第12話 レンゲンの隠れ里
「ここが、里の入口だ」
迷宮を出てから15時間。
全力で走り続けたおかげでメティス王国の北部にある山の中腹にある集落へ翌日の昼過ぎには辿り着くことができた。
そこは、人々から忘れ去られたように周囲には何もなく、向こう側に集落があると知っている者でなければ向かおうとすら思わないほど険しい場所にあった。
集落までは1キロちょっと。
そろそろ皆を呼び寄せてもいいだろう。
「ようやくボコれるのね」
「悪いが、最初は話し合いだ」
「え~」
俺の言葉に不満そうにしているアイラ。
「いえ、人質を取られている状況なのですから仕方ありません」
「用事はさっさと済ませる事にしよう」
残りの同行者はメリッサとイリス。
メリッサが言うようにまずは人質から解放しなければならない。
「よし、行くぞ」
「ま、待て……!」
歩き出したところで若が呼び止めて来た。
「私の部下は?」
この場に喚び出したのは仲間のみ。
捕らえたレンゲン一族の連中については迷宮にある牢に残したままだ。
「おいおい、別に里まで案内したら解放するなんて約束は一言も交わしていないぞ」
「そんなはずは……」
「蛙は元の場所に戻したんだろ」
「もちろん」
イリスに頼んで元いた沼フィールドに戻してもらっている。
少なくとも生命力を奪われるような事にはならないはずだ。
「あいつらなら迷宮で適当に放置しているさ」
「ぐっ……それならば、いつになったら解放するつもりだ」
「そっちがきちんと約束通りに解毒薬を渡してくれたなら解放してやる」
これは明確な約束だ。
決して違えるような事はないと誓う。
「……いいだろう。部下の為にも案内しよう」
「さっさと行け」
向こうの敵対心を解く為にも若が先導してくれた方がいい。
「お前たちこそきちんと付いて来いよ。ここから先は正しい道順を知っている者でなければ迷う仕掛けが施されている」
若の後に続いて歩く。
最初の数分はそうでもなかったが、しばらく歩いていると違和感に気付いた。
「……さっきもここを通ったか?」
『これは凄い』
イリスは俺が悩んでいる間に答えに辿り着いていた。
そして、気付いている事を若に悟らせない為に念話で会話に応じている。
『どう凄いんだ?』
『随分と手の込んだ事をしている。真っ直ぐ歩いて奥へ進んでいるはずなのに少し前に通った場所と同じ光景を作り出す事で「前にも通ったかな?」という風に誤認させている』
実際には奥へ進んでいるはずなのに元の場所へ戻って来てしまったのでは?
そんな錯覚に陥らせる仕掛けが施されているらしい。
俺には違和感を覚えるだけで具体的な事までは分からない。
『よく気付けたな』
『こんな手の込んだ仕掛けでも【地図】を見れば奥へ進んでいるのは一目瞭然』
『あ、なるほど』
俺も【地図】を確認する。
迷宮の影響外なので見える範囲ぐらいの地図しか作ることができていないが、それでも最初に山へ入った場所から確実に奥へ進んでいた。
マッピングさえきちんとしていれば迷うことはない。
「きちんと付いて来ているようだな」
振り向いて付いて来ている事を確認する若。
どうやら本気で気付いていないみたいだ。
木の実の成った大きな木の横に置かれた銅像、山頂の方向を示す看板、一定間隔で計画的に植えられた木。なるほど、言われれば似たような景色が続いている。
こうして迷わせる事によって人を退けていたのだろう。
でも、それだけで存在を完全に隠せる訳ではない。
今回のように外部から人を招く事だってあったはずだ。俺たちが初めての招待客にしては慣れ過ぎている。おそらく以前にも誰かを招いた事があるはずだ。
そういった人たちから情報が漏れてしまう事だってある。
いや、違うな。
招待客からの情報漏洩に対する策は万全だったのだろう。
俺たちも注意しなければならない。
「着いたぞ」
30分ほど山を歩いていると開けた場所に出る。
「ここがレンゲン一族の里か」
周囲を高い木に囲われ、そこに集落があると知っていなければ辿り着くのは難しいだろう。
草を掻き分けながら集落へ入って行く。
集落には木をそのまま利用したような建物がいくつも見られる。
「お帰りなさいませ、若」
「ああ、ただいま」
若の姿をすぐに見つけた一人の中年男性が急いで駆け寄って来ると若の前で膝を突く。一緒にアリスターまで来ていた部下だけでなく、里の人たちからも敬われているらしい。
すぐに俺たちが後ろにいる事にも気付いた。
「どうやら目的の人物を連れて来る事に成功したみたいですね」
「どうにかな」
「謙遜なさいませ。無事に任務を果たされたようで良かっ……」
言葉を途中で切ってキョロキョロと俺たちの後ろの方を気にし出す。
そこにいるとばかり思っていた人の姿がなく、思わず動揺してしまった。
「つかぬ事を伺いますが私の息子はどうされましたか?」
俺が捕らえた間諜の中に目の前で膝を突いている男の息子がいたようだ。
「……現在、私以外の者は彼らに捕まっている」
「なんですって!?」
男が腰の後ろに差していた短剣を引き抜く。
「こいつらは自分たちの状況を理解しているのか!?」
「理解しているさ。卑怯にもお前らに無実の従姉弟が毒に冒されて脅されている可哀想な被害者だ」
「ぷっ……」
後ろでアイラが笑いそうになっているのを我慢している。
挑発する意味も含めて少々芝居がかった口調で言っただけなんだけどな。
「お前の息子も含めて全員が人質だ。下手な事をすると自分たちの寿命を縮める事になるぞ」
「くそっ!」
男が持っていた短剣を地面に叩き付ける。
それだけ『人質』という言葉は強烈だった。
自分たちも人質を取っているだけに人質を取られた状況がどれだけ不利なのか理解している。
こうして惨めな姿を見ているとスッキリ……しないな。
こいつらとの関わり合いをさっさと終わらせたいぐらいだ。
「そう虐めないで下さい」
武器を捨てた男を見下しているといつの間にか取り囲むように周囲に集まっていた里の人たちによる人垣の向こうから40代ぐらいの男性が現れる。
男性の歩みに合わせて人垣が割れる。
「父上……」
現れた男性の姿を見て若が呟いた。
「今は任務中だ。頭領と呼べ、フリート」
「申し訳ありません」
父親に対して頭を下げる若。
「客人を案内しよう」
頭領が背を向けて歩き出そうとする。
だが、向かう前に訂正しておかなければならない事がある。
「勘違いしないで欲しい。脅されているのはこちらで、被害者は俺たち。虐められているのは最初から最後まで俺たちだけだ」
「そうでしたな。ですが、こちらも族長の命令ですので」
頭領からは脅している事に対して申し訳なさみたいな物は感じられない。
……そうか。
若と一緒に里の中心にある屋敷へと案内される。
そこは、森の中にある隠れ里という性質上、木よりも高く作る訳にはいかなかったので1階と2階しかない建物だったが、他の建物に比べて5倍ほどの広さがある建物だ。
屋敷を奥へ進むと広間へと案内される。
広間の奥では既に4人の男が床に座って待っていた。
中央に座っているのは60歳を過ぎた老人の男性。老人の右に頭領と同じくらいの年齢の男性が二人座っており、左には一人分の場所を開けて頭領よりも少し年上に見える女性が座っていた。
そして、頭領が空いていた場所に座る。
俺たちも中央に座る老人の前まで行く。
「ようこそレンゲンの里へ。ワシがレンゲン一族の族長をしておるレンゲンという者じゃ」
中央に座った老人が言った。