特別更新 フリーマーケット
時系列としては第20章が始まった直後ぐらいです。
「フリーマーケット?」
「そう。街の広場でやるんだって」
迷宮での自主訓練を終えて屋敷に戻って来たノエルがそんな事を言った。
アリスターへ来たばかりなのでノエル一家には街に慣れる為にも積極的に街へ出ていた
どうやら訓練の終わりに街の探索をしている最中に街の中心から少し南へ行った所にある広場前にある掲示板に貼られている張り紙を見てフリーマーケットが広かれることを知ったらしい。
フリーマーケットの開催日は明日。
家の中で使わなくなった物を安価な値段で売るのが目的だ。売られている物は低い値段で売らなくてはならないので貧しい者にとっては助かるイベントになっているので定期的に開催されている。
野外で場所を貸し、敷いたシートの上で商品を並べて販売する。
遠くから見ただけだが、そんな風に行われているのを見たことがある。
「わたしたちも参加しない?」
開催を知ったノエルが提案して来た。
巫女として過ごしていた彼女にとっては弱者を救済するようなイベントには興味があるのだろう。これまでは『巫女』という立場が邪魔して一般大衆が集まるイベントに参加する事はできなかった。
「フリーマーケットね」
「どうしますか?」
あまり積極的に参加したいとも思えない。
隣で話を聞いていたメリッサも乗り気ではない。
「参加したくないの?」
「したくない、と言うよりも……」
「中古品があまりない、と言うべきなのです」
屋敷に引っ越してきてから2年ちょっとしか経過していない。
「この屋敷に中古品などありません」
屋敷の掃除をしていたシルビアが会話に加わる。
新しい住人が増える度に必要な家具は新調している。
「で、でも前に住んでいた場所から持って来た家具とかあるじゃない」
ノエルは何も持たずに来たが、家族は思い出の詰まった家具を持って来た。
移動距離を考えれば持ち運ぶのを諦めるところだが、収納リングや道具箱を持つ俺たちだからこそできる芸当だと言える。
シルビアの家族であるオリビアさんも家具をいくつか持参していた。
ただ、それらはシルビアが定期的に補修している為にまだまだ使える状態だ。
「まだ使える物、使っている物を売り出すのは違わないか?」
「そうだけど……」
既にノエルは参加する気満々だ。
だが、何も持たずにこちらへ来てしまった為にノエルは売れる物が何もない。
家族に頼むのも最近合流したばかりの自分では気が引けてしまう。
そういう訳で俺たちに相談していた。
「収納リングとか道具箱に入っている物は?」
売れる物がないか考えていたイリスが提案した。
「どういう事だ?」
「迷宮で亡くなった冒険者の装備品とか持ち物とかは迷宮が吸収した後で道具箱に保管される。それを中古品として売りに出すのはどう?」
迷宮で倒れる冒険者は数多くいる。
彼らの装備品や所持品などは遺体と一緒に迷宮が吸収してしまう。
遺体は、【構造変化】の際に全て魔力へと変換されてしまうが、道具に関しては迷宮核の意思で道具箱に保管しておき、宝箱の中身にそのまま使われたり、魔力に困った時に魔力へと変換されたりしている。
そのため数百年間で溜め込んだ物が保管されている。
「けど、フリーマーケットで売れるような代物があるのか?」
基本的に迷宮で亡くなった人――冒険者の遺品だ。
そのため一般人向けに開催されるフリーマーケットで出す品物には向かないような気がする。
「問題ない。一般人でも冒険者が野営時に使う包丁とかが売れる場合がある。他にも役立つ物があるかもしれない」
「役立つ物、ね……」
せっかくなので道具箱の整理を行う事にする。
☆ ☆ ☆
「あら、こんにちは」
翌日、フリーマーケットに出す品物を用意して会場で設営していると隣の場所で準備を始めた女性から声を掛けられた。
見覚えのある女性だ。
俺たちの住んでいる屋敷の近くにある屋敷で生活している奥様だ。
あの辺りは基本的に富裕層で生活に余裕のある人しか住むことができず、奥様の旦那さんも商売で成功して、現在ではいくつかの商店を運営している手堅い人物だと記憶している。
シートの上を見てみると使い古された食器や調理器具が並べられていた。
「我が家には様々なお客様がいらっしゃいますから食器などもすぐに買い替えなくてはならないのです」
自分たちが使う分なら修復するなり、我慢するなりして使い続ければいい。
だが、来客用の食器は見栄えの問題などもあって古い物を出し続ける訳にもいかない。
「こうして古くなった食器などは定期的にフリーマーケットで譲るようにしているのです」
「富裕層に住む方がそのような事を自らするんですか?」
「成功した商人とはいえ、主人は商会を立ち上げたばかりの新参者です。こうして自らフリーマーケットのように地域に根付いたイベントに参加することで住民たちから受け入れてもらう必要があるのです」
成功した人は成功した人で大変らしい。
「そういうマルスも苦労しているじゃない」
今回、ノエルが率先して参加している。
今日は迷宮での訓練も休んでの参加だ。
「そうか?」
「そうよ。迷宮核もいるんだし、迷宮運営なんてもっと単純なものかと思えば色々と考えないといけない事が多いし」
その通りではある。
迷宮核にできるのは迷宮内の補充と監視ぐらいだ。
多くの人を集めようと思って新しく何かを始めようとしても迷宮核にはそんな権限はない。また、宝箱の位置を変更したり、魔物や薬草の配置を変えたりといった事も迷宮主でなければできない。
その時々のニーズに合わせて配置を考えるのは迷宮主の役割だ。
「ま、その苦労を背負うだけの物は貰っているし」
それぐらいの苦労は背負ってもいいと思えた。
「それにしても色々な物を並べましたね」
「ええ、王都へ行った時に仲間の一人が知己から譲り受けた物なんですけど、どうせならお譲りしておこうと思ったんです」
まさか、迷宮で手に入れた物だとは言えない。
なので、メリッサあたりが知り合いから譲り受けた古い物だという設定で通すことにした。
シートの上に並べられているのはナイフなどの刃物。
野営などに使われるので迷宮にも持ち込んでいる冒険者は多くいた。
この辺は最初から予想していたため探し始めてすぐに見つけることができた。
それから――
「これなどは私が譲ってほしいぐらいです」
そう言って奥様が手に取ったのは一冊の本。
最初に道具箱から取り出した時には冒険に役立つ書物なのかと思った。現にそういった書物は道具箱の中にいくつもあった。
ところが、予想に反してその本は恋愛ものの本だった。
ある貴族令嬢が盗賊に襲われて窮地に立たされていたところを颯爽と駆け付けた騎士が助ける。その後、お互いに好きあった二人は身分の差を越えての結婚を認めてもらう為に東西奔走するお話。
冒険者には不必要な本に思えた。
ところが、冒険に詳しいイリスに言わせるとそうでもないらしい。
――女性冒険者の中にはこういうお伽噺に憧れる人が多いから。旅の合間にこういう本を読んでストレスを発散させる人は多い。
男の俺にはよく分からない意見だった。
しかし、食い付くように本を読んでいた女性陣が頷いていたので問題ないのだろう。
あとは――
「こんな素晴らしい物を売っていいのですか?」
「貰い物ですけど、少し使って効能は確かめているので問題ないと思います」
使用済みの化粧液。
これも迷宮で亡くなった女性冒険者の置き土産らしい。
探索するのだから化粧など必要ないと思うのだが、そういう汚れてしまうような場所で満足に水浴びなどをして体を綺麗にすることができない場所だからこそ化粧品が必要になると力説された。
「しかも、今では生産が停止された化粧品ですよね」
「そうなんですか?」
化粧品に関しては全く詳しくないのでスルーしていた。
ちなみにノエルも全く詳しくない。厳しい修行が課される『巫女』だったため化粧品など使った事がないらしい。つまり、今も化粧をしていない。
その話を聞いた女性陣から化粧品の使い方をレクチャーされ、逆にスッピンでも美しい肌を保つための秘訣などを根掘り葉掘り尋ねられて疲れていた。
「よろしいのですか?」
見た目はほとんど新品同様。
まだ、使える代物だ。
ウチに女性が多いことも知っているのでフリーマーケットのような場所で売ってしまってもいいのかと心配している。
「今回は地域への貢献が目的ですから」
「はい。色々と気遣ってもらっています」
「……そういう事ですか」
奥様の視線がノエルの狐耳に向く。
人族の多いメティス王国では獣人がいない訳ではないが、あまりいい顔をされないのも事実だ。
そこで、こうして高価な代物を安価に提供することで街の住人と打ち解けてもらおうという魂胆だ。
あと、道具箱の中で死蔵していた物を売り払うという目的もある。
「お互いに完売できるといいですね」
「はい」
今回は、物を売るという行為そのものに意味がある。
最終的に完売する事ができた。
利益としては微々たるものだが、多くの人と知り合えたノエルが満足そうな笑顔を浮かべていたので良かった。
皆さん大掃除は終わりましたか?
不要な品物が出て来た場合はきちんと処分しましょう。
ちなみに私は大掃除が全く進んでいません。
ええ、大掃除をサボってこんな話を書いているぐらいですから。