第9話 魔剣の脅威
「結局、ダメだったか……」
ギルドへの帰り道をマルセラは一人で歩いていた。
アイラを含めた高ランクの冒険者たち。緊急事態に偶然にも帰って来てくれた彼女たちに救援を求めた。
結果は――失敗。
明確に断られた訳ではない。アイラが答えを出せずに迷っていた。
その姿を見た瞬間、マルセラの中で決心がついた。
――やはり、アイラに頼むのは止めよう。
街を守る冒険者ギルドの職員としては失格かもしれないが、それが『アイラの友達』として選んだマルセラの答えだった。
心の中で答えが出れば彼女はギルドへ戻る。
その足が止まる。
「……血の臭い?」
冒険者の中には負傷したまま帰って来る者もいた。
そういった者が放つ臭いが西へと続く道の奥からする。ただし、これまでに嗅いだことがないほど強烈な臭いだ。
ギルドへ帰る為には真っ直ぐ南へ向かえばいい。
だが、どうしても横からする臭いが気になってしまう。
――ズル、ズル……!
おまけに何かを引き摺る音まで聞こえてくる。
足を止めてしまった体は自然と横を向いてしまう。
「ひっ……!」
そこにいたのは血に塗れたホプキンスと思われる人物で、足には誰かがしがみ付いていた。
ただし、ホプキンス本人なのか自信がなくなってくる。
元々、新人冒険者には受け入れられにくい厳つい顔をしている人だったが、全身に血を浴び、切断されて下半身をどこかに置いて来た人に足を掴まれた状態でありながら顔が嗤っていた。
――明らかに正常ではない。
ホプキンスの顔を見た瞬間、思わずマルセラの足が下がってしまう。
「よぅ、マルセラちゃん」
「あ……」
しかし、既に相手に捕捉されている。
逃げるのは不可能だ。
「あいつらがどこにいるのか知っているかい?」
「あいつら?」
「昨日、俺をおちょくった連中だ!」
笑っていた顔が急に怒鳴り出す。
恐怖に怯えながら必死に頭を回転させる。
該当する人物は彼らしかいない。
「し、知りません……」
友達としてアイラを危険な目に遭わせる訳にはいかない。
「そうかよ」
ホプキンスが右手に持った魔剣を振り上げる。
刀身に黒い渦のような紋様が浮かび上がった禍々しい剣。
「だったら用はない」
――殺される!
咄嗟に目を閉じて歯を食いしばる。
友達を売らなかった選択を後悔してはいないが、それでもこんな簡単に自分の人生が終わってしまう事を悔しく思った。
が、いつまで待っても斬られる気配がない。
「え……?」
彼女の耳に斬られる音ではなく壁に何かが叩き付けられた音が聞こえてくる。諍いの絶えない冒険者ギルドであるため喧嘩の度にそういった音を聞いている。
気になって目を開ければ昨日知り合ったばかりの人物がいた。
冒険者カードで名前は確かめている。
たしか……
「改めて自己紹介させてもらうわ。冒険者のシルビア、アイラの仲間よ」
そんな風に自己紹介をする女性は魔剣を前にしても笑っていた。
そして、自己紹介をするシルビアの横には満腹になったことで眠ったままのアイラの娘であるシエラを抱いたマルスがいた。
☆ ☆ ☆
「どうやら無事みたいですね」
魔剣使いに襲われているところへ駆け付けることができて安心する。
「ど、どうして……」
「アイラが心配していましたからね」
助けるべきか迷っていたアイラ。
迷っていたのはマルセラさんが過去に色々な事があったとはいえ友達であった事には変わりがない人物だったからだ。
俺が決断しても迷っていたらしいのでシルビアだけを先行させたところマルセラさんが魔剣使いに遭遇してしまった事を知ってしまった。
後は、俺たちが駆け付ける前にシルビアが勝手に動いた。
「本当に大丈夫?」
近付いてマルセラさんの様子を確認するアイラ。
状況を見ていたシルビアと視覚を同調させていたので何もされていないことは分かっているが、それでも心配になってしまう。
魔剣使いに襲われた状況になってアイラもようやく決心した。
「大丈夫。それより気を付けて」
「問題ないわよ」
アイラは本当になんでもない事のように言う。
「いてぇな!」
シルビアに蹴られて建物の壁に叩き付けられたホプキンス。
立ち上がる体には大きな傷がないように見える。
「……随分と頑丈な体ですね」
本気で蹴ったシルビアとしては納得がいかない。
「筋力増強系の魔剣かもしれないな」
ホプキンスの体は元々前衛職として鍛えられていた。しかし、今は昨日会った時よりも膨れ上がっているように見えた。
魔剣には様々な効果がある。
アリスターで暴れた魔剣使いが持っていた魔剣は、持ち主に血を求める衝動を要求する代わりに驚異的な再生能力を与えてくれる。その前にアイラが討伐した魔剣使いの中には筋力を増強してくれたり、魔法が使えないはずの者でも特定の魔法を使えるようにしてくれたりする魔剣があったらしい。
どうやらホプキンスが手に入れた魔剣は『筋力増強』の魔剣らしい。
もっとも絶大な効果を齎してくれる代わりに様々な対価を要求してくる。
「随分と探したぜ」
さっきも俺たちの所在をマルセラさんに確認していた。
「何か用なのか?」
「ああ。昨日は恥を掻かされたからな。テメェらを殺して鬱憤を晴らさせてもらうぜ」
「……その為にこれだけの人を殺したのか?」
ホプキンスの体には何十人分と思われる大量の血が付いていた。
筋力を増強してくれる魔剣を使って斬るのではなく、目の前に立った人間を叩き潰して行った結果、大量の血を浴びることになってしまったのだろう。
過去に魔剣使いが現れたことで多大な被害を受けた街は、街へ入られないよう必死に抵抗したはずだ。兵士に冒険者……魔剣を持ったホプキンスを阻む者は多くいた。そんな人たちをホプキンスは排除して行った。
「ああ、俺の邪魔をする奴は叩き潰すだけだ」
「なるほど」
魔剣に支配されているせいなのか、以前からそういう考え方をするからなのかは分からないが、目の前に立ちはだかる者を全て叩き潰すなどという随分と危険な思想に染められているらしい。
「ぇ、えう……」
騒がしかったらしく腕の中にいるシエラが泣き出しそうになっている。
「チッ、うるせぇガキだ。ソイツもぶっ殺してやる」
「……!?」
ホプキンスがタブーを言ってしまう。
シエラが殺されてしまう、と思ったからではない。
「へぶっ!?」
錫杖で体を何度も殴られたホプキンスが宙に舞う。
「ぎゃあ!」
次に太陽の光に焼かれて全身から煙を出しながら地面に落ちてくる。
「……」
うつ伏せに倒れたホプキンスの体が氷の棺の中に閉じ込められる。
「わたしたちの娘であるシエラを殺す? 昨日は威張っているだけだからあの程度で許してあげたけど、魔剣を抜いた状態で口にするなら容赦はしないわよ」
冷たい視線で氷の棺を見下ろしながらシルビアが告げる。
氷の中に閉じ込められたホプキンスに届いていたのかどうかは分からないが、自分の体を覆う冷気と同様に心が冷たくさせられた。
シエラを危険な目に遭わせようとするだけで母親たちからフルボッコにさせられるという教訓を覚えていなかったらしい。