第9話 毒に冒された従姉弟
間諜の捕縛、尋問など様々な事を行っていると夕方近くになってしまった。
屋敷で待機していたアイラを連れてイリスも一緒に3人で目的の場所へ向かう。俺に報告をしてくれたシルビアはシエラを預けられて待機のままだ。
「失礼します」
「マルスか」
目的の場所――アルケイン家の屋敷の中にある一室で暗い表情をした祖父であるアーロン・アルケインが迎えてくれた。
部屋にはメリッサが既におり対処に当たっていた。
「容態はどうですか?」
「何人もの医者に診せたが、全員が原因すら分からないと言っていた」
そう言って部屋のベッドで眠る女性を見る。
上質なネグリジェに身を包んだ女性は苦しそうな表情のまま横になっていた。
「……久し、振りね」
入室した俺たちの姿を見ると弱々しそうな声で呟いた。
「お久しぶりですミリアムさん」
ミリアム・アルケイン。
アルケイン商会の現当主の三女に当たる人物で、俺にとっては従姉弟と呼んだ方が適切な関係である人物だ。
シルビアから聞かされた話によれば昼間から衰弱したようにベッドから起き上がる事ができずにおり、何人もの医者が諦めてしまったところで途方に暮れたところで俺たちの屋敷に俺の叔母であるミランダさんが屋敷に駆け込んで来た。
親戚を頼ったというよりは高ランクの冒険者が持つ秘宝を頼ったためだ。
「お願いします。娘をどうにか助けて下さい!」
ミランダさんが頭を下げる。
その姿には商会の会長の妻としての打算はなく、純粋に自分の娘の事を心配していた。
「ミリアムは近々結婚を控えている身です。このような状態では結婚も難しくなるかもしれません。だから、この娘の為にもどうにか助けてあげたいんです」
必死に訴えて来るミランダさん。
「謝礼は私が支払える物なら何でも支払います」
「お母さん」
「だから――どうにか娘を!」
そのまま泣き崩れるミランダさん。
娘が衰弱していく様子に耐えられなくなってしまったらしい。
仲間と顔を合わせる。
「報酬はいりません」
「でも……」
「今回は、親戚を助ける。ただ、それだけです」
状況を考えると一つだけ原因に心当たりがない訳ではない。
けれども、衰弱している理由にまでは心当たりが及ばない。
イリスが寝ているミリアムさんに近付いて体の状態を確かめる。回復系のスキルを持っているイリスなら相手に触れるだけで体調について知ることができる。
「……これは!」
「何があったの!?」
ミリアムさんの体調を調べていたイリスが言葉に詰まってしまう。
それを聞いてミランダさんが最悪の事態を想定してしまった。
「治せるのか?」
現状そこが大切だ。
イリスの【天癒】なら全魔力を消費してしまう事にはなるが、どんな病気や怪我だって治療することができる。それに【施しの剣】を使用すれば通常の治療ではどうしようもない部位欠損のような状態も元通りにすることができる。
病気や怪我で条件にもよるが、イリスに対処できない物はない。
しかし、イリスは首を横に振る。
「彼女は病気や怪我で苦しんでいる訳じゃない。『毒』によって生命力を奪われている」
「毒?」
思い起こされるのは同じ迷宮主だったリオの母親だ。
彼女は新たな皇帝となるリオの事を疎ましく思う人物によって『デポアの毒』を服用させられて苦しめられた。
「体に毒の反応があった。しかも『デポアの毒』よりも厄介な代物。私のスキルを以てしても完全な解毒は不可能」
「どうしてだ?」
イリスのスキルを使えば快調されるはずだ。
「私のスキルは両方とも現在の状態から快復させる事ができる。けど、ミリアムが受けた毒は麻薬に似ていて一度でも毒を服用してしまうと『毒を飲みたい』っていう常習性に囚われてしまう。それは、私のスキルでも解毒できない」
常習性は回復魔法でも癒すことができないらしい。
そのため麻薬を服用した異常者については根気よく付き合って治療する他ない。
「とはいえ、解毒方法がない訳じゃない」
「本当か?」
「うん。解毒薬さえ用意する事ができれば……」
問題は解毒薬について。
全く分かっていない毒だけに毒を作った本人でなければ解毒薬を作るのも難しいかもしれない。
「む、娘は助かるの!?」
ミランダさんがイリスに縋る。
現状、ミリアムさんの症状の原因を言い当てられたのがイリスしかいないため彼女に縋るしかなかった。
「方法がない訳ではありません」
「本当!?」
「毒を作った張本人に心当たりがあります」
「そう」
方法がない訳ではない。
しかし、その為には毒を用いた相手を特定する必要がある。
手掛かりが全くない状態だったのなら八方ふさがりもいいところだ。
もっとも俺には犯人に心当たりがあった。
「この中に見覚えのある人物はいますか?」
部屋の隅に捕らえたレンゲン一族の姿を映し出した幻影を作り出す。
毒を服用させるにも色々と条件が必要になる。何らかの方法で接触している可能性があり、当事者や家族なら見覚えがあるかもしれないと思っての行動だ。
「……右から3番目の青年には見覚えがあるな」
「ええ、少し人相が違いますが数週間前から屋敷に食糧を運んでくれるようになった男の子です。名前は、たしか――」
「エディです」
名前の思い出せなかった祖母に代わってミリアムさんが答える。
「今日も午前中に食糧を届けに来ました。その時、家の人間で対応できる者が私だけだったので私が対応しました」
「犯人については分かった」
おそらくエディという人物が犯人なのは間違いない。
イリスを見て催促する。
急に姿の消えたイリスに驚くアルケイン家の面々だったが、すぐに戻って来たイリス。そして、その腕に抱えられたエディを見てさらに驚いていた。
「貴様がミリアムさんに毒を掛けたんだな」
「お、分かったんだな」
急にこんな場所へ連れて来られた事に驚いていたものの俺の質問に対して悪びれた様子もなく答えるエディ。
ムカついたので蹴る。
「ぐわっ、いてぇ……!」
蹴った時の感触からして肋骨が何本も折れているのは間違いない。
「犯人はコイツです。だが、コイツを渡す訳にはいきません」
「……本音を言わせて貰えば正式な手順で裁いて欲しいところだ。だが、捕らえたのはお前たちだ。こちらの我儘に付き合わせる訳にはいかない。だが、犯人について知っていただけでなく身柄まで拘束していたという事は……」
「事情については今から説明します」
そこで今日起こった一連の誘拐事件について説明する。
彼らの言動を鑑みれば人質を取ることで俺を脅して要求を通そうと考えていたのは間違いない。
しかし、誘拐は悉く失敗してしまった。
そこで、予備の人質候補として考えられていたのがアルケイン家の人間。ミリアムさんが選ばれてしまったのは完全な偶然だろうが、俺と縁戚関係にあるという理由だけで狙われてしまったのは間違いない。
「曾孫たちは大丈夫なのか?」
「ええ、今のところは無事です」
こちらの事情に巻き込んでしまった事を詫びながら自分たちは無事である事を伝える。
「この男を殺せば毒は解毒されるのか?」
「そうだといいんですけど……」
こちらの意図を読み取ったのかエディの口から笑みが零れる。
「無駄だ。俺は族長に頼まれて毒に罹らせる為に必要な物を彼女に渡しただけだ」
「……アレね」
ミリアムさんの視線がベッドの脇に飾られた青い花へ向けられる。
これまでには見た事のない花で、青い色は全てを惑わすような怪しさを持っていた。だからこそ惹かれるものもある。
「対応した時にしつこく口説かれて最後に花だけ受け取ったんです」
「あの花にはちょっとした細工が施してある。離れた場所から嗅いだだけだと意味がないけど、至近距離で臭いを嗅げば数時間後には体調を崩すほどの劇薬だ」
その毒を解毒する為には解毒薬が必要になる。
しかし、解毒薬を持つのは毒を作った『族長』と呼ばれる人物のみ。
「お前らの目的は分かった」
冷たく言い放つとエディの首を掴む。
「ミリアムさんは必ず助けます。だから、ここで起こった事やこれから起こる事は他言無用でお願いします」
そう言って迷宮へ戻る。