「さっきからキョロキョロとしているが、どうしたんだ?」
「ああ、実は王都へは昨日初めて来た冒険者なんですけど、どうやら道に迷ってしまったようでして……人に道を聞こうとしたんですけど、高そうな屋敷が並ぶ場所に出てしまったせいで、どうしたらいいのか困っていたところだったんです」
あくまで道に迷って困った冒険者を装う。
実際、王都は広大で、慣れていないと道に迷ってしまう。
「なんだ迷子か。だったら、この大きな道を真っ直ぐ行くと突き当りに柵があるからそこを左に曲がって進んで行くと貴族街の入口があって、そこに詰め所もあるからそこで詳しい道順を聞くといいぞ」
「ありがとうございます」
意外にも優しい人に当たったことに感謝する。
「ところで、さっきから気になっていたんですけど、なんだかこの屋敷だけ警備が物々しくありませんか?」
「ああ、その件か。先日事件があったばかりだからちょっとばかり過剰に警戒しているんだよ」
「おい……!」
もう1人の門番がしゃべり過ぎなことを咎める為に声を上げるが、俺に道順を教えてくれた門番は気にすることなくヘラヘラと笑っていた。
「というわけで、彼のように短気な者もいる。変に関わり合いにならない内に離れることをお勧めするよ」
「ちなみにその犯人ってまだ捕まっていないんですよね。だからここまで厳重に警備しているわけですし」
「そうだね」
「もしも、その犯人を捕まえることができたら褒賞金とか出ますか?」
「当主様は寛容な人だからね。捕まえられたら金一封がもらえるかもしれないよ」
「そうですか。どこか犯人が隠れるような場所が分かるといいんですけどね」
「どうだろう。私たちが犯人だと睨んでいる相手は、王都に定住していない冒険者だからね。王都に家族がいれば、家族が匿っていると真っ先に疑うところなんだけど、家族や匿うほど親しい友人は王都にいないらしいね」
おや?
「とりあえず犯人っぽい相手がいたら捕まえて連れてきますね」
「犯人っぽいってどんな奴だよ」
「さあ?」
俺にも分からないので適当に返し、2人で笑い合いながら別れる。
教えてもらった道順通りに歩き、門番たちから見えなくなったところで貴族街を駆け、シルビアの待つ喫茶店へと大急ぎで戻る。
「おかえりなさい」
「ただいま」
王都へは1人で来たというのに、誰かが迎え入れてくれるという光景になんだかおかしくなってしまう。
「なに?」
「別に。それよりも面白いことが分かった」
「わたしには門番の人と笑いながら談笑していたようにしか見えなかったけど」
ここからではさすがに会話内容が聞こえるわけがないのでどんな話をしたのか語って聞かせる。
「それのどこに面白い情報があるの?」
「彼らはラルドさんに家族がいて、王都の外にいることまでは突き止めても他人が治める領地だからと何らかの手を出すこともしなかった。それにシルビアが王都に来ていることについても知らないようだった」
屋敷の様子からラルドさんはかなり恨まれていた。
そんな彼らがラルドさんの娘であるシルビアの身柄を確保したのなら奴隷商に売ったりせずにラルドさんに対する人質として利用するはずである。
「お前の売られた奴隷商からも色々と話を聞いたけど、直接売りに来たのは金貸しを専門にしている連中の用心棒が売りに来たらしい。ただし、そいつらの実力は街のチンピラと大して変わらないな」
「でも、わたしを捕まえた人たちはチンピラよりも上等な装備品をしていたけど……」
「たぶん捕まえたのは貴族の私兵とかなんだろうけど、奴隷商に直接売りに来たのは金貸し連中なんだろ」
初めは、殺された貴族とチンピラに何らかの繋がりがあるのではないかと考えていたのだが、どうやら違うらしい。
門番と会話しながら屋敷の中も意識していたおかげで、近くで会話も聞こえていたもう1人の門番がいちいち感情を強くして反応していた。怒りの矛先は、その家族にも向けられており、直接の関係はなくても家族のことも許せなかったらしい。
「この事件について予想するならこうだ。奥さんの治療費として借りたお金の返済に困ったラルドさんがある貴族から暗殺と窃盗の依頼を受けた」
俺の言葉に反応して怒りそうになったシルビアだったが、どうにか堪えて俺の話を聞くことにしてくれた。
「それで殺されたのが前フレブル子爵。逃走時に姿を見られたラルドさんだったけど、どうにか逃げ切って依頼相手から報酬を貰った。ただ、報酬を受け取るのに手間取ってしまったのか予想以上に早いフレブル家の対応によって王都から出られなくなった。それで、今もどこかに隠れ潜んでいる」
こんなところかな?
何か言いたそうにしているシルビアだが、目撃証言などもあって言い返せないでいた。
彼女としては、お父さんの無実を証明するつもりでいる。
ただ、俺は無実の証明は難しいのではないかと考えている。背景に何らかの事情があるのかもしれないが、実行犯がラルドさんであるのは間違いないと考えている。
「そうかもしれないけど、わたしはお父さんから話を聞くまで諦めるつもりはないわ」
「だったらお父さんに会いに行くか」
「え?」
さすがに今から会いに行くつもりはない。
時刻はあと1時間もすれば夕方になろうかという時間だ。捜索に時間を掛けてしまえばラルドさんの元にたどり着くのは夕方や夜になってしまう。おそらくラルドさんが隠れている場所は、貴族が見つけられなかったことから治安の悪い隠れやすい場所だろう。そんな場所にシルビアを連れて遅い時間に行くわけにはいかない。
「王都はかなり広大よ。貴族が血眼になっても探せなかった父さんをどうやって探すの?」
「この魔法道具を使う」
俺の手には鎖に繋がれた水晶が握られている。