第35話 魔剣騒動終結
「――という訳で今回の騒動は終結しました」
パレントの街へ戻って来ると冒険者ギルドを訪れて依頼主であるギルドマスターの元を訪れて報告を済ませる。
「いや、そんな事を言われても信じられる訳がないのだが」
ソファの対面に座るギルドマスターは困惑していた。
なぜなら、俺が行った報告があまりに簡潔過ぎたからだ。
魔剣が増えた原因を特定、排除した――以上。
本当にこれしか言っていない。
というよりも具体的な事については言えない。
迷宮の地下31階以降がどのようになっていたのか、前迷宮主であった初代領主が存在を隠していたのだというのなら彼なりの理由があったのだろう。その理由を知らずに教える訳にはいかない。
「こっちは依頼通りに問題を解決した。報酬もそちらから支払われる物はない。信じられないと言うのならそれまで」
さっさと席を立つ。
「ま、待ってくれ……!」
慌てた様子のギルドマスターが縋り付いて来た。手を伸ばして身を乗り出した時に顔をテーブルにぶつけてしまったらしく赤くなっていた。
こんな姿を部下に見られたら1発で信頼を失いそうなほどだ。
「本当に問題は解決したのか?」
こちらがギルドマスターに付き合う必要はない。
ただ、あまりしつこいようだと面倒臭くなる。
「そこまで言うようならしばらく様子を見ていればいい。魔剣が生まれやすい要素まで完全に排除できた訳ではないから新しい魔剣が生まれる可能性はある」
「では――」
「けど、それは早くて何十年も先の話。長ければ100年以上の時間は稼げるはずです」
迷宮にあった『呪怨石』は全て回収させてもらった。
けれども、それは採掘が可能な場所にある物だけ。今後、数十年もの時間を掛けることによって新たな『呪怨石』が生み出されたり、地中深くに埋まっていた分が表に出て来たりする可能性は否定できない。
その時には大鬼に対処してもらう事になる。
「少なくとも新たな魔剣が生み出されるまでそれだけの時間が掛かったのなら俺の受けた依頼は完遂されたと思えるだろ」
「そう、だな……」
これ以上は深く追及されても答えることができない。
ギルドマスターの執務室を後にすると街へ繰り出す。
☆ ☆ ☆
迷宮から戻って来ると夕方になっていた。
そこで、街で一泊してから翌日は観光する事にした。
観光が目的というよりはアイラの為に一人になれる時間を作ってあげたかった。
その時間でギルドマスターへの報告も済ませた。
「お前の活躍は聞いたぞ」
「魔剣使いを次から次へと斬って行ったらしいな」
「さすがは奴の娘だ」
「ちょっと、止めてよ」
街中を歩いていると40代ぐらいのおじさんたち数人にもみくちゃにされているアイラの姿があった。
アイラも自分一人なら抜けるのは簡単だった。
けれども、今は腕の中にシエラがいた為に無理矢理抜け出すことができずにいた。
「何をやっているんだ?」
「あ、マルス!」
「あぃ!」
アイラとシエラの二人に近付くと気付いてくれた。
「おいで」
腕を広げてシエラを受け取る。
相手が父親という事で安心しきった顔で腕の中に収まってくれる。
「シエラもいるんだから気を付けろよ」
「ごめんなさい」
アイラも赤ん坊を抱いた状態で危険な事は理解していた。
「すまねぇ、俺たちもついつい興奮しちまった」
ガタイのいい剣士のおじさんが頭を下げる。
他の人たちも反省しているのかバツの悪そうな顔をしている。
「シエラは俺が預かっておく。それで何があったんだ?」
「それが――」
「いや、俺たちがこいつに感謝と謝罪をしていただけだ」
代表して小柄な男性がアイラの言葉を遮った。
「あんたはアイラの旦那か?」
「……この子の父親だ」
嘘は言っていない。
もみくちゃにされていたアイラだったが、あれは可愛がられている感じだった。ある程度は親しく接してくれる人たちなのだろう。まるで親子のような接し方だった。
そんな人たちを相手に旦那でもないのに子供を産ませた。
あまり、いい状況にはならなさそうだ。
「だったら関係者だな。俺たちはアイラの父親の冒険者仲間だ」
結婚して家庭も持っていたのでソロとして小遣い稼ぎのように活躍していたアイラの父親。
とはいえ、一人では絶対に無理な依頼もある。
そういう時は同じようにソロで活躍している冒険者と一時的にパーティを組んで依頼に挑むこともある。
彼らは、臨時で組むパーティメンバーだった。
「俺たちは、5年前の事件の期に別の街を拠点に活動していたんだが、数日前にパレントで再び魔剣騒動が起こったっていう話を聞いたんだ」
「そうしたら全員がいてもたってもいられなくなって駆け付けたんだ」
彼らは一時的とはいえ拠点にしていた街で事件が起こってしまった事を後悔していた。
そこで拠点を移した。
しかも、彼らが移動する前はアイラがパレントを出て行く前の話で、アイラが魔剣を追って故郷を出て行った話を聞いて酷くショック受けていた。
――せめて仲間の忘れ形見ぐらいは面倒を見てやればよかった。
拠点を移した後でも後悔は強くなって行った。
そんな時に聞いた魔剣騒動。
今度こそ後悔しない為に――街に貢献する為に戻って来た。
「ところが、戻って来たらもう騒動は終結しているみたいじゃねぇか」
「随分と話が早いですね」
ギルドマスターにはさっき報告を終えたばかりだ。
「ん? 昨日の夜から街はこの話で持ち切りだぞ」
魔剣使いを倒せるぐらい強くなって帰って来たアイラ。
アイラが仲間と協力して今回の魔剣使いは全て鎮圧してみせた。
話題性もあって噂が出回るのは早かった。
「どうやら迷宮から戻って来た冒険者や兵士が色々と噂を流しちゃったらしくて」
「なるほど」
正確な情報の流布はギルドマスターがまとめてからになる。
そう考えていた俺たちは、俺たちの活躍を見ていた人たちが個人でどのように噂するのか考えていなかった。
既に噂は尾ひれがついてしまった状態だろう。
手遅れになってしまったものは仕方ない。
それに当初の目的は果たした状態だ。
「そういう訳で許してもらえますか?」
「ん?」
「アイラの父親がしでかした事からです」
多くの人が犠牲になってしまった。
起こってしまった事は、なかった事にはできないのだからおこがましく全てを許して欲しいなどとは言えない。
「……いや、謝るのは俺たちの方だ」
「あの時は冒険者が起こした事件っていうことでよく一緒につるんでいた俺たちまで冷たい目で見られるようになった。だから逃げ出すように拠点を移してしまった。こっちこそアイラみたいに父親の責任を取るような事はせずに見捨てて逃げ出した俺たちの事を許してくれるか?」
アイラは父親が放った魔剣を処理する為に幼くして旅に出た。
それに比べて彼らは何も行動を起こさなかった。大人として子供に咎められるのが怖かった。それでも、アイラの前に姿を現したのは本当に謝って許して欲しかったからだ。
「……頭を上げて下さい」
「じゃあ」
「あの日にあった事は忘れて……それは無理ですけど、父さんがいなくても昔みたいに仲良くしましょう」
「あ、ああ」
「それよりも見て下さい。この子があたしの娘ですよ」
「あぃ!」
多くの人から見られて挨拶をするシエラ。
「あいつの孫か」
「あいつに似なくて随分と可愛いじゃねぇか」
「アイラが母親似で可愛らしかったからな。母親の血が濃いんだろう」
父親側の血が薄くて悪かったな。
なんとなく会った事もないアイラの父親に同情してしまった。
「じゃあ、行こっか」
「う?」
首を傾げるシエラ。
アイラが抱きたそうにしていたのでシエラを渡す。
「前は行けなかった所があるの。そこにも挨拶をしておこうと思って」
そこは事件の被害が最も大きかったところ。
被害の事もあってアイラを非難する言葉は激しかった。
数日前は立ち寄るのが怖くて行けなかった。けど、今なら行ける気がする。
「この娘には母親の故郷がどんな所だったのか。しっかりと見ておいて欲しいの」
「……分かった。付き合うよ」
「いいの?」
「どうせ一人でいる時間だとは思っていなかった」
みんなこっちに戻ってきているけど思い思いに過ごしている。
俺も一人でのんびりと過ごしたいと考えていたけど、どうせシルビアあたりが合流して誰かと一緒に過ごすことになっていた。
アイラに付き合うぐらいはいいだろう。
少し心細そうにしているアイラには誰かが付き添った方がいい。
「ありがとう。あたしも最期まで付き合ってあげるね」
結果的にアイラは彼らからも帰郷を喜んで貰えた。
今回の依頼、帰って来られた事に対するアイラの笑顔を見られただけでも引き受けた甲斐がある。