第7話 奴隷少女
「ど、どうして?」
俺の言葉がよほど意外だったのか女の子が尋ねてきた。
「見ず知らずとはいえ、女の子が男2人に襲われているのよ! 男だったら助けるべき場面じゃないの!?」
たしかに状況だけを見るなら男が悪いように見える。
しかし、事はそこまで単純じゃない。
「まず、そこの男性2人は奴隷商人に雇われた護衛か何かで、少なくとも路地裏で弱い者いじめをするような人たちじゃない」
2人の男が静かに頷いていた。
逃げられてしまったせいで少々言葉遣いが荒くなってしまったが、彼らは歴とした誰かに雇われた者だ。俺には到底及ばないが、それなりに鍛えられている。
男たちも俺を一目見ただけで敵わないことまで理解したのか、あれこれと言ってくることはない。
「そして、奴隷商人の部下から追われていた君は奴隷だ。その首に付けられた首輪が何よりの証拠だ」
まだ捕まったばかりなのか少女は村娘のような恰好をしていた。
商品として奴隷商の商館に置かれれば衣類は最低限のものしか与えられない。王都にいる少女としてはみすぼらしい服装だったが、それでも奴隷商の下に永くいた者の恰好ではない。
「ここで、俺が2人の男性を倒して、商品である奴隷の君を攫っていったとしよう。その瞬間に俺は盗人になってしまうんだ」
光景だけを見ると男たちの方が悪に見えるかもしれないが、落ち着いて状況を見れば現状では、悪はいない。ここで、俺が少女に味方したりすれば、その瞬間に俺が悪になる。
「兄ちゃん、ずいぶんと落ち着いているな」
アリスターの街には奴隷商などいないし、村に奴隷商が訪れたことはない。村長たちが犯罪奴隷になったことで、色々と情報を集めたが、そこまで詳しくはなれなかった。
それでも冷静に目の前の光景を見ることができたのは……。
『後は、少女が借金の代わりに売られた借金奴隷なのか、それとも罪を犯して強制的に働かされる為に売られた犯罪奴隷なのか気になるところだね』
迷宮核が楽しそうに状況を解説しているからだ。
どうして、楽しそうなのか分からない。ま、おかげで見た目に騙されて少女を助けるなんて愚を犯さずに済んだので助かっている。
「助ける気がないなら、どうしてこんな所にいるんだ?」
さすがに面白そうな見世物だったからとは言えないので、適当なことを言っておく。
「実は、王都へは初めて来たんですけど道に迷ってしまって……それで、人を見かけたから道を尋ねようとしたんです」
「普段なら道案内ぐらいしてやりたいところなんだが、今は仕事中なんだ。そこの角を左に曲がって真っ直ぐ行けば大通りに出られるから、そこにいる人に道を聞きな」
「俺たちもこんな仕事をしているんでな。無関係な奴に仕事をしている姿を見られたくないんだ。関わり合いになるつもりがないなら帰ってくれないか?」
奴隷商に雇われているような人たちだから柄の悪い人たちかと思いきや、仕事を放りだすことなく道に迷ったと信じている俺のことも助けてくれた。
見た目で判断してごめんなさい。
その場を背にして案内された角へと向かう。
『あれ、帰っちゃうの?』
状況を楽しんでいるこいつは無視だ。
女の子が困っている場合は多少なら助けてあげてもいいかと思ったが、この場合で困っているのは奴隷に逃げられた男たちの方だ。女の子を連れ戻せばそこまで怒られることはないだろうが、逃げられてしまったのは事実だ。多少は怒られるだろう。
「残念だが、お前はもう売られたんだ。大人しく俺たちに付いてきてもらおうか」
「いや、放して!」
関わり合いになるべきではなかった。
関係ないとはいえ、少女の悲痛な叫び声を聞いていると心が痛む。
少女を助けることは可能だが、そこまでする義理が俺にはない。
「わたしは、お父さんの無実を証明しないといけないの!」
聞いてしまった……
「あの……」
次の瞬間、俺の足は男たちの方へと向かっていた。
「まだいたのかボウズ」
俺は、何も言わずに収納リングから取り出した物を投げ渡す。
受け取った男が、俺が投げ渡した物を確認して眉を顰める。
「おい、このお嬢ちゃんを買うつもりなのかもしれないが、奴隷の相場までは知らなかったようだな。こんな金貨1枚程度じゃあ、奴隷は買えないんだよ」
『そうだよ主。主が買おうとしているのは女の子の奴隷。しかも相手を見てごらん。まだ幼さは残っているけど顔はかわいいじゃないか! それに出ているところは出ているあの体。あの子は娼婦になれば絶対に需要があるよ! そんな女の子が金貨1枚程度で買えるはずがないじゃないか!』
力説している迷宮核については、無視だ。
「そのお金は奴隷を買う為のお金ではありません」
「と、いうと?」
「彼女は奴隷として売られているんでしょうけど、俺は彼女について何も知りません。彼女を買うかどうかの判断については、部下のあなたたちではなく、商人と直接話をして考えたいと思います」
「賢明な判断だな」
男たちに女の子を売るような権利はないし、交渉するスキルもない。
俺が無関係な通りすがりの人物ではなく、奴隷を買いに来た客なのだとしたら部下として商人の元へ案内しなければならない。
「じゃあ、この金は?」
「それは手付金です。今のところは、俺に彼女を買う意思があるということを証明する為の物です。だから間違っても彼女をこれ以上傷つけるような真似は慎んでください。それから勝手に他の者に売るような真似はしないように」
「ああ、それぐらいは問題ない」
男たちも奴隷商に仕える者として商品である奴隷を傷つけるような真似はしないだろう。
彼女の身の安全を保障してもらう為にも必要なものだ。
それに彼女自身にも俺に買う意思があるということを直接的な方法で教える為にも有効な手段だ。ほら、俺を見る目に脅えが混じり始めた。成功か?
「だが、ボウズ金は大丈夫なのか?」
「冒険者みたいだが、奴隷は結構するぞ」
女性奴隷の相場がどの程度なのか分からなかったが、その辺りは迷宮核が教えてくれた。
『そうだね。彼女なら金貨30……いや、40枚はくだらないんじゃないかな?』
だから、どうして詳しいのか?
「お金の心配なら大丈夫です。それなりに持っていますので、ただ普段からそんな大金を持ち歩いているわけではないので、証明しろと言われても困りますよ」
実際には収納リングや道具箱の中に入っているので、常に持っているようなものだが、俺がどれだけ大金を持っているのか正確に把握されないために適当に誤魔化す。
やがて、男たちが頷き合って俺への対応を決める。
「客だって言うなら商館の方に案内する」
「ああ、こいつが気に入ったっていうなら客として買ってくれる方がいい。少なくとも俺たち2人だと瞬殺されるのが確実だろうからな」
「嫌だな、ちゃんと客として交渉しますよ。実力行使なんてしたって意味がないですから」
「分かっているならいい……おい、いつまで呆けてやがる。しっかりと立って商館まで来やがれ」
「え?」
一番の当事者であるはずの女の子が状況に付いていけず困惑していた。
「商館の劣悪な環境に晒される前に買い手が見つかって良かったな。お前さんのことを気に入ってくれたボウズに感謝するんだな」
別に彼女を買おうと思ったのは容姿を気に入ったとかそういうことではないんだがな。
ま、どう思われても問題ないだろう。