第30話 寄り道とダイブ
「きゃぁぁぁぁぁぁっ……!」
ノエルが腕の中で叫ぶ。
あまりの高所からの飛び降りに恐怖している。
しかし、それも10秒と経たずに終わる。
「終わったぞ」
目を瞑って首にしがみ付いているノエルに言う。
「終わったの?」
「はい、そうですよ」
隣に着地したメリッサが優しく教える。
――ギン!
すぐ隣で鋭い音が響く。
「たしかに時間は短縮できるけど、あまり心臓にいい方法じゃないわよね」
「飛び降りには慣れましたが、着地に失敗してしまうと大怪我では済まされませんからね」
笑いながら言っているが笑い事では済まされない。
俺とメリッサは着地する直前に風魔法で体を受け止めて速度を落とすと衝撃を和らげ、アイラは斬撃を叩き付けた時の衝撃で速度を相殺させた。
【地図】を確認する。
次の階層への転移魔法陣は、着地地点から100メートルほど移動した場所にある。
探索が得意な冒険者がパーティにいた場合でも攻略に1日近く時間が掛かってしまう事を考えると転移魔法陣までの移動を含めても1分と掛からずに攻略できたのは、かなりの時間短縮になった。
攻略を目的にしているのだから真っ直ぐに転移魔法陣へ向かえばいい。
しかし、【地図】を見てしまうとどうしても気になる物がある。
「まさか……」
その方向へ足を向けたことでノエルが信じられない物を見るような目を向けてくる。
「ちょっと寄り道をするぐらいならいいだろう」
今日の探索を始めてから1時間ちょっとしか経過していない。
まだまだ余裕はある。
「まあ、いいけどね」
アイラは特に反対しないみたいだ。
同意は得られたので岩山に沿って少し歩くと足を止める。
「ここ?」
目の前には岩山の断崖。
見た目には周囲と何も変わらない。
「たしかに何もないように見えるけど、それが迷宮の恐ろしいところだ」
拳を突き出して岩の壁を砕く。
すると一部が剥がれ落ちて空洞が現れる。
「こんなのここに空洞があると分かっていないと見つからないじゃない」
「そういう場所を探させるのが迷宮なんだよ」
空洞が迷宮にいくつかある事は知られている。
そういった場所を探させることで探索時間を長くする。
姑息な手ではあるが、最も効果的な方法ではある。
「で、こういう場所には宝箱が置かれている」
「なるほど」
宝箱を求める冒険者は数多くいる。
しかも隠されている場所の難易度が高ければ高いほど宝箱の中身も凄くなるように仕組まれている。
本来なら何日も岩壁を叩いて空洞を探す。
そんな気の遠くなる作業をして得られる宝箱。
少しズルをしてしまったが、これぐらいの役得はあってもいいはずだ。
「さてさて、宝箱の中身は何かな?」
宝箱に手を掛ける。
「こんな事をしていいの?」
「いいのではないですか? さすがに迷宮主のいる迷宮でこのようなズルをしてしまうのは気が引けてしまいますが……」
後ろでノエルとメリッサが話をしている。
そんな事を気にせず宝箱を開けるとブレスレットが入っていた。
「『風精霊のブレスレット』?」
【鑑定】を使用すれば、どんな効果を持つ道具なのか名前まで含めて分かる。
風精霊のブレスレット――魔力を注ぐことによって周囲に風を発生させることができる魔法道具。一般人程度の魔力では、風を起こして涼しくする程度の事しかできないが、魔法使いが使用すれば突風を数秒間発生させる事ができる。迷宮眷属が持てば嵐を起こす事も可能だろう。
「誰か使いたい人?」
一応、尋ねてみるも渡す相手は決まっている。
「あたしは剣を振りながら使っている余裕はないからいいかな」
「私は魔法でできます」
アイラとメリッサは不要だと言う。
俺も迷宮魔法で風を操作することができるので不要だ。
そうなると渡せる相手は一人しかいない。
「わたし? わたしも【天候操作】で風を起こすことはできるわよ」
そう言うノエルだったが全員から不審な目を向けられていた。
「な、なに……?」
「いや、アレを風の操作と言っていいのか」
ノエルの【天候操作】は周囲の天候を変更するだけ。
周囲に風が吹き荒れるが、風の細かな調整は苦手だった。少なくともさっきのように崖から飛び降りた後で着地の際に風を利用するような真似はできない。
強敵が現れた以上は、攻撃方法は多彩であった方がいい。
「という訳で、はい」
「ありがとう」
渋々といった様子で受け取っていた。
「さ、次へ行こう」
☆ ☆ ☆
転移魔法陣で移動した先も岩山の頂上だった。
そこから先は同じように頂上からのフリーダイビング。
ただ、さっきと違うのはノエルが俺に抱えられながらの降下ではなく、自分の意思で飛び降りていることだ。
「ははっ、慣れるとけっこう楽しいじゃない」
「え……」
地下12階の時は怯えながらの降下だったが、地下13階で再び降下している最中にはそんな事を呟いてしまった。
着地も問題なくできている。
腕を下に向けると手首に装着したブレスレットから風が舞い上がってノエルの体を押し上げる。まだまだ速かったが、迷宮眷属のステータスで耐えている。
「さあ、次へ行こう」
「フリーダイビングするアトラクションじゃないんだけどな」
すぐに次へ進もうとするノエルに引っ張られる形になりながら岩山フィールドを進む。
「さあ、次!」
「いや、次は……」
喜々として転移魔法陣に足を踏み入れるノエル。
しかし、次の階層を思うと申し訳なくなる。
「え……」
目の前の光景が一瞬にして変わる。
これまでゴツゴツとした岩山と広大な空が見えるフィールドだったにも関わらず、転移した先で見える光景はどこまでも広がる乾いた地面。
地下21階へと到達してしまったので岩山フィールドが終わってしまった。
「ここから先はどうしますか?」
「ショートカットはできないからな」
荒野フィールドでは乾いた大地を彷徨い歩かなくてはならない。
しかも目印になるような代物は何もなく、熱によって蜃気楼のように景色が歪んで見えてしまうこともあるので、場合によっては迷っている内に餓死してしまう危険もある場所だ。
あまり長居するべきではない。
それもゴールが分からない場合の話だ。
「転移魔法陣は――北西だな」
とりあえず地上に合わせて太陽はあるので方角を見失うような事はない。
迷宮に挑んだ冒険者を迷わせることを目的にしたフィールドだが、本当に冒険者を餓死させてしまっては今後訪れる冒険者の数が減ってしまう。
少しぐらいのヒントは必要だった。
「【地図】を見る限り魔物との戦闘は避けられそうにないけど、荒野フィールドでは普通に攻略する以外の方法がないからゴールまで走って……どうした?」
地面に蹲ったノエル。
さっきまで怪我をしたような様子はなかった。けど、急に環境が変化したことで体調を悪くしてしまった可能性はある。
「そんな……もう、終わりだなんて」
心配して損した。
ノエルは単純にフリーダイビングが終わってしまった事を嘆いていた。
「ウチの迷宮にも高山フィールドがあるんだから、どうしてもやりたいならそっちでやれ」
「それよ。どうしてわたしが高山フィールドに挑んだ時にはショートカットできる方法があるって教えてくれなかったの!?」
「いや、それだと訓練にならないだろ」
高低差を活かした迷路。
その攻略法についてシルビアと一緒にレクチャーしたり、山特有の魔物との戦闘方法についても教えたりした。
冒険者になったばかりのノエルではそういう基本が抜けていた。
「それは分かるけど……」
「夕方になる前には攻略するつもりなんだから先へ進むぞ」
フリーダイビングを楽しみにするあまり先を急いでいた先ほどまでとは違った意気消沈したノエルを連れて荒野を歩く。