第17話 魔剣に選ばれる
「う、ううっ……」
俺の前に寝かされた少年が呻き声を上げる。
「気が付いたみたいだな」
「ここは……迷宮の外? それにあなたは……?」
気付いたら迷宮の外にいたようなもの。
目の前に見知らぬ者がいれば警戒するのも無理はない。
「自分の名前は言える?」
「はい……ジェムと言います」
ジェムと名乗った少年がゆっくりと体を起こす。
「これでも食べて落ち着かせて」
スプーンに乗せてシチューをジェムの口元まで運ぶシルビア。
「じ、自分で食べられます!」
女性から食べさせてもらうところだった事に気付いて慌ててスプーンと食器に手を伸ばすジェム。
だが、食器を手にすることはできてもスプーンを掴むことはできなかった。
「あれ……?」
「今のあなただと食べられないわよ」
未だに自分の体の状態に気付いていないジェム。
次第に右手があるべき場所へと目が向く。
「そんな、どうして……」
手首から先がなくなった右手を見る。
あるべき物がない事による動揺から体がガクガクと震える。
「ゴメンね。魔剣を手放すにはこれぐらいしか方法がなかったの」
「魔剣……」
魔剣を手にした者はまるで融合したように手から魔剣が離れなくなる。
絞め落として気絶させられた少年だったが、気絶した直後には起き出してしまったので魔剣から離すしかなかった。
「何があったのかは覚えているか?」
「はい……うっすらとですけど僕の意思で人を襲っていました」
「テメェ!」
――ガタッ!
離れた場所にある焚火の前で丸太に座っていたグステンが立ち上がる。
一応の処置は済ませたが、俺たちから回復魔法も掛けてもらえなかったので持っていた回復薬を使って傷を癒しただけだ。
「テメェみたいなガキが魔剣を手にしたせいで俺は仲間を失った。俺の体だってしばらくはまともに戦えないほどボロボロだ。どうしてくれ……いたっ」
こっちに近付いて来たので魔力障壁を展開して近付けないようにする。
「どういうつもりだ!?」
「吠えるだけ吠えて実際には何もできなかった負け犬は大人しくしていてもらおうか」
「ぐっ……」
少し威圧してやれば大人しくなる。
あれだけ「自分で倒す」と言いながら何もできなかったのなら何も与えてやる必要性を感じない。
「俺が聞きたいのは君が魔剣を手に入れた経緯だ」
迷宮から出て来た男からも聞いたが、いつの間にか魔剣を手にしていたと言って詳しい事は分からなかった。
ジェムが頷いて語り出す。
「僕たちは、Cランクの人たちのパーティに雇われて迷宮へ潜っていたんだ。頼まれたのは、手に入れた物を地上まで持って帰る事」
子供では大量の荷物を持てるはずがない。
雇った冒険者たちが期待していたのは、魔物が出る迷宮の中で手に入れたいくつかの物を持っていたせいで両手が塞がっていたせいで戦闘ができない、なんていう事態だ。
「迷宮には3時間ぐらい潜っていたけど順調だったんだ。けど、地下5階で隠し部屋を見つけたら中に宝箱があって……」
雇った冒険者パーティの中で斥候を担当していた男が宝箱を調べた。
後ろの方で男がガチャガチャと宝箱を弄っているのを見ていただけのジェムには何をしていたのかは分からなかった。
そして、罠の有無を確認。
同時に解除も完了したと言った。
その後、宝箱の中身を回収するよう少年たちに言った。
「言われるまま開けたら宝箱が爆発したんだ」
宝箱から出て来た熱が開けた子供を襲う。
ジェムの話を聞いていた全員が何をしたのか理解した。
「お、オレは知らねぇ……!」
顔を逸らすバンダナを巻いた男。
「あんた……」
「……仕方なかったんだ! 仲間の一人が宝箱を確認したら中にスゲェ物が入っているのは間違いない。けど、罠を解除する事はできなかった」
その男には、宝箱を開けた瞬間に爆発する罠だという事まで分かっていた。
だから――罠を使い切ることにした。
「子供を犠牲にしていいと思っているのか」
「う、うるせぇ……! オレが雇った奴をどうしようがオレの自由――」
「悪いが、それは違う」
と、レドさんが怒りを滲ませた表情で槍を男に突き付ける。
近くにはギルドの職員もおり顔を顰めていた。
「ギルドはランクの低い子供を連れて行く事を推奨しています。ですが、それは子供を自由に使っていいからなどではなく、子供たちの成長の為になるからです。子供たちを雇った者たちには、雇った者を守る義務が生じる事を説明しているはずです」
「オレはそんな話知らねぇ!」
「知らない方が悪いです。無知は罪ですよ」
あっという間に警備兵に捕らえられる男。
本来ならバンダナを巻いた男の方が強いのだが、魔剣を持っていた時のジェムから受けた傷が完全に癒えていないせいで簡単に捕まってしまった。
子供の命を粗末に扱った彼には悲惨な末路が待っている。
「それで、それからどうなったの?」
改めて腰を落ち着かせて尋ねる。
「冒険者たちが魔剣を特殊な布とかに包んで持って帰ろうとしていたんです。僕は最初に絶対触らないよう怒られていたから触らないように離れたんです」
言いながら頬を撫でる。
おそらく口頭による注意ではなく体を痛めつけて教え込んだのだろう。
「それと――吹き飛んだジリーが気になりましたから」
爆風を浴びたジェムの仲間のジリーは吹き飛ばされて隠し部屋の壁に叩き付けられた。
血を頭から流してピクリとも動かない仲間。
もう、死んでいると思っていながらも心配せずにはいられなかった。
魔剣に夢中になっている冒険者たちに背を向けて歩き出す。
『いいのか……こんな理不尽を許して……』
「え……?」
突如、聞こえて来た声に振り向く。
魔剣に夢中になっている冒険者たちの声ではない。
では、誰が――?
『いつも虐げられていたお前たちがこんな所で終わっていいのか? いい訳がない! ならば、思いのままに力を振るえ!』
――気付けば自分を雇った冒険者たちを斬っていた。
「魔剣からは離れていたはずなのに冒険者たちが血を流して倒れていて、転がった魔剣を拾っていたんです」
担い手が現れたことで『見えない斬撃』が発動。
魔剣を取り囲むようにしていた冒険者たちを斬ってしまった。
その時点では生きていたはずだが、魔剣を手にしたジェムの手によって全員が斬り殺されてしまった……いや、運良く生き残ることができた一人だけが地上へ帰還した。
「それから――頭の中が真っ白になって行って他にも道具みたいに使われている子供たちがいる事を思い出したんです」
地上に待機しているそういう連中を斬る為に暴走。
「なるほどな。魔力抵抗の弱い人間を魔剣に近付けるだけでも危険だな」
最初から連れて行くつもりはないが、魔剣の危険性を再確認することができた。
「僕は馬鹿です――!」
たしかに悪い境遇にいたかもしれないが、それで彼らの命まで奪ってしまうのはやり過ぎだ。
「そうじゃないでしょ」
「ノエル?」
立ち上がったノエルがジェムの傍まで近付いて胸倉を掴み上げる。
その表情は怒っていた。
「あなたが一番やらないといけない事は、そんな事じゃないはず」
「え?」
「吹き飛ばされた友達はどうなったの? まだ生きているならすぐにでも治療するべきでしょう」
心優しいノエルは迷宮に残された友達の事を気にしていた。
復讐よりも救助。
多くの人を助けようと奮闘していたノエルらしい。
「でも、あんな怪我じゃ――」
「男の子ならグダグダ言わない。もしも、今すぐ助けに行けば助けられるかもしれない。その事を後で知ったら絶対に後悔するわよ」
「は、はい!」
急かされて立ち上がるジェム。
けれども、ふら付いて思うように歩く事ができない。
「魔力とか体力とか限界以上に使っていたから倒れる。私が背負って行くから一緒に行こう」
ジェムの治療を行ったイリスが背負う。
「ありがとうございます。けど、僕は場所を分かりません」
迷宮の中では冒険者に付いて行くだけだったジェム。
自分の今いる場所が地下5階だという事ぐらいは認識していたが、5階のどこに隠し部屋があったかまでは覚えていない。
「メリッサ」
「仕方ありませんね」
振り子をメリッサに使わせる。
「これを持って友達の姿を強く念じて」
「うん」
振り子を持つジェム。
その手に自分の手を添えるメリッサ。
使用に必要な魔力をメリッサが負担することで友達の位置を特定する。
「分かりました」
「じゃあ、行こう」
ジェムを連れてノエル、イリス、メリッサの4人が迷宮へ向かう。
彼女たちの移動速度を考えれば地下5階まですぐに辿り着くだろう。