第16話 増える魔剣
あっという間に飛び込んで来た少年の手によって冒険者の一人が斬られた。
「あ、ああ……」
しかし、さすがはベテラン冒険者とでも言うべきか。盾にされて武器で迎え撃つほどの余裕はなかったが、致命傷を避けることには成功していたらしい。それでもガッツリと胸を斬られてしまっているので大量の血を流している。放置していればすぐに死ぬだろう。
「わりぃな」
男が盾にした仲間を投げ捨てる。
「グステン、どうして……」
同じ仲間の一人が呟く。
「あのままだと俺が斬られていた。だから一番近くにいたこいつを盾にしただけだ」
リーダーであるグステンも武器を構えるほどの余裕がなかった。
だから咄嗟に手を伸ばして仲間を盾にして時間を稼いだ。
グステンが背中から大剣を抜く。
「お前ら、魔剣の方からやって来たぞ」
冒険者を斬った少年の手には銀色の刀身をした剣があった。
今の状況を考えるなら間違いなく魔剣だ。
「これを持ち帰れば俺たちの功績は保証されたようなものだ」
リーダーから檄を飛ばされて仲間の一人が槍を手にして突っ込む。
「シね」
少年が自分に迫る槍へ魔剣を振るう。
魔剣と槍が衝突する。
瞬間、槍が上空へ弾かれた。
「え……」
戸惑いの声が槍を持った男から漏れる。
いくら魔剣を手にしたとはいえ相手は子供。冒険者としてベテランである自分が負けるどころか苦戦などするはずがない。そんな根拠のない自信があった。
ところが、結果は持っていた武器を一撃で弾かれるという始末。
魔剣を持った者の前で無様な姿を晒せば待っているのは――死。
斬られた男が地面に血溜まりを作りながら倒れる。
「チッ、どうなっていやがる」
グステンが舌打ちしている。
簡単に倒せると思っていた相手に仲間の二人が倒されてしまった。
「まあ、魔剣を持っているんだからこれぐらいの事はできるようになるだろ」
「どういう事だ!?」
「魔剣はとてつもない対価を支払わなければならなくなる代わりに強大な力を与えてくれる剣だ。単純な『筋力増強』だけじゃなくて『消失』なんていう特殊な能力まである。そいつの持っている魔剣が単純にステータスを上げるだけの代物なのかは分からないけど、最低限戦えるようにするだけの力はある」
槍を持っていた男を斬ると次は剣士の男に斬り掛かっている。
剣士の男は顔を苦渋に曇らせながら必死に魔剣を捌いている。
剣士の仕事は少年を倒すことではない。自分の後ろで強力な魔法の準備をしている仲間の魔法使いが魔法を放てるようになるまで時間を稼ぐこと。
「ふっ」
「……!」
少年が不気味に哂う。
その笑みを見た瞬間、剣士に言い知れぬ恐怖感が駆け巡る。
剣士の目の前から少年の姿が消える。
「しまっ……」
気付いた時には手遅れ。
恐怖に体が支配されている間に魔法使いの下まで跳んだ少年が斬る。
「これで3人……」
「ひっ」
血を吸ったように赤く染まった銀色の魔剣を目にして剣士が逃げ出す。
「逃げないでよ」
数秒と経たずに肉薄すると魔剣を振り上げる。
「せいっ」
グステンが下から大剣を振り上げて魔剣を受け止める。
「むっ……」
「ガキが粋がってんじゃねぇよ」
二人の剣士が剣を押し合っている。
「随分と強くなったじゃねぇか」
「うん。ボクたちを馬鹿にするような奴らは全員斬ってやる」
「へ、やってみな」
体に力を込めて魔剣を押し込む。
「グステン……」
「テメェはさっさと逃げな」
「あ、ああ……!」
その場から背を向けて逃げ出す剣士。
「苦戦するようなら助けましょうか?」
「あ?」
「テメェらまで馬鹿にしてんじゃねぇよ。俺がこんなガキに負ける訳がねぇだろ」
「だって――」
「ゴチャゴチャうるせぇ」
ダメだ。分かっていない。
相手は魔剣。どんな能力を持っているのかも分からないのに力任せに剣を押し込んでいる。おそらく、グステンの中には相手がちょっと強くなれる武器を手に入れただけの子供だという認識しかない。
「ま、いっか」
本人が構わないと言っているのだから冒険者らしく自己責任だ。
それに、さっきは『魔剣使いは自分たちが倒す』と宣言した。
彼らにはその言葉の責任を取ってもらおう。
「所詮はこの程度。何人もの冒険者を斬ったテメェを倒せば俺たちに報奨金が入るって訳だ」
「そいつと斬り合うな!」
「あ?」
誰もが迷宮の外で押し合っているグステンと少年の戦いに注目していた。
その時、迷宮の入口から大声が発せられた。
声の発生源を見てみると頭に赤いターバンを巻いた大柄な男が現れた。男は、体の至る所から斬られた事により血を流していた。
「おいおい、どういう事――」
「シね」
魔剣を前へ押す。
迷宮から出て来た男に意識が向いていたとしても大剣を握る手から力を抜いたりはしない。
魔剣はグステンが抑え込んだまま。
「ぐぁぁぁあああ!」
直後、グステンの手から斬られたことによって大量の血が溢れ出す。
魔剣は大剣の向こう側にあった。
グステンの握っていた大剣が地面に落ちる。手を負傷したことによって剣を持っていられなくなった。
両膝をついて手を抑えながら座り込んでいる。
激痛に苦しむグステンの頭に魔剣が振り下ろされ……光の壁によって弾かれる。
「これ以上の蛮行は見ている訳にはいきませんね」
メリッサの展開した魔法障壁が魔剣を防いだ。
ただし、グステンを助けた訳ではない。
「子供が無意味な殺人をいつまでも続けていい訳がありませんよ」
「邪魔をスルな!」
魔剣に支配されてしまった少年は、憎い相手を優先的に襲うものの自分の目的達成を邪魔する者には容赦をしない。
今も攻撃を防いだメリッサに向かって駆けて来た。
「メリッサ、本当に助けるつもりか?」
「これが最も確実な方法でしょう」
――ガン!
駆け出した少年が見えない壁にぶつかって動きを止めた。
「魔力障壁です。いくら魔剣で強化されたステータスでも元が子供ですから破壊するのは不可能です」
「ああ!」
ただ襲う事しか考えられない少年は目の前の見えない壁に向かって剣を叩き付ける。
叩き付けられる度に衝撃が走って魔力障壁が輝く。
「やはり、そういう能力の魔剣ですか」
「複数の斬撃を生み出す魔剣か」
「その通りです。私の生み出した魔力障壁に斬撃が一度に1本ではなく、3本も叩き付けられています」
オリジナルの魔剣を中心に見えない斬撃が左右に2本走っている。
魔剣を抑え込んでいたグステンだったが、見えない斬撃までも防げていた訳ではなかったため振り下ろされた斬撃に手を斬られてしまった。
これで、迷宮から出て来た男が「斬り合うな」と言っていた理由も分かった。あのように接近した状態では見えない斬撃から逃れられるはずがなかった。
「そろそろいいでしょう」
メリッサが広げた両手を少年が中心になるように自分の胸の前へ移動させる。
すると、少年の左右に魔力障壁が発生する。
さらに後ろにも魔力障壁が発生して閉じ込められてしまった。
「がぁ!?」
少年がいつの間にか閉じ込められてしまった事に気付いて振り向く。
だが、この時点でメリッサの拘束は完成している。
「土鎖拘束」
魔力障壁に囲まれた空間内の地面から飛び出て来た鎖が蛇のように少年の体に巻き付く。
あっという間に拘束される少年。
そこに斬撃を増やせる魔剣が入り込む余地はない。
「子供が犠牲になるべきではない、という意見を甘いという人がいるかもしれません。ですが、私もアイラさんの話を聞いた時に賛成せずにはいられませんでした」
拘束する鎖を強く締め付ける。
少年が呼吸困難に陥って意識を手放す。