第15話 糸目をつけない
「必要な素材を手に入れた後は、どうやって戻って来ればいい?」
地図を作成しながら来たため迷うことなく里へ戻って来る事は可能だ。
しかし、【地図】まで知られているとは限らないのでこちらの手の内は可能な限り隠し通したい。
「もちろん考えている。この山を下りた先に街が一つある。そこの宿にフリートを待機させておくから、こいつに声を掛ければ里へ帰って来る事ができる」
「分かった」
声を掛ける必要はない。
しかし、里の外に俺たちの正体について知っている人間がいる状態にするのは好ましくないので合流してから戻る事にする。
若に案内されて麓にある街へ辿り着く。
平和だ。少なくとも街に住んでいる人たちは、街にすぐ近くに世界の裏で暗躍している謎の組織の里があるなんて考えてもいない。
「では、私はこの街で一番大きな宿で待機している。私もこのような場所で時間を潰すのは本意ではない。できる限り早目の帰還を頼む」
「問題ない。明後日までには全てを終わらせる」
「ふっ、せいぜい頑張るんだな」
若は数日で集める事は不可能だと考えている。
それだけ貴重な品々が要求されている。
ところが、俺は無理だとは考えていない。
若と別れて街を出る。
「一旦、戻るぞ」
既に場所は覚えた。
迷宮へ【転移】で戻る。
☆ ☆ ☆
「おかえり」
こちらの帰還を予期していたノエルが待っていた。
彼女にはある仕事を頼んでいた。
「何人捕まえた?」
それは、アリスターの周辺にいるレンゲン一族の捕縛。
【迷宮接続】によって知る事ができたのは、迷宮までの最短距離にある道の上と都市内部のみ。もしも、アリスターの周囲にも人を忍ばせていた場合には敵を自由にさせておくことになる。
もはや誰一人として逃すつもりはない。
「捕まえたのは二人」
何かがあった場合に備えて都市の外で待機していたところをノエルに見つかってしまったらしい。
彼らは定期連絡がない事を不審に思いながらも待機を続けていた。
ところが、そこをノエルに捕縛されて迷宮の牢に捕らえられてしまった。
「拷問したところ、まだ何組か潜んでいるみたいだから探してくる」
「そっちは任せた。けど、その前にやって欲しい事がある」
「これでしょ」
ノエルが髭の入った瓶を取り出す。
状況を見ていたノエルなら『神獣の髭』を求めている事は分かっている。
「私がお願いしたら簡単に抜かせて貰えたわ」
孫娘のようにノエルの事を可愛がっている神獣たち。
魔物に限らず生物にとってコミュニケーションが可能だったとしても髭を欲しいなどというお願いは受け入れられない可能性が高い。俺ならば主として命令すれば貰えるかもしれない。けれども、無理矢理手に入れれば関係がギクシャクしてしまう事に成り兼ねない。だが、その相手が可愛がっている相手なら簡単に受け入れられると思った。
結果、甘えるようにお願いしたところ何事もなく貰えたようだ。
「あいつらも甘いな」
神獣として畏れられていた雰囲気は全く感じられない。
「じゃあ、私は周囲の警戒に戻るから」
そう言って【転移】した。
今の状況なら街の傍でもどこであろうとも移動できる。
「次」
あまり時間を掛けてられない。
「メリッサ、お前はエルフの里へ行って神樹から葉を回収させてもらえ」
空間魔法が使えるメリッサならば一度行った事のある場所へ一瞬で移動することができる。
「よろしいんですか?」
エルフにとって神樹は神聖な物。
そんな神聖な物の葉を貰う。いくら借りのある俺たちからの要望だったとしても受け入れられない可能性の方が高い。だから、もしも対価を要求された場合には出す必要がある。
「構わない。今回の一件は俺たちが派手に動き過ぎたせいでもある」
今年になってからは亡霊の軍勢に対処したり、亡霊の戦艦で他国に迫ったりと危険な事件に首を突っ込んでいる。おまけにノエルと関わり合いになった際には、国の一大危機に関わってしまった。
優秀な情報収集能力のある者なら気付けてもおかしくなかった。
油断していた俺たちに責任がある。
「後は、王都と帝都へ行って来ます」
「ん? どうしてだ?」
メリッサが族長から提示された3つの素材の名前を口にする。
「これらは行った時に魔法道具屋で見た事があります」
「本当か!?」
「はい。あまり需要のない物だったので隅の方に置かれていたために記憶に残らなかったのでしょう」
これ以上にない情報だ。
店で売られていたという事は買う事ができる。金で解決できる以上に簡単な事はない。
道具箱から金貨の詰まった袋を用意する。
適当に詰め込んだ物だが、少なくとも1万枚以上はあるはずだ。
「金に糸目は付けるな。とにかく手に入れる事が重要だ」
「はい」
メリッサが消える。
次の頼むのはアイラだ。
「アイラ、お前はゲシディア結晶体を回収して来い」
「なに、それ?」
地下深くで一点に力が加えられ続ける事によって生成される結晶体。力が加えられ続けたことによって膨大なエネルギーが蓄えられている。
本来ならば洞窟や鉱山を探索していると稀に発見する事ができる素材。作るだけでも時間が掛かるうえに条件が厳しい為に人工的に作るのは不可能で、自然に造り出されている場所を見つけるのも困難だ。
「地下76階以降の鍾乳洞フィールドに行けばどこかにはあったはずだ」
どこにあるか詳しい情報までは覚えていない。
しかし、珍しい素材として生成されているのは間違いない。
「りょうかい」
アイラも消えた。
結晶体を探すのは【地図】があれば難しくないとはいえ、大変な作業になるのは間違いない。けれども、この場にいても役に立てない事が分かっている。
……と言うか、これから忙しくなるのでアイラはいても邪魔になる。
迷宮の中にいれば護衛も必要ない。
「それで、私たちがやる事だけど」
「残りの金では手に入らない物を用意するぞ」
ヘスティア鉱石、ミセランの実、バーチェスの茎。
素材を魔力で用意する場合、それぞれの適した環境で用意した方が魔力の消費を抑えられる、という特性がある。
ヘスティア鉱石は、地上から深い所でなければ維持する事が難しい鉱石。そのため迷路のように入り組んだ道の鉱山にする事を目的にした迷宮とは相性が悪く、これまで迷宮には設置していなかった。
迷宮にある鉱山では深さが足りない。
しかし、鉱山に拘る必要はない。
地下35階にある高山の深い場所に人が入れる程度の大きさの穴を作ってそこへと転移。生成に必要な環境を少しでも整えてヘスティア鉱石を【宝箱】で用意する。
「よし」
「こっちも終わった」
イリスにはミセランの実とバーチェスの茎の用意を頼んでおいた。
どちらも熱帯地方でのみ生息する事が可能な植物だ。迷宮にも温度と湿度が高い密林フィールドがあるが、その程度の暑さでは両者を生息させるには足りない。
それでも多少の足しにはなる。
俺と同じように環境を近付けると【宝箱】を使用。
3つとも昔の迷宮主が興味本位で【魔力変換】してくれていたおかげで助かった。
「後は、『虹の雫』だな」
メリッサとアイラが戻って来るまでの間に計画を練る。
場所は既に族長が教えてくれていたので分かっている。後は山を登って素材を回収するだけだ。
「この山か……」
地図で場所を確認しながらイリスが呟いた。
「知っているのか?」
「王国の最北端にある山。昔、この山にのみ生息している熊の素材が必要だっていう依頼を受けて討伐に行ったことがあるけど、総じて魔物が強いせいで討伐した時にはフィリップさんも含めて傷だらけになっていた……今なら苦戦するような事もないんだけど、険しい山でもあるから今までにはない苦労をすることになる」
それでも登らなければならない。