第5話 騒がしいギルド
後ろから聞こえて来た男の声。
振り向くと微かに酔った様子の男が5人立っていた。
一人の男がゆっくりと前に出て来る。
「ここは冒険者が依頼を受ける為の場所だ。女共が遊びに来るような場所じゃねぇんだよ」
たしかに男の言う通りではある。
実際、冒険者のほとんどが男性だ。
それに冒険者ギルドに依頼を提出する依頼人のほとんども男性だったりする。やはり、女性では男性の方が多い場所へ赴く事すら気後れしてしまうからだろう。冒険者の力を必要としている場合でも女性は身近な男性に頼む場合が多い。
だが、一言だけ言わせて欲しい。
「わたしたちは冒険者の迷惑にならないよう暇な時間を狙って来ました。少しぐらいは騒いでもいいと思いますよ」
「と言うよりもこんな時間からお酒を飲んで騒いでいる方が迷惑です」
俺が言うよりも早くシルビアとメリッサが言ってしまった。
「ンだとッ!」
男が激昂する。
ここで並の女性なら竦んでしまうところだろうが、残念ながら迷宮眷属である彼女たちはもっと恐ろしい敵を相手にして来たので男の威圧など微塵も気にした様子がない。
受付嬢の人たちにしても冒険者ギルドでの諍いは日常茶飯事なので見慣れた光景なのだろう。
「……あの人は?」
「Dランク冒険者のホプキンスさんです。10年以上も冒険者を続けている方なんですけど、昨日大きな仕事を片付けたみたいで朝からお酒を飲んで騒いでいるんです」
「それは面倒な……」
Dランクと言えば冒険者ランクの中で最も人数の多いランクだ。というのもそれなりの経験があって最低限の戦闘能力さえあればEランクは卒業できる。だが、冒険者ギルドのギルドマスターから認められるほどの実力と功績がなければBランクには昇格できない。
10年も冒険者を続けていてDランクという事は経験だけが売りの冒険者だろう。
少なくともシルビアたちの敵ではない。
「しかも、うるせぇガキまで連れて来やがってよ。こっちは、せっかく楽しく酒を飲んでいたっていうのに――うっ!」
男の言葉が途中で止まる。
「リーダー!」
遅れて騒いでいた男の後ろにいた仲間も言葉に詰まった理由に気付いた。
「情けない……」
「あんな赤ちゃんにまで敵意を向けるとかあり得ない」
左右をイリスとノエルに挟まれていた。
しかも二人とも武器を向けている。それと言うのもホプキンスが怒鳴りながらシエラに対して敵意を向けてしまったからだ。そんな事をシエラの母親を自称している彼女たちが許すはずがない。
当の本人はよく分かっておらず、普段通りにアイラに抱かれている。
「ハッ、さっきの話は聞いていたぜ」
ビビりながらも仲間……と言うよりも舎弟に近い男たちが近くにいるので威勢をどうにか張る。
「そこにいる女は魔剣事件を起こした奴の娘なんだろ! だったら、そいつの娘も奴の孫っていう事だろ!」
「アンタな……」
「持ってて」
「え?」
前に出て文句を言おうとするとアイラがシエラを渡して来た。
「お父さんが事件を起こしたのはどんな事情があるにせよ事実だから悪く言われても仕方ない。お父さんの家族だったあたしたちにも暴走するお父さんを止められなかった責任がある。だから、別にあたしや家族が悪く言われるのは仕方ない。それは分かっている。けどね……」
「ぐべっ!」
男の胸倉を掴み上げると投げて床に叩き付ける。
「あの時には生まれてすらいなかったシエラの事を悪く言うのは許すわけにはいかないわ」
「ア、アニキ!」
リーダーが叩きのめされたことで自分たちも動こうとしていた仲間だったが、イリスとノエルから敵意を向けられたことで動けなくなってしまった。二人とも男たちを叩きのめすのならアイラの役割だと理解している。
「俺は間違った事は言っていないぜ。あの事件の時に俺の知り合いが何人か死んだんだ。どんな事情があるにせよ許されるはずがない!」
「はいはい、だからシエラには関係がないでしょ」
「ぐわっ」
ついついホプキンスの腕を握っていた手に力を入れてしまうアイラ。
握力だけで筋肉の付いた腕を捻り潰した。
「ク、クソッ放しやがれ!」
「はい」
アイラとしても叩きのめした段階で男たちに興味などなくなっていたのですぐに解放する。
ホプキンスの目がシエラに向けられる。
「チッ、酒を飲むような気分じゃなくなかった。帰るぞ」
「は、はい!」
冒険者ギルドを去るホプキンス。
舎弟たちも続いて立ち去ると静かになる。
「災難だったわね」
「まったくよ」
カウンター前に戻って来ると柔らかい雰囲気になってマルセラさんたちとの話に興じる。
シエラが母親の元へ行きたそうにしていたので返す。
「それにしてもあいつらも馬鹿ね」
「私たちの話が聞こえていたならアイラたちがAランク冒険者だっていうのも聞こえていたはずよね。なのにDランク冒険者のホプキンスさんたちが喧嘩を売るなんて」
「自殺行為以外のなにものでもない」
ギルドマスターに認められた者と認められない者。
その間に圧倒的な力の差があると言っていい。
「たぶん酔っていたせいもあって正常な判断ができなかったんじゃない?」
「そうかもね」
赤ん坊に敵意を向けたことは許されることではないが、この程度の喧嘩なら冒険者ギルドでは日常茶飯事と言っていい。
一頻り笑い者にすると先ほどと同じ雰囲気に戻る。
「それにしてもシエラちゃんは敵意を向けられていたのに平然としていたわね」
「赤ちゃんってこういうものなの?」
「シエラももうお姉ちゃんになったから頑張っているのよ」
「あぃ」
両手を上げてポーズを取るシエラ。
頑張っている、と誇示している訳ではなく自覚はなくても自分の名前を呼ばれたから反応しただけだ。
それでも可愛らしい反応には違いない。ほっこりとした空気になる。
だが、ミュアさんだけは気付いた。
「え、もう二人目の子供がいるの?」
マルセラさんの目がアイラ以外のメンバーへ向けられる。
さすがに他にも女性がいる状況でシエラがこんなに小さいのにアイラが既に二人目の子供を妊娠しているとは考えなかった。そこで、仲間の一人が既に妊娠、もしくは出産をしたと考えた。
「違う違う。少し前にシエラの父親の兄に子供が生まれたからシエラにも従姉弟ができたっていうだけの話」
「なんだ……」
ほっと胸を撫で下ろすマルセラさんたち。
さすがに二人もの子供を持つには……
「おい」
「はい」
「全員、例の秘薬を出せ」
例の秘薬――妊娠促進薬。
服用することで確実に妊娠することができると言われている秘薬。
まだ自分たちで試した訳ではないので効果を確認できたわけではないが、昔の迷宮主たちでは既に試しているみたいなので間違いなく効果を体感できるはずだ。
サッと逸らされる視線。
アイラだけはシエラを抱えたままなので収納リングから取り出すような真似をせずにキョトンとしていた。どうやらアイラだけは知らなかったらしい。
しかし、アイラ以外の4人は拒否している。
事情を知っているために使った、とも使っていないとも言えずにいる。
「もう一度言う。『出せ』」
今度は【絶対命令権】まで使用して薬を出すように促す。
そうしたところ3人は素直に薬液の入った瓶を取り出したが、一人だけ拒否している人物がいた。
「おまえ、使ったのか……」