第11話 壁抜け
『壁抜け』。
文字通り壁を通り抜けられるスキルだ。たしかにこれがあれば警備の厳重な貴族の館にも簡単に侵入することができる。オルガさんの話によれば事件のあった日も警備はしっかりと行われていたらしい。
だが、警備を行っていた者たちは館から出て行く姿は目撃しても入って行く姿を見た人は誰一人としていなかった。
次の日にはオルガさんたちの元へとやって来た貴族の使者に侵入者の目撃情報が彼らの知っているラルドさんと一致していることまでは教えてもラルドさんが『壁抜け』まで使えたことは教えなかった。
しかし、情報を集めている内に彼らが『壁抜け』を使用できることからラルドさんを犯人だと決め付けていることを知った。
どこから情報が漏れたのか?
原因はギルドの職員にあった。
職員の一人が金を掴まされて情報を吐いてしまった。公正中立な立場だとしているギルドであっても職員の中にはそういった人物が紛れ込んでしまうことがある。まあ、信用問題に関わるので情報を漏らした人物については、退職してもらうことにしよう。
「というか、そんな強力なスキルを持っていたのにどうして出るときは使わなかったんですか? 壁抜けを使えば誰に見つかることもなく脱出できたでしょうに」
現に入る時の姿は誰にも目撃されていない。
「そんな強力なスキルが何の対価もなく使えると思っているのか?」
たしかに苦も無く家宅侵入ができるようになるスキルが何の代償もなしに行えるとは思えない。
「魔力をけっこう消費するんだよ。奴はそんなに持っていなかった……たしか100あるかないぐらいだったな。そのせいで、往復するなら隙間風が流れてきそうな薄い壁ぐらいしか通ることができないらしい。厚い壁だと片道で精一杯。結界なんかが敷かれていると片道すら通り抜けることができないらしい」
なるほど。魔力の消費量が壁の厚さによって跳ね上がるスキルか。
けど、100あれば片道は問題ないということは200あれば往復するには問題ないんじゃ……いけないいけない、自分を基準に考えていた。Dランク冒険者で、魔法を得意としていたわけでもないなら平均よりもちょっと少ないぐらいだ。
「壁抜け、か……」
しかし、便利なスキルもあったものだ。
なんて考えていると……。
『あ、単純に壁を通り抜ける程度なら迷宮魔法で再現可能だよ』
迷宮核が俺でもできることを教えてきた。
思い出した。たしか地下47階にある以前の迷宮主が趣味全開で造った階層にそんな魔物が現れていた。
地下47階は、階層の全てが直線的な石壁によって造られた迷路で、その階層では全ての魔法が使用することができず、人を死に至らしめるような罠がわんさかと設置されている。魔法も使用を禁止されているため自力でコツコツと罠を解除しながら進むしかない。しかし、唯一出てくる魔物であるキラーアサシンという名前の全身黒ずくめの人のような姿をした魔物が壁の向こうからすり抜けてやって来る。
疲労困憊に耐えながら必死に罠を解除しながら壁の向こうにまで警戒をしなければならないという階層だ。
なぜ、そんな階層があるのか?
理由は、地下77階と同じように暇を持て余した以前の迷宮主が迷路を楽しみたいという理由から造り上げた。迷路は構造変化と同時に道順をランダムに変えるようになっていたのでしばらく待てば新鮮な気持ちで迷路に挑むことができるようになる。今は、迷路の変化を止めているので、誰も来ないのに構造変化時に余計な魔力を消費して道順が変わることもない。
暇を持て余してしまうと迷宮主は、そのような階層を持て余してしまうらしい。
俺もいつか地下77階や47階と同様の階層を造ってしまうのだろうか。
とにかくキラーアサシンがいるおかげで迷宮魔法を使用すれば俺も壁をすり抜けることができる。いや、絶対に私的なことには使わないよ。
「つまり、オルガさんたちはラルドさんが壁抜けをできたから犯人だと疑っているわけですか?」
「父はそんなことはしません。それは、家族にもスキルのことは秘密にしていたみたいですけど……だからって父が……」
「落ち着け。別に俺はスキルを持っていたから疑っているわけじゃない。むしろあいつは自分のスキルを封印していたぐらいだ」
「そうなんですか?」
色々な使えそうなスキルなんだけどな。
「奴は元々盗賊なんだよ」
「え、父は冒険者をしていたって聞いていましたよ」
「盗賊だったのは冒険者になる前の話だ。お前さんたちよりももっと小さかった頃の話だな」
それは、本当に小さな子供の頃の話になる。
「盗賊だった頃は金庫の鍵を無視して中身を取り出したり重宝していたらしい。周りにいる大人も盗賊団の連中だけだったからスキルを使えば褒められたって言っていた」
全身を通り抜けさせるのとは違って手だけを通り抜けさせて中身を取り出すだけなら金庫が対象でも魔力がもったらしい。
「もう足は洗って冒険者になると同時に盗賊みたいなスキルは封印していたんだ。だから簡単にはスキルは使うはずがない」
「だったら……」
「ただ、事件があった日に会った奴は思い詰めた表情をしていた。それこそ家族にも内緒にしていた封印されたスキルを使うつもりだったんじゃないのかっていうぐらいにな」
「……」
シルビアにも思い当たることがあるのか黙ってしまった。
たしかに話を聞いていると俺にもなんとなく予想できた。
家族にもスキルのことを秘密にしていたのはそれだけ家族のことを大切にしていたからだ。元々は盗賊で、そんな盗賊稼業に適したようなスキルを持っていることを知られたくなかった。
そうして家族の為にスキルを使わなければならないほど追い詰められてスキルを使用しての暗殺や窃盗にまで手を出した。
「オルガさん最後の質問です。あなたたちに接触してきた貴族の名前を教えてください」
「知ってどうする?」
「まだ具体的には決めていません。それでも接触はしてみようと考えています」
オルガさんは教えるべきかどうか迷っていた。まあ、貴族相手に接触した時点で引き返せない状況になるから、俺たちの身の安全を考えれば教えるのも躊躇するのは仕方ない。
けど、何らかの情報が必要なことは間違いない。
「シルビアのお父さん――ラルドさんはまだ王都にいるんですよね」
「ああ、それは間違いないだろう」
王都は外周を壁で囲まれている。どうにか壁をよじ登ったとしても上空も含めて外壁には目に見えない結界が敷かれているので門以外の場所からの出入りが不可能になっている。
門を出入りする為には身分証の提出が必要になる。出入りした人間を調べれば、翌日には犯人であると疑われていることが広まったラルドさんが王都を出入りしたかどうか調べていないはずがない。そんな状況でまだ探しているということは、王都から出て行った形跡がなかったということだ。
「ラルドさんにも借金をどうにかしたかったとか色々と事情があったのかもしれませんけど、それで家族に迷惑を掛けているのが俺には許せません。ちょっと言ってやりたいこともあるので情報を集めてからラルドさんに会いに行きたいと思います」
「貴族の連中ですら見つけられない相手だぞ?」
「大丈夫ですよ。こっちには人探しには打ってつけの魔法道具がありますから」
俺の父のように死んでいた場合は、もう死魂の宝珠もないのでどうにもできないが、生きているのならまだ色々とできるし、本人から話を聞くこともできる。
ただ、一方の当事者から話を聞くだけでは情報が偏ってしまう。被害にあった方からも色々と情報を得ておいた方がいいだろう。
「ダメだな。止めようと思ったが、お前さんは色々と覚悟しているようだ」
俺の説得を諦めるとオルガさんが接触してきた貴族の名前を教えてくれた。ついでに屋敷のある場所も聞いてちょっと行ってみることにしよう。