第21話 VS幽霊潜水艇―後―
海蛇の魔物――海蛇。
存在するだけで周囲に嵐を発生させる特性によって海が大きく荒れる。
そして、海が荒れたことによって潜水艦が前へ進めることができなくなり、発生した巨大な竜巻に呑み込まれて空へ大きく飛ばされる。
「実体を得たのが間違いだったな」
そのまま上下反対になると海面に叩き付けられる。
『これで、よろしかったでしょうか?』
丁寧な口調で尋ねて来る海蛇。
「急に喚んで済まなかったな」
『いいえ、私たちもノエルが来てくれなくて退屈していましたからちょうどよかったです』
本物の孫のようにノエルを可愛がる海蛇と雷獣。
数日ほど迷宮へは行っていないので寂しい想いをさせてしまったみたいだ。
『後は、お願いします』
そう言い残して海底へと沈んで行く海蛇。
彼女が海面近くにいると周囲の海が荒れてしまう。海底にいれば海面ほど影響を与えずに済むため沈んで行った。
『ふん』
ただし、尾を幽霊潜水艦に絡ませてから沈んで行く。
海底へと引きずり込まれて行く幽霊潜水艦。
幽霊潜水艦の方も海底へ引きずり込まれまいと必死に抵抗する為に後部から炎を噴き上げる。
『クッ……』
呻き声を上げる海蛇。
「どうした?」
『向こうの抵抗は推進力だけではないようです』
霊体そのものである幽霊潜水艦は、船体に直接巻き付いている海蛇の体に干渉し、邪念を送り込んでいる。
邪念を送り込まれた者は意識を失い、時には支配されてしまう事もある。しかし、持ち前の強靭な精神力を活かして耐えている海蛇。召喚された時の支配力ほどの力はないみたいだ。
それでも、このままにしておく訳にはいかない。
「マルス!」
海蛇を心配そうに見ているノエル。
彼女は雷獣や海蛇と特別に親しいから苦しそうな姿を見てしまうと心配せずにはいられない。
「こっちは、もうあまり派手な事はできないんだけどな」
激しく動き回ってしまうと船体が壊れてしまいそうだ。
なので、船体の側面から鎖を伸ばして幽霊潜水艦に突き刺す。
海蛇に巻き付かれている幽霊潜水艦は動けないせいで、回避する事も叶わずに鎖を船体の左右に突き刺せられてしまう。
「メリッサ、今度こそ仕留めろ」
「はい」
艇内から鎖を伝って浄化魔法が幽霊潜水艦に届く。
――GUOOOOON!
人とも獣とも似つかない雄叫びが海中に響き渡る。
巨大な艦の端から徐々に浄化されて行く幽霊潜水艦。大きさがあるおかげで抗う事ができてはいるが、霊体が削り取られて行っているのには違いがなく、苦痛を伴う事になっているはずだ。
浄化された霊体が光の粒子となって空へと昇って行く。
「これは……想像以上に時間が掛かりそうです」
メリッサの表情がみるみる険しくなって行く。
彼女の浄化魔法では一気に浄化させることができない。
「わたしも手伝う」
と、ノエルが潜水艇の壁に手を当てる。
「何を……」
幽霊潜水艦の方から聞こえる雄叫びが強くなる。
「なるほど。潜水艦内の温度を急激に上昇させて蒸し焼きにする作戦ですね」
「わたしは、単純に日光の力を借りているだけなんだけど……」
スキル【天候操作】を幽霊潜水艦内で使用。急激に上昇させられた温度が艦内から霊体を焼いて行く。
『もう……』
邪念を送り込まれ続けていた海蛇が意識を失う。
その結果、幽霊潜水艦が締め付けていた拘束から解き放たれる。
再び、後部から炎を噴き上げてイシュガリア公国を目指す幽霊潜水艦。
「うおっ!」
「きゃっ!」
しかし、先ほどまでとは違って船体の側面は俺たちの潜水艇と打ち込んだ鎖で繋がっている。
従って、猛スピードで進む幽霊潜水艦に引き摺られるように潜水艇も海中を進む。
「後で回収するからな」
疲れた様子で海底へ沈んで行く海蛇に伝える。
海蛇を迷宮へ戻す為には、迷宮へ赴いて【召喚】を行う必要がある。幽霊潜水艦を放置する訳にはいかない今は、海底に留まってもらうしかない。
「どうしますか?」
座席にしがみ付きながら尋ねて来るメリッサ。
スキルを使用する為に同じように立っていたノエルはその辺を転がっている。
「できればイシュガリア公国へ辿り着く前に仕留めたいところだけど……」
「私の浄化魔法によって3分の1ほど小さくすることができました。ですが、その代わりに……」
幽霊潜水艦が小さくなったせいか推進力に使える魔力量も小さくなっていた。
ただし、船体が小さくなったせいでスピードも速くなっている。
全体的に見れば、状況はあまり変わっていない。
「このまま継続して攻撃し続けるしかないだろ」
効果が全くない訳ではない。
それに鎖が突き刺さったままなので攻撃魔法も流せる。
鎖を通して幽霊潜水艦へ浄化魔法を流すメリッサ。
俺も迷宮魔法で再現した浄化魔法を流す。
しかし、数分間も流していても幽霊潜水艦の大きさは半分以下になったところだ。
「あの……このままだと数分ほどでイシュガリア公国に到着します」
シルビアが表示させた画面では陸地が薄らと見え始めていた。
海中での速度を考えれば数分と掛からずに到着する。
「……仕方ない。港町は諦めることにする」
「マルス!?」
「現状だと打つ手がない」
このまま時間を掛け続けていれば潜水艦を仕留める事はできる。
ただし、このまま進めた場合は時間切れになってしまう。
港町にいる人々には申し訳ないが、犠牲になってもらうより他にない。
幽霊潜水艦が浮上を始める。そのまま上部の一部を海面から出して進路を港町へと取り始める。海中から多くの武装を積み込んだ潜水艦に襲われれば、武装していない港町などひとたまりもない。
「――いえ、待って下さい!」
周囲を警戒しているシルビアが声を上げる。
俺も画面を注視する。
――太陽が二つあった。
「は?」
思わず口から呆けた声が漏れてしまう。
次の瞬間、太陽だと思っていた巨大な光の球が海中へと向かって落ちて行く。
港町は目前。陸地が近くなった事で海中も浅くなっており、巨大な潜水艦は港へ真っ直ぐに突っ込むしかなかった。
そのため上から下ろされる光の球を避ける術がない。
光の球が海中へ叩き付けられる。
叩き付けられた光の球は、メリッサの浄化魔法のように水中へ入ったことによって威力が削がれることもなく巨大な船体である幽霊潜水艦を呑み込む。
海中に静けさが訪れる。
それも数秒の間。光が幽霊潜水艦を呑み込んでから数秒後には衝撃波が周囲に撒き散らされる。
「掴まれ!」
俺の指示に座席などを掴むシルビアたち。
唯一、慣れていないノエルだけは反応が遅れていたようなので俺が彼女の手を掴んで吹き飛ばされないようにする。
衝撃にどうにか耐える。
「全員、無事か?」
「なんとか」
「問題ありません」
誰も怪我をしていないようなので安心。
潜水艇を浮上させる。
海上では白い法衣を着た一人の少女が祈りを捧げていた。
「やはり、貴方たちでしたか」
空に浮いていたのはイシュガリア公国の『聖女』であるミシュリナさん。
「助かりました」
彼女が海上から浄化魔法を叩きつけてくれたからこそ港町まで辿り着かれることもなかった。
「数分前に、この先にある港に住む人から緊急連絡がありました。『海中が異様に騒がしいです』、と。メンフィス王国に出現した海蛇の事もありましたので、同様の魔物が出現した時に備えて私が派遣されました」
海が荒れている原因は海蛇。
少なからず環境に大きな影響を与えてしまっているので近場で漁をしているような人たちには申し訳ない事をしたと思っている。
「私の浄化魔法で撃退することができたという事は、やはりアンデッドだったのですね」
「ええ、その通りです。おかげで助かりました」
「こちらも自国を守る必要がありましたので気にしないで下さい。それよりも事情を話してくれるんですよね」
「はい……」