第36話 反転
迷宮の地下83階。
これから行う事は場合によっては危険な可能性があるので万が一の事があっても対処できるように迷宮で行う。
同行者はノエル。
別に俺一人でも問題ないと思うのだが、眷属のみんなに言わせると俺の単独行動は許可できないらしい。
「じゃあ、今回の一件で手に入れた諸々を処理するか」
「うん」
「まずは、保護した二人についてだな」
魔剣使いとなったジェム。
ジェムの幼馴染であるジリー。
保護した二人の子供は現在屋敷で過ごしている。
「年齢が最も近い事もあってエルマーと仲がいいみたいだな」
「子供は子供で一緒にいる方がいいからね」
ジェムとジリーは9歳。エルマーの一つ下だった。
最初は警戒していたエルマーとジェムだったが、女の子であるジリーが取り成したことで仲良くなっていた。
「引き続きエルマーはアイラが鍛えて、魔剣を手にしていたせいか剣士としての適性が上がっているジェムは、治療してもらったこともあってイリスに懐いている。元から魔法に適性があったらしいジリーはメリッサが可愛がっている。3組とも訓練に励んでいるみたい」
「そっか」
ゆくゆくは3人でパーティでも組んで稼いでもらえばいい。
3人とも俺に対して借金のあるメンバーなので頑張って返却してもらわなければならない。
「保護した二人については、そのままでいいだろう」
「で、問題なのは――」
「これ、なんだよな」
迷宮の地面に置かれた魔剣と呪怨石。
どちらも【魔力変換】を行えば迷宮の魔力に変換することができる。
だが、リュゼとの戦闘で自分の力不足を痛感させられてしまった。このまま単純に魔力へ変換してしまうのは勿体ない気がする。
「なにか『呪怨石』を有効利用する方法があればいいんだけど」
これを使って剣を打ってもらっても魔剣を造り上げるのが精一杯だ。
いくら金色の魔剣を手にしてレベルを上げたとしてもリュゼや彼女の主に通用するとは思えない。
根本的に全く違う方法での利用方法が必要になる。
「おや、珍しい物を所有していますね」
利用方法に頭を悩ませていると女神ティシュアが現れた。
「女神様!?」
「お久しぶりです。数日ほど遠方の方へ行かれていたようですが、戻って来たようなので姿を確認に来ました」
ちょくちょく屋敷に遊びに来ているティシュア。
ただ、ティシュアが姿を現すのは屋敷のように人目に付かない場所だけであり、ノエルがいる時でなければ絶対に現れない。
彼女なりの決まり事があるのだろう。
「ちょっとアイラの故郷へ行っていたのです」
「大丈夫でしたか?」
「はい。ちょっとトラブルはありましたが、いい所でした」
「そうですか。それはよかった。貴女は既に故郷へ帰る事ができない身。仲間とはいえ故郷へ帰る者の姿を見て暗く思わない事を祈っております」
「ありがとうございます」
まるで母と娘のような会話が行われる。
二人の関係は、神と巫女というよりも母娘の方が近しい。いや、『巫女』という立場からは解放されたのだから母として接しているのだろう。
ただ、俺としては最初の言葉が気になって仕方ない。
「女神ティシュア。あなたは、この石が何か知っているのですか?」
「もちろん知っております。このような物をどうにかするのも神としての務めではあります」
『呪怨石』は、大災害が起こったばかりの頃はかなりの数があったらしい。
神として放置する訳にいかなかった。
そこで、色々と試行錯誤した結果、神が見つけた解決方法が『呪怨石』の性質を反転させる、という方法だった。
「反転……?」
「はい。強大な呪いを抱えた石の性質を反転させることによってこのような石へと変化させることが可能です」
女神ティシュアが手に乗せた小さな石を見せてくれる。
白く磨き抜かれた綺麗な石。
「この石は、神が創りし石ということで『創神石』と呼ばれています」
「『創神石』――」
「とはいえ、『呪怨石』が抱える強大な呪いを無力化させただけの物に過ぎません。ですが、反転させたことによって膨大なエネルギーを蓄えております」
魔力とも違うエネルギーを蓄えた石。
光明が見えた気がした。
「この石を使って剣を造ればリュゼが使っていた絶剣にも対抗できるかもしれない」
上手くいく保証などない。
しかし、何かを試さずにはいられなかった。
「『創神石』を使った剣の作成に関してはパレントの迷宮に居た大鬼にでも頼めばいい」
贖罪になる事を求めていたのでちょうどいいだろう。
「魔剣になってしまった分も含めてここにある『呪怨石』を『創神石』に変えてくれませんか?」
神であるティシュアに頼む。
「残念ですが、今の私には反転させるほどの力はありません」
物体の性質を反転させるのは、よほど神格の強い者でなければ不可能との事。
異空間にいて神として崇められていた頃の神格ならば反転させる事も可能だったが、今のように信仰されていた人々から見捨てられたと思われている現状では神格が弱くなってしまっており反転させるのは不可能との事。
さっき見せてくれた『創神石』も過去に造った物をたまたま持っていただけ。
「何か方法はないんですか?」
「そうですね――ああ、人間でも反転が可能な者に心当たりがあります」
「本当ですか?」
「はい」
その人に頼めば反転もしてくれるかもしれない。
金に糸目をつけるつもりはないので全力で頼み込むつもりだ。
「ノエルの友達の『聖女』様です」
「あ……」
『聖女』のミシュリナさん。
不死者の大群すらも一瞬で浄化してしまった彼女なら呪われた石の性質を反転させるぐらい簡単にできるかもしれない。
顔見知りである彼女ならこちらの依頼も引き受けてくれるだろう。
「彼女に頼み込むのか」
以前に海底都市の件でお世話になっている。
これ以上借りを作ってしまうのは気が引けてしまう。
「そうでしょうか?」
「ん?」
こちらの様子から何を考えているのか察したティシュア様が言う。
「彼女はノエルだけではありません。自分の祖国の窮地を救ってくれ、ノエルの事すらも助けてくれた貴方たちの事も友だと思っているはずです。友だと言うのなら困った時は助け合うのが普通ではありませんか?」
「友――」
久しく忘れていた言葉だ。
人間関係は損得勘定で築かれる関係ばかりではない。
時には損得を抜きにして助け合える相手がいてもいいはずだ。
「分かりました。反転については今度ミシュリナさんに出会った時にでもお願いしてみようと思います」
「あら、随分と余裕なのですね」
すぐには頼まない。
彼女は国の要職に携わる人物。友達とはいえ……友達だからこそ忙しい時には約束もなく会う訳にはいかない。今回お願いしようとしているのは、完全に個人的な用事だ。
「そういう事なら魔剣も『呪怨石』と同じように反転してもらうから残しておいた方がいいな」
すぐに糧になるような稼ぎは得られなかった。
しかし、後々の事を考えれば間違いなく大きな物を得られたはずだ。