第32話 呪怨石
地下31階に到達。
探索を開始する前にしなければならない事がある。
「イリス、お前は屋敷に帰れ」
「私も冒険者として初めて見るタイプの場所を探索してみたいんだけど……」
「ダメ」
同行したいイリスを無理矢理帰らせる。
「準備はいいな?」
「はい」
メリッサが魔法で周囲の温度を快適に保ってくれる。
まだ下にある溶鉱炉までは距離があるが、少し暑くなったように感じる。今の内から対策しておいても問題ないだろう。
岩道を進む。
「坑道……とはちょっと違うよな」
「はい。鉱石も採掘できるようですが、少し特殊な鉱石が採れるみたいです」
地下31階以降は巨大な円形のフィールドになっており、底では溶かされた鉄が海のように蠢いていて中層から下層へと流されている。
下へと移動する手段はいくつかある。
円に沿うように続いている螺旋状の道。
フィールドの中央にある塔のような施設があり、施設へ行く為の道が螺旋状の道と繋がっている。
外側には硬い壁。
【地図】を使用すれば岩盤内にある鉱石の種類も確認することができる。
鉱山のように削って鉄鉱石を手に入れられるみたいだが、いくつかこれまでに見た事のないおかしな反応のある場所がある。
「これは何だろうな」
【鑑定】を使用してみたところ『呪怨石』という名前が出て来た。
「『呪怨石』?」
全く聞いた事のない名前の鉱石だ。
試しに他のメンバーの様子を見てみるが、全員聞いたことがないらしい。
『そりゃあ、今では失われてしまった石だからね』
「お前は知っているのか?」
迷宮核は知っているらしい。
歩きながら迷宮核の講釈を聞く。
『名前だけは聞いたことがあるから一応ね。簡単に言ってしまえば「呪怨石」っていうのは魔剣を造るうえで欠かせない代物だよ』
「え……」
『そもそも魔剣の成り立ちを知っている?』
そう言えば考えたこともなかった。
その強力な効果や代償にばかり目が行ってしまって造り方まで考えなかった。
『魔剣は、普通の剣と同じように鉄を打って造るんだけど、その時に強力な呪いを掛けることによって生み出されるんだ』
「そんな事が可能なのか?」
呪法そのものについては聞いた事がある。
その効果を道具に付与した物も魔法道具の一つとして売られているところを見た事がある。
しかし、人を呪う事が可能な呪法は扱える人が極端に少なく、道具に付与するのも成功率が低く、失敗した時は場合によっては呪いが自分に跳ね返って来てしまうというリスクを負わなければならない。
そのため出回っていない。
たまに迷宮や遺跡にある宝箱から手に入れる事ができる。
迷宮主として宝箱で出す事も可能だが、強力な呪いを付与した道具であればあるほど魔力を消費してしまうので実際に入手した事はない。
効果も迷宮魔法で再現が可能だったので対価に見合うだけのメリットがなかった。
『主が知っている方法よりもリスクや対価を抑えた方法があるんだ』
それが『呪怨石』を用いた精製方法。
『「呪怨石」は人の恨みや憎しみといった負の感情を受け止め易いという特性を保有しているんだ。だから、誰かを憎みながら剣を打つだけで強力な効果を持った剣を生み出すことができる。ただ、呪われた剣である事には変わりがないから何らかの代償を求めてしまう』
それが魔剣の成り立ち。
一時期は魔物に対抗する為に強力な剣が求められたらしい。
困った鍛冶師が手を出してしまったのが『呪怨石』を用いた魔剣。
この方法ならば量産も可能だし、一流の鍛冶師ならば安定して供給することが可能だった。
「どうして今では廃れてしまったんだ?」
『単純に「呪怨石」がなくなってしまったからだね』
『呪怨石』も際限ある資源。
特殊な材料に頼った精製方法は、特殊な材料の消失と共に失われてしまった。
「人工的に作ろうとはしなかったのですか?」
豊富にあるように見える周囲を見てメリッサが尋ねた。
『残念だけど、「呪怨石」の精製方法は分かっていても倫理的な問題から人工的な精製が難しい代物だったんだ。だから諦めるしかなかった』
「倫理的な問題、ですか?」
『「呪怨石」の精製に必要なのは人の負の感情だよ』
「例えば『恨み』とか、ですか?」
魔剣使用者たちの言動を見ていればなんとなく分かる。
ホプキンスは馬鹿にされた事による嫉妬。
パルは親を失った事による現状への不満。
ジェムは自分や友に与えられた理不尽に対する怒り。
レドは自らの行き過ぎた正義感。
そういった感情が『呪怨石』には必要なのだろう。
『ううん。その程度の感情じゃあ1000人分があっても魔剣を1本造れるだけの「呪怨石」にも満たないよ』
「じゃあ、どうやってこれだけの『呪怨石』を用意したんだ?」
おそらくリュゼが使ってしまったのだろう。残っている『呪怨石』だけでは魔剣を10本造る程度の量しか残されていなかった。
けれども掘られた痕跡を考えれば1000本近く造れたのは間違いない。
それだけの『呪怨石』をどうやって用意したのか?
『あるじゃないか? 技術が発展して栄華を極めながらも一瞬で全てが理不尽に奪われてしまった出来事が』
「大災害、か」
『正解だよノエル』
迷宮という暗い場所での生活。
全員を養う事ができない少ない食糧。
閉鎖空間内での生活を余儀なくされた事によるストレス。
大災害後には様々な問題を抱える事になった。
『あの避難生活は場所によって数十年と掛かったらしいからね。ここに避難していた人は一体どれだけの時間を大災害に対する恨みを抱えながら生活していたんだろうね』
避難生活を余儀なくされた人々は恨みを抱きながら生きて来た。
「まさか、今の地上はのんびりとした様子だったぞ」
牛や山羊などを飼育する牧畜で有名な地域。
とても恨みの強い土地には見えなかった。
『大災害からかなりの時間が経過しているからね。地上は完全に浄化されたんだろうね。けど、地下の方は……』
延々と恨みを溜め続けた。
しかも地下31階以降には『呪怨石』を加工し易い施設が整えられている。
そういった条件が合わさって偶に魔剣が生み出されてしまう。生み出された魔剣は最下層付近でのみ保管される事になるが、偶に……奇跡的な確率で間違って上層の方に設置されてしまう事がある。
「その奇跡的な確率を引き当ててしまったのがお父さんなんだ」
「そういう事、なんだろうな」
運が良いのか悪いのか。
いや、その後の出来事を考えれば運が悪かったのだろう。
偶然にも魔剣を見つけてしまった為に家族が一人を残して全員が死亡し、残された一人も孤独な日々を送らなければならなくなった。
「ねぇ、今後も魔剣が生まれる事はあるの?」
『そうだね。魔剣を生み出す為に必要な施設は残されたまま。だけど、『呪怨石』を大量に用意する為には物凄い時間が掛かる。大規模な災害でも起こらなければ数十年で1本の魔剣を生み出せるかどうかってところじゃないかな?』
「なら安心ね」
迷宮内にあった『呪怨石』のほとんどは、リュゼが魔剣精製の為に消費して持ち帰ってしまったので残された『呪怨石』の量は微々たる量だ。
残された『呪怨石』さえどうにかしてしまえばしばらくは安泰と言っていい。
「こんな悲劇しか生まない物はない方がいい」
決意を新たにする。
すると前方から騎士甲冑――ゴーレムが歩いて来るのが見えた。
外周に沿う道は一直線。中央にある塔へ移動できる道もあるが、塔の中にはもっと多くの魔物が待ち構えている。
ゴーレムとの戦闘は避けられない。
『このフィールドはゴーレムを造るのに必要な材料に困らない。そういう魔物が多いんだろうね』
「悪いけど、こっちは先を急いでいるの。邪魔をしないで」
剣を抜いたアイラが駆ける。