第7話 お出かけ
アイラ視点になります。
シエラが屋敷の中から外を眺めている。
最近――あたしの故郷であるパレントへ連れ出して戻って来てから今みたいに外を眺めている時間が多くなった。
きっと外に憧れみたいなものがあるのだろう。
「外へ行きたい?」
「あぃ!」
ちょっと提案してみると嬉しそうに両手を上げた。
今日は秋にしては暖かい。けど、油断していると赤ん坊はすぐに体調を崩してしまう。だから、モコモコとした格好をさせて暖かくさせる。
「行こうか」
シエラを連れて屋敷を出る。
「あぅ~~~~~」
キラキラした目で色々な物を見ている。
そう言えば……
「屋敷の外へ出るのは初めてだっけ?」
家族が多いおかげで外出しなければならない状況でも屋敷にいる誰かに預ければ外出する事ができる。
この前のパレントへの遠出が初めての外出だった。
「そっか、だから外へ行きたがったんだ」
初めて外へ連れ出した事で外への興味が湧き出てしまった。
この娘は本当に好奇心旺盛な子供だ。将来はどんな人になるのか今から楽しみで仕方ない。
「シエラ、公園よ」
「ぅ?」
大通りに面した場所にある大きな公園。
東区には富裕層に住んでいる人が多く、住人が触れ合える場所を何代か前の領主様が自ら計画して作ってくれた。公園の中には様々な遊具があり、警備兵も常駐しているため安心して子供を遊ばせる事ができる。
そう言えば家出したエルマーがいた公園だ。
とはいえ、赤ん坊のシエラが遊具で遊べる訳もない。
けれども遊べない訳ではない。
「あら」
「お久しぶりです」
公園にあるベンチの傍に立つ知り合いのご婦人を見つけた。
年齢は、あたしよりも10歳年上。なかなか子供には恵まれなかったけど、あたしと同じ時期に子供を出産した女性――フィリーネさん。旦那さんは、領主様の元で財務を担当していると聞いた事がある。
領主様の家臣という事で豊かな生活を送ることができているため東区に住居を構えている。
同じ時期、同じ地区に住んでいるといった偶然が重なって病院で会う内に自然と仲良くなった。
「はい、シエラ」
「ぅ?」
「お友達のシオン君よ」
ベンチにはフィリーネさんの産んだ男の子のシオン君がちょこんと座っていた。
シオン君の隣にシエラを座らせる。
「あぃ」
まずはシエラの方から挨拶をする。
シオン君の方から返事はない。けど、無言でシエラの方に手を伸ばして体をペタペタ触る。
「きゃっきゃっ」
触られているシエラも何が面白いのか分からないが、嬉しそうに笑っている。
子供は何が楽しいのか大人には分からない時がある。
「ふふっ、楽しそうですね」
そこへ大きなお腹を抱えた女性――ファムさんが公園にやって来た。
彼女も東区に住む女性で、近々出産を控えているという話を聞いている。
「大丈夫なんですか?」
「はい。偶には外へ出掛けないと逆に体調に良くないですから」
あたしは体調を悪くする事はあまりなかったから分からないけど、最近になって妊娠中は体調の変化が激しいという事を実感した。
「聞きましたよ。シルビアさんも妊娠しているみたいですね」
街ではあたしたちはそれなりに有名だ。
冒険者の間では高ランク冒険者の集まったパーティとして有名だけど、一般人には屋敷の特異性――一人の男性を中心に何人もの女性を住まわせている。しかも女性だけでなく女性の家族まで一緒にだ。
噂を聞いただけの人々は爛れた関係を想像して噂が広がる。
噂に尾ひれがついてしまっているのは本当だけど、実際に爛れた関係である事には間違いがないので否定し切るのは難しい。
「はい。最近だと外へ出るのも大変みたいで今日も屋敷で横になっています」
日頃から怠そうにしているシルビアを見ていると妊娠中は本当に大変だったんだというのを実感させられる。
「あ、そうそう……」
フィリーネさんがファムさんの為に妊娠中に役立つ情報を教えてくれる。あたしもシルビアの為に聞いてあげておかないといけない。
☆ ☆ ☆
「あ゛ぁぁぁ~~~~~!」
10分ほど話し込んでいるとシオン君が泣き出した。
フィリーネさんが自分の子供の窮地を聞き付けて慌てて振り向く。
「どうしたの?」
シオン君を抱き上げて必死にあやしている。
「……ん?」
そこで、ようやくあたしも違和感に気付いた。
シオン君の隣に座っているはずのシエラがいない。
「あ、あれ?」
キョロキョロと見回して公園の外へと全速力で駆けて行く男の姿が見える。
公園に一つしかない出入口とは反対側へと逃げる男。その腕には何かが抱えられていた。遠くてはっきり見ることはできない。けど、あたしにはシエラだっていう確信がある。
「――シエラ!」
「まさか、誘拐!?」
こんな白昼堂々と誘拐を企てる者がいるとは思っていなかった。
とにかくあたしも逃げた男を捕まえる為に駆ける。
「ど、どうしましょう……!」
「とりあえず警備兵を呼んで来ますね」
後ろからフィリーネさんとファムさんの慌てている声が聞こえる。
そんな事には構わず駆けていると男が公園を囲う柵を手も使わずに跳び越えた。柵の高さは2メートル。簡単に跳び越えられる高さじゃない。
「悪いけど、こっちは容赦するつもりがないの」
あたしも柵を跳び越えて男を追う。
☆ ☆ ☆
「きゃっきゃっ」
あたしの腕の中で楽しそうに笑っているシエラ。
「まったく、もう……」
この子は自分が誘拐されそうになっていた事なんて気付いていない。
その態度に呆れてしまうけど、無事だっただけでも満足だ。
「――大丈夫ですか!?」
と、無事な姿を確認していると警備兵の一人が駆け寄って来た。
「あ、どうも」
「あぃ!」
「……どうやら無事だったみたいですね」
シエラにも怪我はない。
Aランク冒険者であるアイラが本気になれば犯人を捕らえる事は可能だろうけど、連れ去られたシエラに何かがある可能性は否定できなかった。
「犯人はどうしました?」
「……分かりません。あたしが柵を跳び越えた時にはこの子だけが地面に置き去りにされたままでした」
「そうですか。Aランク冒険者に後ろから追われる恐怖に耐えかねて子供だけを置いて行ったというところですかね?」
どうにも腑に落ちていない警備兵。
しかし、周囲を見ても犯人らしき人物の影はどこにも見当たらず、結局のところはアイラの言葉に納得するしかなかった。
「一応こちらでも警戒を強化します。我々が警備している中での誘拐事件。これは警備隊の沽券に関わります」
「よろしくお願いします」
「犯人についても必ず捕らえてみせます」
「……ごめんなさい」
「いえ、被害者であるあなたが謝る必要はありませんよ」
警備兵が駆けて行く。今回の一件を報告するのだろう。
「ごめんなさい」
再度アイラが謝って視線を下へ向ける。
「……犯人は絶対に捕まらないんです」
「ぷはっ」
アイラの影――というよりもシエラの影から一人の男が顔だけを出す。その表情は水中から飛び出してきた時のように苦しそうだった。
「自力で少しだけでも脱出できるなんて凄いじゃない」
「何なんだ、この空間!?」
肩まで出したところで同じように影から出て来たシャドウゲンガーに絡み付かれる。
「どんな目的があってシエラを誘拐しようとしたのか知らないけど、あたしたちの屋敷に住んでいる人間の全員に護衛が付いているのよ」
当然シエラにも護衛は付いていた。
とは言っても、これまではシエラが単独で行動する事もなかったので護衛の必要性はほとんどなかった。
だけど、こんな事態に備えて常に影には潜んでいた。
そして、柵を跳び越えて人目に付かなくなったところでシャドウゲンガーが男を影の中へと引きずり込んだ。男の手から落ちてしまったシエラはシャドウゲンガーがキャッチして優しく地面に置いた。
驚くべきは、その間もずっと笑っていたシエラだ。
「残念だけど、あたしたちの子供を誘拐しようとしたんだから楽に死ねるとは思わない方がいいわよ」
「ちょ、待て……!」
男の声を無視してシャドウゲンガーが影の深い所へと引きずり込んで行く。
もちろん、そのまま死ぬような事はない。これから聞き出さなければならない事はたくさんある。