第11話 地獄の走
若を連れて迷宮の外へ出る。
空を見上げるといつの間にか真っ暗になっていた。
ここからは走って目的地まで行く事になる。夜道を走るのは危険が伴うが、俺のステータスなら魔物に襲い掛かられたところで問題にはならないし、盗賊だって全速力で走っている相手を襲うほど酔狂ではないはずだ。
「さっさと案内しろ」
「分かっている。だから蹴るな」
尻を蹴って急かす。
「行くぞ」
周りに走るよう促す。
しかし、いると思っていた相手はいない。
「……ん? 他の奴らはどこへ行った?」
若はてっきり自分の仲間も一緒に行くと思っていたらしい。
「何を言っているんだ? ただの道案内だけなら一人いれば十分だろ」
「い、いや……」
「お前は仲間の分まで全力で走れ。でないと案内する気がないと判断して迷宮に残された奴も含めて処分する事にするぞ」
「もちろんだ。私が案内させてもらう」
「分かれば全速力で走れ」
若も自分のせいで仲間が犠牲になるのは本意ではない。
「そっちはお前だけが付いて来るのか?」
「他の奴らは俺のスキルで喚び出すことができるが、俺だけは自分の力で付いて行かないといけないからな」
【召喚】でいつでも主の傍に喚び出せる眷属。
俺だけは仕方なく自力で走らなければならない。効率を考えて俺一人での行動になる。
草原を北へ向かって全速力で走る。
全力疾走というのは体力的にも疲れてしまうが、精神的にも消耗してしまうためいつまでも続けていられるものではない。
「はぁ……はぁ……ちょっと休憩にしよう」
「それでも結構もった方だな」
1時間以上も全力疾走できていた。
俺はまだ余裕があるが、若は疲れて今にも倒れてしまいそうだ。
地図を確認する。
今の位置は数分前に通り過ぎた遠くに見えた街を参考にするしかないが、王国の北端まで10分の1ぐらいまでは辿り着くことができた。
「この調子で行けば1日掛からずに辿り着けそうだな」
「そんなのは不可能だろう!」
既に若はヘロヘロ。
俺はともかくとして案内役がこのような状態では絶対に辿り着くのは不可能だ。
……それも、今の状態のままだったならの話だ。
「飲め」
「何を――」
若の質問には答えずに道具箱から取り出した瓶の中身を飲ませる。
瓶の中に入っているのは体力回復薬。それも迷宮で精製した特製の回復薬であるため半分ほど飲むだけで体力を瞬時に回復させることができる。
「こんな回復薬が実在しているのか」
「じゃあ、走るぞ」
「ちょっと待て! まさか、こんな調子で延々と走らせるつもりでは……」
「当然だ。こっちは5日で全てを終わらせるつもりなんだから移動に時間を掛けてやるつもりはない」
「そんな……」
いくら失った体力を回復薬で回復させる事ができるとはいえ走り続けるのは精神的な負担になる。
既に若の心は挫けそうになっていた。
「ところで、この回復薬だけどどうやって精製しているのか分かるか?」
「いや……」
傍にアイラを喚び寄せる。
「何?」
「こいつを仲間の元へ戻せ」
「あたしも色々と手伝いで忙しんだけど」
「こいつが我儘を言うようだから現状を理解させる必要があるんだよ」
「……仕方ないわね」
アイラが若の体を掴んで【転移】する。
☆ ☆ ☆
そこは先ほどもいた地下70階の牢。
同じように牢の外から中にいる仲間の姿を見る。
すると、すぐに違和感に気付いた。
「……セロンはどこへ行った? それにエディとオーソンはどうしてそんなに衰弱しているんだ?」
牢の中には10人しかいなかった。もう一人の姿がどこにも見えない。
それに牢の中でミイラのように干からびた二人がいるのも異様だ。
「セロン? その人かどうか知らないけど、牢の中にいない人ならあそこにいるわよ」
「あそこ?」
アイラが指差す先。
牢のすぐ傍に巨大な蛙の魔物が鎮座していた。
「ひっ……!」
全長3メートルの蛙。
思わず武器があるはずの場所へ手を伸ばしてしまうが、今は武器を持つ事を許可されていないため空振る。
「なんだ、この化け物は!?」
「この子の名前は『生命流出蛙』。捕食した獲物から生命力を吸い尽くして自分の生命力にして生き永らえている魔物よ。捕食された相手は、丸呑みされて生命力を吸い尽くされると吐き出されるの」
「まさか……」
若の視線が牢の中で干からびたようになった二人へと向く。
「そう。あんたが一生懸命に走っている間に二人の生命力を吸い尽くさせてもらったわ」
「貴様ら、自分の立場が分かっているのか!?」
生きてはいるが、指先を動かす事すら難しい生命状態。
こんなのは捕虜にしていい事ではない。
「文句があるなら体が壊れてでも全速力で走って1日以内に里まで辿り着きなさい。それができないなら回復させるだけの話よ」
若が先ほどの出来事を思い出す。
驚異的な回復効果を齎してくれた回復薬。てっきり最初は必要経費だと割り切って俺たちが出してくれた物だと思っていたのかもしれないが、どうして俺たちが回復に必要な薬を提供しなければならないのか。
もちろん簡単に提供できたのには理由がある。
「捕食した相手の養分を吸収するだけの魔物だけど、吸収した養分は顎の下にある栄養袋に蓄えられているの」
生命流出蛙の顎の下には拳大ほどの丸い物体がある。そこをナイフで斬り裂くと中から透明な液体がドパァッと流れ出て来た。少しでも零さないように容器を当ててアイラが流れ出て来た液体を回収している。
その液体の色に若は覚えがあった。
「あんたが飲んだのは、この液体よ」
「もしかして……」
「先に牢の中で寝ている二人を捕食させて体力回復に必要な回復薬を作り出させてもらったわ」
生命力が凝縮された液体である回復薬を飲めば疲れて動けなくなっただけの人間の体力を全快にさせるなど簡単な事だ。
「私は、なんて物を……」
口を押さえて吐き出しそうになる若。
しかし、回復薬は既に吸収されて効果を発揮しまっているので吐き出すことができない。
「まさか、あの魔物の腹の中には……」
「ええ、牢の中にいない奴が入っているわ」
既に3人目から生命力を抽出している段階だった。
「こんな惨い事がどうしてできる!?」
「は?」
若の言葉に苛ついたアイラが蹴る。
ただし、案内役である若を蹴る訳にもいかないので干からびて動けなくなったエディが犠牲になる。生命力と魔力を抽出するぐらいの事しかできない現状なら骨が何十本と折れようが関係ない。
「止めろ!」
「だったら馬鹿みたいな発言は止めなさい」
「馬鹿、だと?」
「どんな目的があるのか分からないけど、脅す為だけに毒を用いるような奴を相手にどんな事をしたところで心が痛まないわね」
「……」
先に手を出して来たのは向こうの方だ。
こっちは報復を兼ねて“素材”として役に立ってもらっているだけだ。
以前から稼げる方法として確立はさせていた方法なのだが、あまりに非人道的な方法だったために使わずにいた。ところが、相手が人と思えない相手なら心が全く痛まない。いや、既に連中を人だと思っていない。ただの素材だ。
「とはいえ、あんたの怒る様子を見ていたら多少は可哀想になって来たわ」
「そうか」
「だから、生命力のストックは二人分までに留めるわ」
若が里に辿り着くまでに5人分の生命力だけで辿り着くことができれば4人は助かる。
逆に9人分の生命力を使ってしまうと全員が犠牲になってしまう。
何人を助ける事ができるのかは若の努力次第だ。
「せいぜい頑張る事ね。あ、もしも1日以内に辿り着けなかった場合はここにいる全員を永遠に同じ目に遭わせるから」
「そんな事にはならない」
「そう、頑張りなさい」
アイラが若の体に触れたのを確認してから喚び戻す。




