第10話 里への招待
迷宮地下70階。
ここにはちょっとした施設がある。
「他の奴らも全員移動させて来る」
迷宮内を【転移】で行き来して捕らえた連中を全員ここへ移動させる。
「若!」
「……どういうつもりだ!?」
最後に運んで来た若と呼ばれていた青年が喚く。
「シャドウゲンガーが捕らえた4人の間諜、それにアリスターにいた10人を合わせた14人から2人が犠牲になったから12人がこちら側の人質だ」
地下66階から70階までの神殿フィールド。
床や天井、壁までが固い大理石のような物で造られた建物内を攻略するフィールドになっており、最奥である地下70階には鉄格子によって閉ざされた牢が設置されていた。
牢の壁には鎖の付いた手錠があり、11人の男たちが繋げられていた。
「状況を理解しているのか?」
「もちろん理解している。卑怯にもお前たちは俺たちに対して人質を取った。従姉弟を毒で苦しめるという手段によってな」
「それが分かっているなら待遇の改善を要求する」
「どうしてこっちがそこまで従わないといけないんだ?」
若がポカンとしている。
そろそろ俺が怒っている事にも気付いていい頃だろう。
「そっちの要求には従おう。で、俺に何をやらせたい?」
こいつらの要求は色々と考えられる。
迷宮へいきなり連れて来られた事に対しては驚きを隠せないでいたが、迷宮との行き来そのものに対しては驚いていなかった。
おそらく、俺が迷宮主だという事は知られてしまっている。
そのうえでの要求。
迷宮主の能力に期待して特別な財宝を求めている可能性、迷宮主や眷属の戦闘能力を利用して討伐が困難な魔物を討伐させる。迷宮眷属だけが持つ特別なスキルで何かをさせる。
可能性だけならばいくつも考えられる。
「……悪いが知らない」
「なに?」
「私は標的を教えられて脅すように言われただけだ」
「そうか」
こいつは役に立ちそうにない。
――ドサッドサッ!
手錠に繋がっていた男たちが一斉に倒れた。
「何をした!?」
「これが牢の特性だ」
牢には俺の意思一つで限界まで魔力を搾り取る効果がある。
情報源としては全く役に立ちそうにないので、せめて魔力になって役に立ってもらおうと考えた次第だ。
「ま、待て……」
無事なのは鎖に繋がれる前だった若だけ。
と言っても倒れた連中も急激な魔力欠乏により意識を失ってしまっただけで生きてはいる。ただし、今後の処遇を思えば一思いに殺してもらえた方が楽だったのかもしれない。
「たしかに族長から目的は聞いていない。私の役目はあくまでも里までお前たちを連れて来る事だ」
「で、本当の目的は里にいる族長が話すって?」
俺の問いにコクコクと首を縦に振る若。
間違いなく解毒薬も里にいる族長が持っているのだろう。
解毒薬を手に入れる為には里へ行く必要がある。
「とりあえず牢の中にいろ」
若を牢の中に放り投げる。
で、仲間だけで相談。
この場にいる仲間はアイラ、メリッサ、イリスの3人。シルビアと屋敷にいる家族の護衛としてノエルには残ってもらっている。
「誰かレンゲン一族の里を知っている人はいる?」
俺は全く聞いた事がない地名だ。
それでも、あちこちを旅していたアイラや商人と繋がりのあったメリッサ、冒険者として経験豊富なイリス、『巫女』だったノエルなら知っているかもしれないと思っての相談。
しかし、全員の表情は暗い。
「あたしも聞いた事がないわね」
里について知らないアイラ。
他の3人も同じように知らないと思ったのだが……
「レンゲン一族……実在していたのですね」
「私は都市伝説の一環だと思っていた」
『いくつもの国の間諜が集まった集団という認識でいたけど、彼らの反応を見る限り違うみたい』
……ん?
ちょっと予想していた反応と違う。
「何か知っているのか?」
尋ねるとメリッサとイリスが微妙な顔をしながら見合わせた。
たぶんノエルも同じような表情をしているのだろう。
「結論から言います。レンゲン一族というのは国や大貴族の表には出せないような情報を得ては他国に流して報酬を得ていた諜報機関として噂されていた名前です」
「しかも厄介なのは情報を握られた国でさえレンゲン一族の詳細について知ることができなかった」
『そのせいで国はお互いの事に対して疑心暗鬼になっていた。だから国政に関わるような人たちは自分たちの中に裏切り者がいて、裏切り者同士が手を結んでいるんじゃないかって事まで考えるようになった』
俺が知らないだけで有名な一族だったらしい。
だが、それならそれで気になる事がある。
「どうして3人は知っているんだ?」
「私は国の上層部とも関わりがありましたから名前ぐらいは聞いた事があります」
「長く高ランクの冒険者をしていれば一度は耳にする事がある危険な名前として教えられる」
『そもそもわたしが国政に携わる者だったから』
3人ともなんだかんだ俺以上に人生経験が豊富だ。
残念ながらアイラの苦労は国政方向で発揮される事はなく、俺以上に田舎者だったシルビアは名前すら聞いた事がない。
「本音を言わせてもらえば自分からは関わり合いになりたくない組織です」
「そういう訳にはいかないだろう」
向こうから接触して来てしまった。
ならば迎え撃つしかない。
「ええ、それには私も同感です」
怒っているのは俺だけではない。
「とりあえずレンゲン一族は壊滅」
『今回は護衛だから参加できないのが悔しい』
イリスとノエルも壊滅させる方向で行くつもりだ。
「先に敵対したのは向こうだからね。壊滅させられたからって文句を言わせるつもりはないわよ。人の娘を誘拐しようとした報いは受けさせないと」
アイラからはシエラを誘拐された時の怒りが沸々と湧き上がっていた。
そもそもこの場に誘拐の実行犯がいれば確実に八つ裂きにしていた。だからこそ使い道はあったのだが、さっさと処分する事にした。
「相手は情報収集に長けた組織なんだろ」
「それは間違いありません」
そういった組織だからこそ俺の正体にも気付くことができた。
最近、色々と派手にやり過ぎたからな。
「で、里の場所については知っているのか?」
「それは分からない。知られていたら国の方で大規模な討伐が行われているはず」
「そうだよな……」
結局は所在不明の場所へ行く必要がある。
俺たちの場合は案内役がいる。
「おい」
「ひっ……!」
牢の外から若に声を掛けると怯えて後退った。
「俺を里まで案内しろ。それがお前の役割だろ」
「も、もちろんだ」
「里まで二日で行くぞ」
「それは不可能だ」
若の説明によると、里は王国と帝国の国境沿い。それもアリスターのある南側とは反対の北側にあるらしい。
そこよりも先の具体的な場所は若の案内がなければ辿り着くことができない。
間諜である彼らは鍛えられている。
それこそ国と国の間を縦断することなど10日もあれば可能だ。
「悪いが10日じゃあ間に合わないんだよ」
毒を摂取したばかりなのでミリアムさんに最初の禁断症状が出始めるのは5日後。こちらとしては、その前に完治させたいと考えている。
「無理を言うな。さすがの私でも2日で里まで戻るには全速力で走って、尚且つ休みなしで走り続ける必要がある。そんな事は不可能だ」
「なるほど。休みなしなら辿り着けるんだな」
「へ?」
こうして地獄のランニングが始まった。