第29話 小鬼騎士と岩山
「ほらほら、こっちだ」
巨大な剣が地面に叩き付けられる。
軽く動いて敵の攻撃を回避する。
「せいっ」
アイラの剣が敵の腹を横から叩く。
斬ったのではなく叩く。
「まったく……タフ過ぎる奴だぜ」
立っていた場所から吹き飛ばされて壁に叩き付けられる。
レベルが上がっているせいで攻撃が通りにくくなってしまっていた。
「それにしても小鬼騎士がここまで強くなるなんて反則じゃない?」
小鬼騎士――騎士のように鎧と剣を装備した魔物でステータスも通常の小鬼に比べて強化されており、冒険者でも苦戦させられる魔物だ。
そして、迷宮の地下10階のボスとして配置された小鬼騎士は金色の魔剣を持っていた。
小鬼騎士が消える。
「たしかに速いな」
「グギャ!?」
前を向いたまま拳で背後を叩く。
そこには後ろへ回り込んだ小鬼騎士がいた。
振り向くと叩かれた鼻を押さえている姿が見えた。
「小鬼騎士は元々敏捷値の高い魔物だった。だから強化された敏捷性に自信があるんだろうけど、圧倒的に敏捷性を活かせる経験が足りていない」
「グギャ、ガ……!」
「何を言っているのか分からねぇよ」
喚いている小鬼騎士を蹴り飛ばす。
既に着ていた鎧はボロボロになっており、見るも無残な姿になっていた。
「これだけ弱らせれば大丈夫でしょう」
「ギギッ……!」
叫びながら立ち上がろうとしていた小鬼騎士の口の中へメリッサが手で握り締められる大きさの黒い球体を投げ入れる。
小鬼騎士はそのまま黒い球体を呑み込んでしまった。
「それは特製の毒です。苦しみながら死んで下さい」
メリッサが魔法で作り出した毒。
毒を呑み込んでしまった小鬼騎士が苦しみからのた打ち回っている。
「死ぬにはしばらく時間が掛かりそうだな」
長時間、こんな中途半端に強くなってしまった魔物の相手をしていられるほど暇ではなかった。
しかし、先へ進む為には倒さなければならないボスである事。
そして、部屋の惨状を見て放置もできなかった。
のた打ち回る小鬼騎士を無視して部屋の隅に移動する。
「装備の質を見る限りCランク冒険者、もしくは稼ぎの良かったDランク冒険者ってところかな?」
冒険者と最も交流のあるアイラが判断した。
装備の質を見れば相手の強さがある程度分かる。
ボス部屋の隅には、武器としては一流ではあるものの魔法効果などが付与されていない普通の剣や鎧などといった装備が転がっていた。
Bランクともなれば特殊な魔物と戦うことがあるので魔法道具に頼る必要がある場合がある。ボス部屋に転がっている装備からはそういった痕跡が見られない。おそらくCランクやDランク冒険者の装備なのだろう。
そんな装備が3人分。
少なくとも3人がこの場に居た事になる。
ただ、本当に3人もの人間がいたとは信じられなかった。
「酷いな」
「どうして、ここまでの事ができるの?」
ノエルも目の前の惨状を俺と同じように酷いと思ってくれた。
ボス部屋の隅には原型が分からなくなるほど体をグチャグチャになるまで食い散らかされた人間の死体が転がっていた。
装備は食事の邪魔になるので捨てられていた。
「せめて装備から本人の特定とかできればいいんだけど……」
その辺りは地上にいる冒険者やギルドの職員に任せよう。
死体と思しき肉塊を収納する。
「グギャア!」
小鬼騎士が魔剣を振り上げながら立ち上がる。
「消えなさい」
ノエルの錫杖が小鬼騎士を吹き飛ばす。
「グ、ギャア……」
それ以降、小鬼騎士が起き上がって来る事はなかった。
「一体、何本の魔剣が眠っているんだ?」
金色の魔剣は効果が強力な割に何本も精製されている。
しかも、魔物が持っていた魔剣はリュゼが迷宮に置いて行った失敗作の魔剣ばかり。
「分かりません。ですが、それほどの多くの魔剣はないはずなのですが……」
「だと、いいんだけどな」
小鬼騎士の落とした魔剣を回収。
さらにはボスを討伐したことによって宝箱まで出現した。
中身に関しては完全に運任せ。
宝箱を開けてみると籠手が手に入った。
「そういえばお父さんが言っていたかな。この迷宮は『けっこう武器や防具とかの装備品が手に入り易い』って」
宝箱から装備品が出現する確率が高いらしい。
装備品をメインにした迷宮。
他の迷宮主が干渉しているとはいえ、魔剣が出易くなっているのも関係しているのかもしれない。
「ただ、籠手はウチのパーティじゃあ誰も使わないんだよな」
【鑑定】してもランクはD。
迷宮の10階に挑むような冒険者にとっては高価な代物なのかもしれないが、俺たちにとっては使い道のない装備品だ。
という訳で道具箱に死蔵するしかない。
ボス部屋の奥が光り出した。
ボスである小鬼騎士を倒したことで次の階層への転移魔法陣が起動した。
「行くぞ」
転移魔法陣を使用して地下11階へ向かう。
「これは絶景だな」
地下11階に降り立った瞬間にどこまでも広がる空が見えた。
少し歩いて下を見てみると岩山の頂上である事が分かる。
アリスターの迷宮にも高山を舞台にして山登りをさせて体力を消耗させることを目的にした同じようなフィールドがあるが、パレントの迷宮にある岩山は高度が低くなっている。代わりに道が複雑になっており、山の中にも抜け穴があって抜け穴を通らなければ下層まで辿り着けない階層になっている。
明らかに人を迷わせる事を目的にしたフィールドだ。
「しかも迷った先に宝箱があったりするのよね」
そのため迷宮に挑む冒険者は探索を徹底的に行う。
「とはいえ、外に何もない訳でもないのよね」
アイラが遠く離れた空を指差す。
そこには黒い鷹が翼を大きく広げてこちらに向かって飛んで来ていた。
獰猛な事で知られる魔物で空を飛んで一気に近付いて来るので遠距離攻撃を持たない冒険者にとっては危険な存在として知られている。その代わり、黒い鷹から得られる肉は美味だと知られているので高値で取引される。
「黒い鷹の肉を手に入れました」
メリッサの飛ばした光の弾丸が黒い鷹の額を撃ち抜く。
力を失って地面に向かって落ちて行くだけの黒い鷹だったが、同じように魔法で作り出した風が黒い鷹をメリッサの手まで運んでくる。
「帰ったらシルビアさんに調理してもらう事にしましょう」
「あまり負担を掛けるなよ」
妊娠中なので安静にして欲しいところだ。
「それはどうかな?」
アイラは俺の意見に否定的だ。
「妊娠中とはいえ体はある程度動かしておいた方がいいのよ。体の調子が変化してストレスも溜まって来るしね。あたしの場合は素振りとかしてストレスを発散していたけど、シルビアの場合だと――料理とかに凝りそうじゃない?」
たしかに……シルビアの場合、外で色々と体を動かすよりも室内で色々と家事をしているイメージがある。なにせ、あの広い屋敷の家事のほとんどを一人で引き受けている。
本来なら家事も少しは控えて欲しいところなのだが、ますます働きそうではある。
「なるべく俺たちも屋敷にいるようにして家事を手伝うようにしよう」
それがシルビアを休ませる最も確実な方法だ。
そうと決まったらこんな迷宮探索に時間を掛けていられる余裕はない。
「普通は迷路に迷って時間を掛けるんだろうけど、こっちには【地図】があるから迷う心配はない」
宝箱の位置も分かっているので取りに行く事も可能だ。
しかし、攻略を優先させるので宝箱については道中にある物しか回収しない。
「それにショートカットをしますからね」
自分たちの迷宮で試しているのでメリッサは急いでいる俺が何をしようとしているのか理解していた。
「ショートカット?」
一方、最近加わったばかりのノエルは首を傾げていた。
そういえば、アレをしたのはノエルが加わる前の話だったか。
「もちろん飛び降りんだよ」
「へ?」
初心者のノエルをお姫様抱っこして山から飛び降りる。