第8話 奴隷購入
意外なことに男たちに案内された奴隷商の商館は王都の大通りに面した場所にあった。
奴隷を扱うような商売からもっと後ろ暗く、館がある場所も裏路地の汚い場所をイメージしていたのだが、実際の商館にはそんなことはなく、立地もよければ建物も綺麗にされている。
まあ、汚い商売場所など商品を問わず信用を疑われることになる。
「それで、彼女を買いたいということですが?」
男たちは逃げられた奴隷を連れ戻せたことを報告し、同時に買い手が見つかったという報告をした。
その報告を受けたスーツを着た男に商談を行う為に部屋に通され、ソファに座って待っていると入って来た裕福そうな男が挨拶もなしに尋ねて来た。
部屋にはもう1人。当事者である奴隷少女がいるが、彼女は俺と一緒に部屋へと通されたにもかかわらず、一言も喋ろうとしない。
「はい。その通りです」
冷静に努めようとするものの商談などしたことがない俺は焦っていた。
ましてや相手は王都で奴隷を扱う商売人だ。今までに踏んできた商談は数知れない。
だが、あいにくとこちらには助っ人がいる。
『まずは、彼女が売られた経緯から聞くことにしようか』
迷宮核によるアドバイスだ。
こいつが厄介なのは、俺がどうして彼女を買おうとしているのか分かっているくせに状況を面白がってアドバイスをしてくる。一応、俺が困る程度なら問題ないと思っているのか問題行為になるようなアドバイスはしてこない。
(とりあえず、信じることにしよう)
人生経験においては、俺よりも遥か上を行く。
今までの迷宮主に付き合って商談に立ち会ったこともあるらしい。
「なぜ、彼女のような村娘が奴隷として売られているのですか?」
「彼女は父親の残した借金のせいで売られたのです。元々は、王都の近くで暮らしていた家族らしいです。父親が金を借りたのですが、その父親は罪を犯してしまい、現在は逃げ隠れている状況です。そうして、返済能力なしと判断されて娘である彼女が返済を肩代わりすることになり、王都にやって来ていた彼女が捕まったという次第です」
父親の残した借金か……少し事情は違うようだけど、やっぱり俺と事情が似ているな。
そんな風に考えていると女の子がテーブルを叩いて立ち上がりながら叫ぶ。
「父さんは、罪なんて犯すような人じゃない!」
「あなたに発言権を与えた覚えはありませんよ」
「うっ……!」
奴隷商が睨み付けると女の子の首に嵌められた首輪がしまり、女の子がソファに倒れてしまう。
これが女の子を連れて逃げられなかった理由だ。
奴隷を拘束する方法はいくつかあるが、彼女は首輪がされていることから命令違反や所有者からの意思一つで首輪が絞まっていくようになっていた。そして、まだ購入したわけではないので、現在の所有者は目の前にいる奴隷商となっている。
「そのぐらいにしていただきましょうか。既に手付金として金貨1枚を払っているのですから手荒な真似は勘弁してほしい」
「おっと、これは失礼」
奴隷商が睨み付けるのを止めると首輪が元の大きさにまで戻る。
解放された女の子は何も言わず、ただ奴隷商を睨み付けていた。
睨み付けられている奴隷商だが、普段からその程度の悪意ならば商談において晒されているので、何も気にした様子もなく俺との商談を続ける。
「ちなみに彼女の父親が残した借金はいくらなんですか?」
「金貨30枚です」
「貸した方も凄いですが、そんな大金を借りるなんて凄いですね」
散財していた村長たちでさえ金貨10枚だ。
何か大金が必要だったのだろうか?
俺の疑問に答えてくれたのは奴隷商ではなく、女の子の方だった。
「母が重い病気になってしまったんです。それで、治療の為にどうしても大金が必要だったんです」
「それでも返す目途はあったのかな?」
「父は冒険者をしていました。なんでもお金を借りる時に大口の仕事が入ったから大金が手に入ると言っていました。だけど、その大金が入って来るのを待っていたのでは、母が死んでしまう方が早そうだったので、先に治療する為にお金を借りることにしたんです」
なるほど。借金をした経緯については分かった。
母親が重い病気に罹ってしまったので、それを治療する為に借金をした。
問題は、その返済方法と父親の行方だ。
「彼女の父親はどんな罪を犯したんです?」
「殺人と窃盗です」
また随分と重たい罪を犯したな。
「しかも相手は貴族。おまけに盗んだ物は、金貨10枚相当はする宝石です」
「父はお金に困っていたからといって罪を犯すような人ではありません」
でも借金をしている人間が高価な宝石を盗んだ。
どう考えてもそれを借金返済に充てるつもりだったとしか思えない。
ただ、金貨10枚相当じゃあ借金返済には足りないんだよな。
「ですが、殺害後の姿を屋敷に仕えていた護衛に見つかっており、宝石を盗んで逃げ出す姿を目撃されております。彼女を売ることは可能ですが、はっきり申し上げますと彼女はお勧めできません。未だに貴族から恨まれている可能性がありますので厄介事を引き受けることになりますよ」
『厄介事! それを引き受けるぐらいでかわいい女の子が手に入るなら安いものじゃないか!』
厄介事と聞いて喜んでいる迷宮核は無視だ。
迷宮核の思惑とは別に俺が彼女を買おうと決意したのは、彼女の発した「父親の無実を証明したい」という想いに動かされたからだ。
俺には既に手遅れだったが、間に合うことなら彼女は間に合わせてあげたい。
「彼女を買うとしたら、いくらになりますか?」
「本気ですか? まあ、こちらとしても買い手がいるというのなら適正金額で売るだけです。彼女については、金貨42枚でお売りしましょう」
「高くないですか? 彼女の借金は金貨30枚ですよね?」
「たしかに借金はそうですが、彼女を購入する為に私共は金貨40枚を出しております。彼女の容姿ならば将来的にはそれぐらいの金額は稼げると判断して投資させていただきました」
その場合は、娼館などで働くということだろう。
「それでも金貨2枚分多いのは?」
「これぐらいは大目に見ていただきましょう。こちらは稼げるはずの金額を手放すのです。それを金貨2枚で手を打とうというのです。こちらが負担した費用はほとんどないので、逆に安いぐらいですよ」
『許容範囲内じゃない? 主の全財産に比べたら微々たるものだし』
たしかにその通りなのだが、無駄遣いはしたくなかった。
「彼女と2人きりで話してもいいですか?」
「分かりました」
そう言って奴隷商が退出する。
部屋の中には俺と女の子だけが残される。
「さて、これから俺が君を購入することになるんだけど……」
「それは、すごくありがたいんですけど、わたしにはやることがあるんです」
「父親の無実を証明する、か?」
女の子が頷く。
「父は借金があるからといって罪を犯すような人じゃありません。治療の甲斐あって母は快方に向かっています。村には看病として妹を残して、わたしがいつまで経っても帰らない父を探しに来たんです。そうして、王都に入ってしばらくすると傭兵みたいな人たちにいきなり捕まって、ここに連れて来られたんです」
王都は外周をぐるりと壁で覆われており、出入りをする為には東西南北にある門で身分を証明する必要があった。身分を証明する為にはステータスカードさえ提示すれば簡単に入れてくれるので、証明そのものは問題ではない。現に俺も偽装したステータスカードを提示して王都に入った(偽装している時点で問題)。
その時に誰かへ彼女が王都にやって来たことが伝わり、あっという間に捕まってしまうことになったのだろう。
「だから――」
「父親を捜して、無実を証明してあげたい。その為に自由にしてあげるのは構わないし、俺も協力してあげよう」
「え、どうしてそこまでしてくれるんですか?」
さすがに理由については恥ずかしくて教えてあげられない。
「ただし、条件として君の購入に必要な金貨42枚は後々返してもらうことになる。それからお父さんの無実を証明する為の捜査は、1カ月を期限とする。この条件が呑めるなら君が君を買う為に必要なお金は俺が貸してあげる」
「……」
女の子が悩んでいる。
ただの村娘に過ぎない彼女にとって金貨42枚というのは大金だ。おそらく一生掛かってもまともな方法では返済は無理だろう。
それに父親を捜す為の時間が1カ月というのも短く感じる。王都には何十万という人々が生活している。その中からたった1人の人間を見つけなくてはならない。果たして、1カ月以内にできるのかどうか……。
だが、これ以上に恵まれた条件がないのも事実だ。
「分かりました。お金は一生掛かってもお返ししますので、わたしを自由にしてください」
「いいだろう」
奴隷商が退出している間に道具箱を呼び出して金貨を42枚用意する。
「これからよろしく。俺の名前はマルスだ」
「えっと……シルビアです。しばらくの間ですけど、よろしくお願いします」
こうして、しばらくどころか生涯仕えてくれることになるシルビアを俺は買った。