第22話 金の魔剣
「状況は分かった」
迷宮の1階……と言うよりも人目に付きにくい場所まで移動するとメリッサとノエルから何があったのかを聞く。
ジリーを保護しに行ったところ所属不明の迷宮眷属に襲われた。
……厄介な状況になったな。
だが、放置するつもりはない。
「イリス、お前は今すぐに屋敷へ帰れ」
「そんな……私がいなかったら……!」
「今のお前は戦力にならないどころか足手纏いにしかならない」
「……!」
イリスも自分の状態を理解できるらしく反論が止む。
今のイリスは消耗が激しすぎるせいで意識まで朦朧としているし、俺への説明にも全く加わっていない。
そんな状態で戦闘ができるはずがない。
「シルビア、お前が付き添え」
「え、わたしも戻るんですか!?」
……こいつは、一体何を言っているんだ?
そもそもシルビアが未だに同行している事そのものがおかしい。
「イリスだけじゃない。保護したジェムとジリーを安全な場所まで連れて行く必要があるんだ」
しばらくは屋敷で匿うのが一番安全だろう。
さすがに傷が癒えてしまった二人を人前に出す訳にはいかない。
「……分かりました」
渋々ながらシルビアが同意してくれる。
ジェムとジリーの二人を抱えたシルビアが【転移】で消える。同時にイリスも屋敷へと【転移】で帰って行った。
「で、これからどうするの?」
アイラが尋ねて来る。
「当初の予定通り迷宮の異常を調査して排除する」
調査、と言っても間違いなくリュゼと名乗った少女が原因だろう。
彼女を排除したうえで迷宮に施された何らかの異常を取り除く。
ただ、その程度で済ませるつもりはない。
「こっちが仕掛けられた喧嘩だ。敵を簡単に許すつもりはない」
「そうよね」
アイラも最初から戦う気満々だったらしく俺が敵対するつもりだと知ると喜んでいた。
「メリッサ、空間魔法で迷宮を鎖せ」
「はい」
相手が迷宮眷属である以上は【転移】を使えると考えた方がいい。追い詰め過ぎてしまうと逃げられてしまう。
メリッサの手から放たれた空間魔法の魔法陣が迷宮の天井――地面に当たる。
これにより空間を跳躍することを妨害されるようになった。
相手の力量が不明な状態では絶対とは言えないが。
「迷宮の魔力も惜しみなく使うぞ」
俺の体を中継してアリスターの迷宮が溜め込んだ魔力をパレントの迷宮へと浸透させて行く。
迷宮の魔力が浸透し、地図が生み出される。
結果、最下層である地下37階までの地図が手に入った。
「地下37階までの迷宮か。浅いのか深いのか分からないな」
「どうなのかな? あたしが迷宮眷属になる前に見た事のある迷宮は地下20階とか30階とかばかりだったけど」
アリスターの迷宮の最下層は地下83階。
王都にある迷宮が地下10階である事を考えれば地下83階が深過ぎるのかもしれない。
「やはりリュゼさんの反応はありませんね」
「それは仕方ない。迷宮内の構造が分かっているだけでも警戒しながら進まないといけない俺たちにとってはありがたい」
迷宮の奥まで続いている道を見る。
「行くぞ」
「――ああ、その必要はないよ」
迷宮の奥から声が聞こえる。
ゴゥ!
炎が燃えて洞窟が明るく照らし出される。
そこにいたのは、黒髪の少女。
二本の魔剣を持ってこちらへと近付いて来る。
どちらの魔剣も血に濡れており、ここに辿り着くまでの間に誰かを斬って来た事が伺える。
「酷いよ。いきなりいなくなるんだもん」
左手に持った魔剣から電撃が放たれる。
「おい、奴が使うのは炎と冷気の魔剣なんじゃないのか?」
「先ほどは確かにその通りでした」
メリッサは再戦した時に備えて色々と対策を考えていた。
「私が浅はかでした。相手は魔剣を量産しているのですから同じ魔剣の使用に拘る必要などない、という事です」
冷気の魔剣に代わって電撃の魔剣を用意して来た。
「そっちに電撃を使う人がいるみたいだからね。用意ぐらいはするよ」
炎と電撃によって洞窟内が明るくなる。
「はっ!」
いきなり炎の魔剣を投げ付けて来た。
投げられた炎の魔剣を回避する。
洞窟の壁に突き刺さり爆発を起こす。吹き飛ばされた岩壁が礫となって襲い掛かる。
「離れて」
ノエルの錫杖から飛んだ小環が岩礫を砕いて行く。
メリッサの放った風の弾丸がノエルの討ち漏らしを落として行く。
「狭い――」
洞窟みたいな閉鎖空間ではメリッサが得意とする広範囲攻撃は使い難い。
「あはっ」
右手に見た事もない金色の魔剣を持ったリュゼが迫る。
金色の魔剣からは金色のオーラが放たれており、彼女自身も金色のオーラに包まれている。
「まずは、一番強そうな奴から」
洞窟の壁を蹴って跳ねたリュゼが電撃の魔剣を振り下ろす。
「あんたの相手はあたしよ!」
アイラが聖剣で受け止める。
「いいけど――」
リュゼの姿がアイラの前から消える。
「――君で勝てるかな?」
一瞬でアイラの背後まで回り込んだリュゼ。
背後に回り込まれたアイラは反応できていない。
「【迷宮操作:鎖】」
迷宮内に侵入した相手を拘束する為の鎖を地面から出現させる。
まるで生きているようにリュゼを拘束しようと襲い掛かる二本の鎖だったが、躍るように動き回るリュゼを拘束することができずにいる。
だが、アイラから離すことには成功した。
「ありがとう」
「無茶をするな。相手は今までに相手した事がないような相手だ」
迷宮眷属と本気で戦闘した事はない。
これまでに様々な相手を見て来たが、その中でも最もステータスが高かったのはリオの眷属であった8人の眷属たちと言っていいだろう。
彼女たちとも……体調が万全ではなかったカトレアさんを除いて直接対峙した訳ではない。
つまり――俺たちにとって最も強大な相手と言っていい。
「おまけにあの金色の魔剣だ」
メリッサとノエルの説明を聞きながら【迷宮同調】でリュゼとの戦闘は見させてもらった。
3人と戦っていた時に比べて金色の魔剣が放つオーラに包まれてからというもののリュゼの動きが格段に凄くなったように感じる。
「その魔剣の能力は何だ?」
動きを良くするような効果でもあるのかもしれない。
「ははっ、簡単に教える訳がないでしょ。なにせアタシはこの魔剣を造る為にこんなところまで来たんだから」
まあ、自分の能力を簡単に教えるような真似をするはずがない。
「――レベルを強制的に引き上げる魔剣です」
「メリッサ?」
何故か魔剣の特性について知っているメリッサ。
「あれ、分かっちゃうの?」
「私たちは迷宮眷属を相手にした時の【地図】の盲点に気付くことができませんでしたが、貴女は【鑑定】の特性について忘れていますよ」
「ああ、悩む必要なんてないんだな」
少量の魔力を消費して【迷宮魔法:鑑定】を使用。
すっかり忘れていたが【迷宮魔法:鑑定】は迷宮主や迷宮眷属のステータスを看破するだけではなく、迷宮の魔力を消費して生み出された魔物や道具の詳細について知ることもできる。
リュゼの持つ魔剣についての情報が流れ込んでくる。
左手に持つ魔剣は、刀身から電撃を自由自在に放てられるようになる。その代わりに使用後、四肢に強烈な麻痺という後遺症を残してしまう。そのデメリットも何かしらの細工が施されているのか緩和されている。
そして、右手に持った金色の魔剣。
使用者のレベルを消費した魔力の量に応じて高めてくれる。
「あちゃあ、バレちゃったか」
戦闘を楽しみたかったリュゼとしては自分が強くなった理由を隠したまま戦いたかった。
「そう。この魔剣を持っている人はレベルが上がってステータスも上昇する。アタシたちみたいに魔力をすごく持っている人が使えばレベルは上限の100まで上昇させることができる」
レベル200だったリュゼのレベルが300まで上昇していた。