第7話 故郷の味
冒険者ギルドで久しぶりの再会を果たしたアイラ。
翌日は、数年の間に様変わりした故郷を見て回ることにした。
「おや、そこにいるのはアイラかい?」
「こんにちは」
「随分と大きくなったね」
大通りに並んだ店から恰幅のいいおばさんが話し掛けて来た。
店先に並んだケースには色々な肉が並べられている。
「この子、見て」
シエラを自分の顔の近くまで抱えあげる。
まだまだ顔に特徴など目に見えて現れるほどではないが、仲睦まじく顔を並べていれば親しい間柄だと分かる。
「……もしかして、アイラの子かい?」
「そうよ」
「へぇ~、あの小さかったアイラが母親になるなんてね」
どうやら店にいたおばさんとは知り合いらしく昔話に花が咲いていた。
そうなると最後には相手が謝る形になる。
「あの時はすまないね」
「いいのよ。あたしは気にしていないし」
「そう言ってくれると助かるよ」
会う人のほとんどがアイラにした仕打ちを気にしていた。
アイラの父親によって何人もの人が帰らぬ人となってしまったのは事実だが、家族を失ってしまったのはアイラも同じだ。一人残されたアイラを責めてしまった事を多くの人が悔いていた。
「あんたも冒険者をしているんだろ?」
「そうよ」
「あんたはマックスさんみたいになるんじゃないよ」
「うん。ありがとう」
軽く挨拶を済ませるだけで別れる。
「向こうにいるのは仲間かい?」
「仲間……ううん、家族かな」
「だったらサービスしてやるよ」
店で揚げられたコロッケを6つ渡される。
「もう、いいのか?」
「この調子で会う人全員に挨拶をしていたら今日だけじゃ時間が足りなくなるし、向こうから話し掛けて来た場合や特別に親しい人だけでいいわよ」
今から向かう場所も特別に親しい人がいる。
その人に会う為に朝から大通りを歩いているのだが、アイラの姿を一目見た人から声を掛けられていた。
「随分と人気者なのね」
「そうじゃないわよ。昔からお父さんに戦い方を教わっていたお転婆娘だったから年寄り連中はあたしの事を覚えているだけよ」
「そうかもしれませんが、微笑ましい光景ですね」
朗らかに笑い合っている人々。
近くに魔物の棲み処と迷宮があって危険な場所でもあるはずなのだが、そんな空気は感じさせない。
「魔物が出るって言っても強い奴でも迷宮で言えば地下20階レベルだからCランクやDランクの冒険者でもどうにかなるようなレベルだからね」
街に住む人も悲観的になってはいない。
「はい」
肉屋のおばさんからもらったコロッケを受け取る。
中には牛肉が使われており、一口食べた瞬間に牛肉から滲み出た脂が口の中に広がる。
「むっ、悔しいですけど素材の差でわたしではここまでの味は出せそうにありません」
シルビアがどうにも悔しがっていた。
畜産で有名な街なので育てられている牛も上質だった。
「というか、お前はコロッケなんて食べて大丈夫なのか?」
「栄養が偏ってしまうのは問題ですけど、どうにも味覚が変わって来ているのかコロッケがあるのを目にした瞬間、どうしても食べたくなってしまったんです」
少なくともシルビアなら自分の体調管理を怠るような事はないはずだ。本人が大丈夫だと言うなら任せてみよう。
「あぃ、あぅ!」
「食べたいの?」
「あぃ!」
アイラの腕に抱えられたシエラが必死に手を伸ばしてアイラの隣にいたノエルのコロッケを手にしようとしている。
「さすがにコロッケはちょっと……」
「あぅ……」
「あ、泣かないで!」
食べかけのコロッケをイリスに渡してアイラからシエラを奪うと必死にあやすノエル。抱えたシエラを頭の上の方まで持って行く。
ノエルの頭の上にはピコピコと動く狐耳がある。
「あい!」
「いたっ」
ペシッと頭を叩かれるノエル。
「もういい加減に飽きられたんじゃないか?」
「そんな……」
「大丈夫ですよ。ノエルさんが飽きられた訳じゃなくて泣き出すと狐耳で興味を引こうとする、その姿勢に呆れられたんだと思いますよ」
「それはそれでショック」
どうにか宥めようとするメリッサだったが、逆にショックを受けてしまったノエル。
「わたしのこと嫌い?」
「う?」
赤ん坊に聞いても答えてくれるはずがない。
だが、泣き止んで反応してくれただけで満足なのか笑顔になっていた。
「これは、シルビアの子供にも期待できそうね」
「そ、そう?」
プレッシャーから解放される事を目的としていたはずなのに妙なプレッシャーを新たに与えられていた。
そうして騒がしくしながら大通りを歩いていると路地裏へと続く1本の道の前でアイラの足が止まる。
「そりゃそうよね。あれから5年も経っていて一度も帰っていないんだから誰かが住んでいてもおかしくないわよね」
アイラの視線の先には1軒の家がある。
その家では小さな子供と母親が楽しそうに生活していた。
「あの家族がどうかしたのか?」
「家族っていうよりも家そのものかな」
「ああ、そういう事」
イリスはその言葉だけで納得したらしい。
「私も覚えがあるから分かるけど、昔はあの家に住んでいたんだ」
イリスの質問に頷くアイラ。
アイラの住んでいた家は借家だったらしく、5年も空き家のままにしているはずがないので家の持ち主が新しい借り手を募集したのだろう。唯一の住人だったアイラは何の連絡もせずに戻っていなかったのだから契約が解除されてしまっても仕方ない。
イリスもまた孤児だった頃に住んでいた家を見に行った事があった。
「しんみりとした話はここまで。そろそろお昼にしましょう」
そもそもお昼ご飯を食べる為にアイラおススメの店へ向かっていた。
その店は、アイラの父親がたまにある高額な依頼の報酬を手に入れたり、迷宮へ潜った時に財宝を手に入れたりした時のように臨時収入が手に入ると家族を必ずと言っていいほど連れて行った店。
自宅があった場所からそれほど離れていない場所にある店だ。
「いらっしゃい」
「おばさん、久しぶり」
「……アイラ!? 本当にアイラかい!?」
店の奥からスラッとした長身の女性が出て来る。
「うん。ちょっと墓参りに戻って来てからあちこち挨拶へ行っているんだ」
「そうかい。帰って来るつもりは……」
「今は新しい家族と別の場所にいるからパレントへ帰って来るつもりは……」
「いいんだよ。あたしはアイラが幸せならそれでいいさ」
おばさんの視線がアイラに抱かれたシエラに向けられる。
「子供がいるんだね」
「あたしの子供だって分かるんだ」
「そりゃそうだよ。アイラが赤ん坊の頃とそっくりだよ」
テーブルに案内されてしばらく待っていると白いスープの鍋が運ばれてくる。
「ウチの特製鍋だよ」
「特製、ですか?」
特製の料理にシルビアが興味を示してしまった。
「ああ、マックスの奴の好物で飽きもせずに何度も注文していたよ。あんたも久しぶりにこれを食べに来たんだろ」
「へへ、実はその通りで」
煮立ったミルクの中に牛肉があった。
シルビアが取り皿に分けてくれたので受け取る。
全員の視線が向けられる。このような場所で毒など盛られているはずがないので単純に家長である俺が食べ始めるのを待っている。
「美味しい――」
「だろ」
おばさんがにっこりと笑顔になる。
肉を一口食べた瞬間に染み込んだミルクの味が口の中に広がる。秋になりかけた頃で、まだ暑さが少し残っているのだが、それでも体が暖かくなるのを感じる。
「今日は久し振りに懐かしい顔を見たサービスだ。好きなだけ食べな」
「そういう訳にはいかないわよ。あたしたちだって稼いでいるんだからちゃんと食べた分のお金は払うわよ」
「そうかい?」
どうにもサービスがしたいらしく、どこか納得していない様子だった。
「あたしも齢だね。あのアイラが子供を連れて来ただけじゃなくて自分の稼いだお金であたしの作った料理を食べてくれるなんて……」
「普通、順番が逆じゃない?」
どこか涙ぐんだ様子のおばさんには聞き届けられなかった。