第34話 空っぽの倉庫
「なんじゃ、これは……」
目の前の惨状を見て大鬼が呟いた。
地下37階。
大理石のように磨き抜かれた廊下と壁が続いている階層の至る所に倉庫があった。
本来ならば倉庫の中には大量の魔剣がズラッと並べられている壮観な景色が広がっているはずだった。
ところが、今の倉庫は魔剣を立て掛けておく棚が並べられているだけで何もない空っぽだった。
大鬼にとっても予想外の光景。
「普段はどうしているの?」
堪らずアイラが尋ねる。
大鬼も自分と幾分か繋がりのあるアイラには自然と答えを返す。
「ワシが造った魔剣はこやつらが運んでおった」
廊下を歩いていた1体のゴーレムを掴まえて俺たちの前に置く。
そのゴーレムは地下31階以降で何度か遭遇した騎士甲冑型のゴーレムだ。
「何があったんじゃ?」
大鬼が尋ねる。
しかし、ゴーレムは質問されている内容が分からないのか首を傾げると警備の為に廊下へ戻って行った。
「ダメじゃな。あ奴らには自分の意思で動くほどの自我が与えられておらん。敵がワシの認識にまで干渉できるほどの相手ならゴーレム程度は簡単に傀儡にすることができるじゃろうな」
自然な動きで保管庫に入るとリュゼは次々に運ばれて来る魔剣を回収して行った。
「それだけじゃないな」
部屋の隅の方を見ると生活感のある空間があった。
「え、本当にここで生活していたの?」
「さすがに寛ぎ過ぎではないでしょうか?」
保管庫の隅にはベッドとテーブル、それから調理器具が放置されたままになっていた。
リュゼは本当にこの場所で何日も過ごしていた。
収納系のスキルや道具があれば食糧には困らないし、魔剣を回収するだけでなく他にも色々とやる事があったのだから退屈な時間などなかったはずである。
「で、どうだ?」
「……本当になくなったんじゃな」
大鬼の役割は迷宮内の『呪怨石』をどうにかすることで地上が混乱に溢れることを阻止する事だった。
ところが自分の行いのせいで混乱はもっと広がることになってしまった。
「あなたのせいじゃないよ」
「そうは言うが……」
悪いとしたら今回の騒動を引き起こした原因とも言えるリュゼだ。
彼女の企みは決定的に潰さなくてはならない。
「最下層まで案内してもらえるか?」
「いいじゃろう」
大鬼に頼まなくても【地図】を見れば迷う事もない。
けれども、今の大鬼には何か仕事を頼んでおいた方が気を紛らわせられるのも事実だ。
果たして案内された場所は保管庫と同じように磨き抜かれた壁に囲まれた部屋。
中央には1メートルほどの高さの台座があり、上にはアリスターの迷宮にもある迷宮核と見た目は変わらない水晶が置かれている。
試しに触れてみる。
他の迷宮の主である俺ではどれだけ触ったところで新たな主だと認められることはない。それは眷属も同じだ。
迷宮主は、迷宮核に認められる事でなれる。
他の迷宮の迷宮主の場合は侵入者だと判断されたままになる。
「ワシとしては新たな主になって欲しいところだったが……」
「ごめんなさい。あたしたちだとその願いは叶えられないの」
「いや、気にする必要はない。いい加減一人で黙々と管理し続ける事に寂しさを覚えてしまったところだっただけじゃ」
「あんたの主がいたのは何年前の話なんだ?」
「さぁの?」
「おいおい……」
「地上でどれだけの時間が経過したかなどワシには分からん」
人間と魔物では時間に対する感覚が違う。人間の暦を理解していろ、というのも酷な話だ。
それに大鬼がいたのは陽の光が届かない地下空間。
時間の経過を知る方法は全くと言っていいほどない。
「ただ言えるのはワシの主は、迷宮のある土地を与えられた冒険者じゃった。荒れ果てた領地を与えられて困っていたところに迷宮がある事を知って調査に乗り出して気付けば迷宮を攻略したと言っておった」
その後、迷宮の力を使って土地を浄化。
本人は迷宮主と領主を兼任しながら領地を運営していたらしい。
「それに似た話なら父さんから聞いた事がある」
「何か知っているのか?」
「うん。パレントの初代領主様は、国王から自らの命を救ったお礼に領地をもらった人で、一生懸命やり繰りしながら荒れ果てた大地だった場所を牧草地帯に変えたっていう話。これはパレントで生まれた子供なら誰もが親から『頑張れば環境を変える事だってできる』っていう教訓に教えられる話なのよ」
実際には迷宮の力を使っていた。
まあ、迷宮の攻略そのものが大変な事ではあるから努力をしていたのは間違いないはずだ。
「そうなるとパレント初代領主が迷宮主っていう事になるのか」
「たしかパレントが開発されたのは今から210年前だったはずです」
200年。
それだけの時間を『呪怨石』の浄化の為だけに大鬼は過ごしていた。
そして、寿命で亡くなった後は一人で黙々と使命を果たし続けていた。
「そうか。主は既に亡くなっていたのじゃな」
使命だけが拠り所だった大鬼は主が既にこの世からいなくなった事を気にする余裕すらなかった。
知らず知らずの内に俯いてしまっている。
「そんなに寂しいならあたしが偶に来てあげるわよ」
「ほう」
アイラの提案に笑みを浮かべる。
「奇妙な縁で繋がった関係だけど、寂しくて落ち込んでいる人を放っておくこともできないからね」
自分の経験から一人ぼっちの寂しさは知っていた。
だから放置もできない。
「感謝する」
「ただし、育児とか色々あるから本当に偶に来るだけになるからね」
「それでも構わん。できれば子供も連れて来て欲しいところじゃが」
「だって」
俺に言われても困る。
「その辺はアイラがしたいようにすればいいさ」
シエラは、俺とアイラの子供だ。
だから、アイラの教育方針に俺が口出しすることはあっても何も言わせないなどという事はしない。
「で、これが今回の騒動の原因ね」
迷宮核の傍には、迷宮核とそっくりな物が置かれていた。
ご丁寧な事に台座まで再現されている。
「これは何じゃ?」
「偽核だ」
台座の上に置かれた偽核は迷宮核に集められるはずの迷宮が集めた魔力のほとんどを吸収していた。
そして、得られた魔力を模写した呪いの力として放出。
ただし、模写することができたのはあくまでも呪いの気配のみ。力まで模写することは叶わなかった。それでも放出された呪いの気配は大鬼を騙すには十分な力を発揮してくれた。
「なんて事だ……」
大鬼が呻いた。
おまけに『呪怨石』の性質を模写して造られた魔剣の性質に干渉する力まで備えていた。
「この魔法道具が今回の一件を引き起こしていた物だ。だから、こいつを回収してしまえば……」
回収した偽核を道具箱に収納する。
その後、【魔力変換】により迷宮の魔力へと変える。
これで騒動の原因となっていた物は消滅した。
「お……」
狂わされていた大鬼の感覚も正常になったらしい。
「後は回収する物を回収したら一件落着かな」
「回収する物?」
「あんたにとって『呪怨石』はどうしても必要な物か?」
「いや、処分できるのなら処分してしまいたい物だ。今でもこうしてワシが消費しているのは、あのように危険な代物を地上へ持って行ってから間違っても暴発するようなことがないようにする為じゃ」
迷宮内なら間違って暴発した場合でもある程度なら抑えることができる。
しかし、地上で暴発してしまった場合には迷宮内なら問題ない少量でも甚大な被害を齎してしまうことになる。
領主として地上の安全を何よりも優先したのだろう。
「なら、量も少ないしこっちで引き取ろう」
【魔力変換】すれば安全に処理することができる。
大鬼の主が【魔力変換】をしなかったのは何か別の利用方法があったからなのか、それとも単純に【魔力変換】を所有していなかったからなのかは分からない。
だが、今の主とも言える大鬼から許可さえ得られたのなら問題ないはずだ。
「ぜひ受け取って欲しい。せめてもの詫びだ」