第9話 シルビア
シルビアを金貨42枚で購入したことで、彼女を連れて商館から問題なく出られるようになった俺は王都の道を宿へと向かって歩いていた。
「あの……」
何か言いたそうにシルビアが話し掛けてくるが、正直言って何を話したらいいのか分からない。
今さらになって自分のしでかしたことを認識してしまった。
村の女の子たちはどちらかと言えば家族みたいなもので異性として認識したことはあまりない。アリスターの街でも関わり合いになる女性はそれなりにいたのだが、ほとんどが年上だったため姉のような感じで接していた。
だから同年代の女の子との接し方が分からない。
『もう~、まったく分かっていないな。彼女は訳も分からないままいきなり奴隷に落とされて、どうにか自力で逃げ出したものの結局捕まってしまったところを主に助けてもらったんだよ。彼女は内心では不安なはずだよ。ここは、ちょっと気の利いた言葉でも送って安心させてあげれば簡単に落ちるよ』
状況を楽しんでいる迷宮核も無視だ。
既に夕方となっており、これから行動するには時間が足りない。
とりあえず目に付いた場所にあった手頃な宿屋へと2人で入る。宿屋に入ってすぐ目の前の場所にあるカウンターには40代ぐらいの男性が立っていた。
「2人なんですけど、部屋は空いていますか?」
「ああ、空いているぜ。お前さんたちが泊まってくれたおかげで、今日は久しぶりに満室になってくれたぜ」
「珍しいことなんですか?」
「そういうわけじゃないが、ウチは女房と息子たちの家族でやっている宿屋だからな。特に客を引き寄せるような物もないんだが、王都は人で溢れているからたまに満室になる日があるんだ」
どうやらちょっとした記念日になっているらしい。
家族だけで経営していると色々と問題もあるのだろう。
「何泊の予定になる?」
「ちょっと予定は決まっていませんけど、数日は滞在することになると思います」
「ウチは、宿泊だけなら銀貨2枚。夕食と朝食が付いて1泊で1人銀貨3枚になるけど、どうする?」
「とりあえず5日分でお願いします」
とりあえず銀貨を30枚渡す。
男性に案内されて2階の一番奥にある部屋の前へと辿り着くと、部屋の鍵を渡される。
あれ、1本しかないですよ?
「済まないな。今日はもうこの部屋しか空いていないんだ。だけど、ちゃんと2人部屋だから問題ないだろ」
「いえ……」
思いっ切り問題ありまくりです。
2人連れとはいえ、数時間前に出会ったばかりの間柄なんだから。
シルビアはなんだか恥ずかしいのか顔を赤くして何も喋ろうとしないし、俺が交渉しないといけないんだろうけど、満室になったと喜んでいた男性相手に他の宿屋へ移動しますとも言えない。
まあ、2人部屋なら問題ないだろう。
とりあえず、部屋の扉を開けて中に入り、部屋の中を確認する。すぐに閉めると男性の傍へと近付く。
「ちょっと、ベッドが1つしかないんですけど!」
「何か問題が?」
本当に分からないのか首を傾げていた。
「あのお嬢ちゃんは奴隷だろ? だったらダブルベットのある2人部屋の方がいいんじゃないのか?」
しまった! そういう目的で宿屋を利用するんだと勘違いされたのか!?
ちゃんと5日分で食事つきの値段を払ったんだから、宿泊じゃなくて休憩だと勘違いするような要素はなかったはずだ。
『相手は奴隷だし、まだ若いから5日ぐらいは余裕だと思われたんじゃない?』
「それに部屋はここしか余っていないんだ」
それを言われてしまうとこの部屋を利用するしかなくなってしまう。
くそっ、そんなことを考えている間にシルビアが部屋の中へと入って行ってしまった。そして、そっちに気を取られている間に男性も1階に戻って行ってしまった。
もう、俺もこの部屋を利用するしかないのか……
部屋の中に入ると、疲れている彼女を大きなベッドに座らせて、俺は部屋に備え付けられていた椅子に座る。同じベッドに座るような度胸はないです。
「あ~、改めて自己紹介をするけど、俺が君を買ったマルスだ」
「……シルビアです」
思いっ切り警戒されている。
路地裏で捕まった時は助けるように言ったものの、いざ見ず知らずの相手に買われたと思ったらダブルベッドのある部屋へと連れて来られたんだ。警戒するのも無理はない。
だけど、味方であることは伝えないといけない。
「俺も君のお父さんの無実を証明する手伝いをしてあげるよ」
「あの……買ってくれたこともそうだけど、どうしてそこまでしてくれるの……ううん、してくれるんですか?」
「敬語とか言葉遣いは気にしなくていいよ」
俺もそっちの方が気楽でいい。
彼女を安心させる為にも俺の身の上話でもするか。もちろん迷宮主とか、迷宮に関する話は抜きにして。
それを聞き終えた彼女は、
「分かりました。あなたは自分と同じような境遇のわたしを見捨てることができなかった、そう判断することにします」
そう言って僅かに微笑んでくれた。
正直言って、自己中心的な村長に父親を殺され、いいように借金を背負わされた話なんてあまりしたくなかったが、それで彼女の心が軽くなるなら俺が我慢すればいいだけだ。
「それで、お父さんの無実を証明するって言っていたけど、どうするつもりだったの?」
何か考えがあるのだろうと考えての質問だったのだが、俺の質問を聞いた瞬間、俺から視線を逸らして気まずそうになってしまった。
まさかのノープランですか!?
「だって、仕方ないじゃない。王都でお金を作ってくるって言って出掛けたきり帰って来ない父さんを探す為に王都へ来たら、1時間もしない内に傭兵みたいな人たちに捕まって、そこで初めて父さんの境遇とか聞いたのが昨日の夜なのよ。それで、とにかく逃げ出さなきゃって思って行動に移したのが今日の昼前の話で、これからどうするかなんて考える時間がなかったの」
とにかく行動力がある女の子だということは分かった。
そんなタイミングで俺と出会えたのはある意味幸運なのかもしれない。
「君たち家族は王都に住んでいるわけじゃないんだよね。お父さんはどうやって大金を用意するつもりだったの?」
「わたしたち家族は王都からだと歩いて1日ちょっとの場所にあるレミルスっていう村で生活しているんだけど、冒険者をしている父さんは時々王都へとやってきては依頼を受けていたみたいで、父さんを贔屓にしてくれていた人から大金が手に入る依頼を斡旋してもらったって言っていた」
1度で金貨30枚が手に入るような依頼、か。
「ちなみにお父さんの冒険者ランクは?」
「Dランクです」
あったとしても明らかに冒険者ギルドを介さない後ろ暗い依頼だな。
Dランク冒険者に対してギルドがそんな大金の出る依頼を斡旋するはずがない。おそらく、俺と村長がやったように個人間で依頼をした可能性がある。
もしくは、最初からそんな依頼がなかったパターンか。
「お父さんはソロで活動する冒険者だったの?」
「ううん。わたしも詳しくは知らないんだけど……ソロと言えばソロらしいんだけど、色々な少人数のパーティに混じって活動していたみたい」
俺が先輩と一緒に活動していたのと同じようなものか。
「あっ、そういえば王都では決まったパーティに加わって活動するって言っていたし、その人たちの名前も覚えているわ」
「その人たちなら何か事情を知っているかもしれないな」
とりあえず明日の朝にするべき予定は決まった。
その時、ぐぅ~という音が部屋の中に響き渡った。俺ではないな。
「そう言えば王都には急いで来たから、昨日の朝街で少し食べてきたぐらいで、それからは何も口にしていなかった……」
昼食も摂らずにひたすら走り、王都へ着いてから夕食を摂ろうとしていたらいきなりの奴隷の生活。突然の事態に戸惑い、空腹感など感じる暇もなかったので商館で出された食事にもほとんど手を付けることがなく、昼食前に脱走を決行した。
そんな状態でよく脱走することができたものだ。
「とりあえず夕食を食べに食堂へ行こうか」
「でも、わたし奴隷になった時に所持金とか全部奪われちゃって返せる物なんて……」
「ここの食事代もいずれ返してくれれば、それで問題ないから」
『ちぇ、お金を返す宛がないなら体で払ってもらおうって話が通じそうな場面なのに……つまらないな』
それは、できるだけ避ける方向で行きたい。
その最終手段を意識しているのか夕食に出されたパンとスープを悩みながらゆっくりと食べていた。
夕食後は明日に備えて早めに眠ることになった。
部屋にはダブルベッド1つしかないので、色々と話し合った結果、2人で使用することになった。もちろんただ眠るだけだ。何もしないよ。




