第6話 誘拐
「ご苦労様です」
「ありがとうございます」
今日も報酬を貰って上機嫌になる3人。
あれから何度か依頼を完遂したおかげでランクもFに上がって魔物の討伐依頼も受けられるようになっていた。
本来なら年齢を考えて止めるよう言うべきところだったが、受付嬢は以前の騒動もあって普通の冒険者と同じように対応していた。
結果、1カ月近くでそれなりに稼げていた。
「今日はどうしようか?」
「商店通りに美味しいお店が新しくできたって言うし、そこへ行ってみない?」
ジェムとジリーが楽しそうに報酬の使い道について話をしている。
報酬の全てを保護者たちに渡そうとしたところ拒否されてしまった。
理由は単純に小銭を少しずつ貰ったところで借金が完済できる訳ではない。ある程度は完済の為の貯金として預かっておくが、稼いだお金は自分たちで考えて今後に役立つように使う事、と言われていたからだ。
3人は悩んだ。
今後の事を考えるのなら装備を新調したり、知識を身に付ける為に本を買ったりしたいところだ。
けれども、経験になるのはそんな物ばかりではない。
美味しい物を食べたり、ワイワイ仲間と遊んだり……そういった掛け替えのない時間も大切な経験となる。
そう教えられた3人は報酬を得た時にはまず楽しむようにしていた。
今日は依頼で小鬼退治を引き受けた。順調に経験を積んだ3人にとっては3体のゴブリンが同時に出て来ても敵ではなかったらしく、無事に依頼完遂に必要な3体の小鬼を退治する事に成功した。
しかし、討伐直後に3体の小鬼を統率していたのか小鬼を少し大きくして姿を人に近付けた人小鬼が現れた。
3人は苦戦しながらも連携して人小鬼を討伐。
臨時に報酬が手に入った事で楽しそうに街へ繰り出していた。
「……気付いていますか?」
「もちろん」
エルマーの確認にジェムが頷く。
前衛として戦う二人は気配に敏感になっていた。
「何が?」
一方、魔法使いであるジリーはメリッサから気配の読み方などをまだ教わっていなかった。
だから気付けなかった。
「誰かに付けられています」
「うそっ!?」
「振り向かないで!」
ギリギリで止めた事で振り向かずに済んだ。
尾行者の気配もそのままだ。
子供が相手、という事で気のせいだと思ったのだろう。
「……どうするの?」
「そこの路地に入ることにしましょう」
「分かった」
路地がどこに繋がっているのかジリーは確認しない。
なぜなら、エルマーが自信満々で作戦を考えたからだった。
路地を進んで行く。
その先には建物と建物の隙間に作られた公園のような広場があった。元々は開けた場所だったのだろうが、開発の途中で忘れられてしまった広場。そんな場所が街の中にはいくつもあった。
アリスターに住んで1年近く。
エルマーもこういう場所に詳しくなっていた。
「出てきたらどうですか?」
ここでなら誰かに迷惑を掛けるような事もない。
「気付いていたのか」
3人の歩いて来た方向から一人の男が姿を現す。
どこにでもいるような普通の男。茶髪のボサボサ頭で、どこか疲れたような表情をしているため仕事終わりだと錯覚させる。
「何の用ですか?」
男が懐からナイフを取り出す。
「……随分と敵対的ですね」
「悪いが、人質になってもらう」
人質。
誰に対しての人質なのかは今の立場を考えればすぐに分かる。
「そういう訳にはいきません!」
先手必勝。
エルマーが身を屈めながら走る。子供のエルマーが低く走れば、大人の相手からしてみれば地面を攻撃するに等しくなる。
「なかなか考えているじゃないか」
「なっ……!」
男がエルマーよりもさらに低く屈めて走る。しかも速い。
相手がそんな行動に出てくるとは予想していなかったエルマーは意表を突かれて体勢を崩してしまう。
「くっ……」
無理矢理体を起こして後ろへ跳ぶ。
「シッ!」
男が持っていたナイフを投げる。
「がぁ!」
投げられたナイフがエルマーの肩に突き刺さって蹲る。
「エルマー!」
「そんなっ……」
後ろから心配する声が聞こえる。
それでも戦う者の心構えを教えられた者として対峙している相手から目を逸らす訳にはいかなかった。
「所詮は子供。大人しく捕まってもらおうか」
「そんな訳にはいきません!」
自分が捕まる。
どんな要求を突き付けられるのか分からなかったが、マルスたちに迷惑を掛けてしまう事だけは間違いなかった。
だから助けを求めるべき相手の名を叫ぶ。
「シャドウゲンガー!」
「なにっ!?」
エルマーの影から現れた真っ黒な人型の魔物。
突如として現れた乱入者に男が狼狽える。もっとも男も2秒で意識を切り替えてシャドウゲンガーを警戒する。
しかし、その2秒が致命的だった。
一瞬で肉薄されると腹を殴られる。
「ぐはっ!」
口から色々な液体を吐き出す。
男のステータスではシャドウゲンガーの一撃に耐える事すらできなかった。もちろん手加減はしている。でなければ腹に穴が空いているはずだ。
気付けばエルマーの足元で男が蹲っていた。
「う、動くな!」
後ろから聞こえて来た叫び声にエルマーとシャドウゲンガーが振り向く。
「ごめん……」
「捕まっちゃった」
見知らぬ二人の男に捕まったジェムとジリー。首に太い腕を巻かれており、手に持ったナイフを突き付けられているせいで逃げ出すこともできずにいる。
二人の男はシャツを着ただけの筋骨隆々としており汗を流している。街中で見かけたなら肉体労働の後だと思われても仕方ない。
「二人をどうするつもりですか?」
「その化け物は予想外だったが、お前も大人しくして貰おうか」
「そうすればいつかは解放してやるさ」
ニヤニヤとした笑みを浮かべる二人。
自分たちの優位性が確保されたと思っているのだろう。
「……何も分かっていませんね」
「あ?」
「所詮はその程度の相手という事だった訳ですね」
「何を言って――」
ジェムとジリーを拘束していた腕が宙を舞う。
「僕らの護衛が1体だけなんていつ言いました?」
二人の影からも飛び出してくる2体のシャドウゲンガー。
庇護下に置くと決めて屋敷に住まわせた瞬間から護衛を張り付けていた。
「あ、あぁ……!」
「俺の腕が!」
大量の血が流れ続けている腕を押さえている二人。大柄な事もあって流れる血の量も凄まじい。
このままだと出血多量で死んでしまいそうだ。
「殺さないで下さいね」
コクッと頷くシャドウゲンガー。
次の瞬間、ジェムとジリーではなく二人の男たちの影に潜り込んだ。
すると流れ続けていた血が止まった。
「どういう事だ?」
何もしていないにも関わらず止血された腕を呆然と見つめている。
「その魔物の能力は『影に潜る事』と『影を支配する事』です。あなたたち程度のレベルだと影に潜られた瞬間に肉体の権利を奪われてしまうらしいです」
血が流れていた傷口も影の方から止血したために流れなくなった。
肉体と影は常に同じ動きをする。影が本来の原理とは違って動けば、肉体も影に釣られて動いてしまう。
つまり、影の動きを支配されるという事は肉体の動きを支配されるのと同様だ。
「僕たちでは捕虜の尋問なんてできません。ですから、保護者に引き渡す事にします」
シャドウゲンガーを通じてメッセージを送れば言葉をやり取りする事ができる。
「あれ、どうしたんですか?」
エルマーの護衛として張り付いていたシャドウゲンガーが首を振る。
「どうやら向こうでも問題が発生したみたいですね」
タイミングを考えれば彼らの関係者だと思われる。
「俺たちをさっさと解放した方がいいぜ」
「その方がお前たちの為だ」
「それを考えるのは僕の仕事ではありません」
シャドウゲンガーが男たちに絡み付く。
次の瞬間、絡み付いたままシャドウゲンガーが影の中に潜り込んで行く。
「な、何だよコレ!?」
何かを叫んでいたようだが影の中に姿が完全に消えた瞬間に声は聞こえなくなってしまった。影の中はシャドウゲンガーの作り出した亜空間になっており、次元が異なっている為に音のやり取りなどできるはずがなかった。
「大丈夫だとは思いますが、向こうはどうなっているのでしょうか?」