第6話 初めての王都
王都に着いた俺は、ウェイン子爵に面会を要請し、その日の内に会うことができた。
応接室に案内され、ソファに座って待っていると明るい金色の髪をした男性が現れた。途中で会った貴族とは違ってがっしりとした強そうな身体は、壮健さを醸し出していた。なんとなくだが、アリスター伯爵と同じで優秀な貴族なのだろう。
「さて、アリスター伯爵からの届け物があるとのことだが?」
届け物があるにもかかわらず、手ぶらな俺の姿を見て不審に思ったのだろう。
「ええ、こちらがアリスター伯爵からお預かりした物になります」
何もないところに物が突然出てくるという現象に驚くものの、すぐに平静さを取り戻し、テーブルの上に置かれた水晶玉と手紙を受け取る。
「たしかに受け取った。後ほど、返事の手紙を書くのでそれをもって依頼完了としてもらいたい」
「ありがとうございます」
これでアリスター伯爵からの依頼は完了した。
手紙の内容を確認し、ウェイン子爵が紅茶に手を伸ばす。
「ときに君はこの魔法道具がどういった物なのか知っているかな?」
「いえ、伯爵からは届けてほしいとだけ伝えられているので、詳細な部分についてはお聞きしていません」
「そうか。なら、私から伝えておこう。これは、私の先祖が迷宮で発見した物で、未来を見ることができる魔法道具だ」
「いいんですか? 私のような者にそのような価値のある物を所有していることを教えても?」
本当に未来を見ることができるとしたらその価値は計り知れない。
そんな貴重な物を自らより身分が高いとはいえ、貸し出すこともありえない。
「未来が見えると言っても全員が使用できるわけじゃない。これの使用条件は、領地を持つ者だけが使用することができ、領地に訪れる危機を教えてくれるという物だ」
なるほど。
使用者と効果範囲が限定されているのか。
「伯爵には以前にも使用していただき、その時には良くない未来を見てしまったらしい」
まあ、見せる光景が領地の危機ならどんな未来でも良くないだろう。
「だが、半月ほど前にもう1度使用させてほしいという依頼があったので、お貸ししたのだが、どうやら未来はいい方へと動き出したようだ」
「いい方へ、ですか?」
「未来は一定ではない。タイミングなどを考えて君という存在が現れたことによって未来に何らかの変化が訪れた、とアリスター伯爵は考えたのだろう。そして、その予想は当たっていたらしい。手紙には魔法道具を貸したことに対する感謝の言葉が述べられていたよ」
「そういえば、アリスター伯爵とはどのようなご関係で?」
「特別な間柄というわけではないよ。貴族学校に通う同い年で……一言で言ってしまえば友達だな。私は次男で、領地は兄が継いでいるから王都で色々と仕事をしているんだよ」
「友達ですか、いいですね」
村には友達と呼べるような間柄の相手ならいたが、今は友達と呼ぶ気にはなれないな。
そういえばアリスターの街に来てから、先輩冒険者や同い年ぐらいの同業者と仕事や話をすることはあっても友達と遊びに行ったりするようなことはなかったな。
ちょっとは遊んだ方がいいのかな?
☆ ☆ ☆
依頼は終えたがすぐには帰らず、何か趣味でも見つけようかと王都の街を探索していた。
やはり、王都と呼ばれるだけあって多くの人で賑わっていた。
村から街へと出て来た時にも人の多さに驚いたが、その時以上に人で溢れている。
「おばちゃん、これは何?」
「ああ、こいつは今王都で人気のスイーツだよ」
薄い皮にフルーツやクリームが包み込まれたスイーツが売られている露店を発見した。
試しに1つ買って食べてみると――美味しい。
『今はこんな物まで作れるようになったんだね』
食べる瞬間に感覚を同調させたおかげで迷宮核にも美味しさだけは伝わっていた。
彼の人格の元となった迷宮主が生きていた頃は、大災害があったせいで迷宮の外では食べる物にも困り、迷宮の中で得られる食料だけでは日々を生きていくだけで精一杯だった。そのため、こんな甘い食べ物など食べられなかった。
「おばちゃん、これと同じものを4つくれるかな」
「はいよ」
お金を払うと作ってくれたスイーツを収納リングの中に収める。
収納リングがあるおかげで食物をお土産に持ち帰ることにも苦労しない。
『しかし、王都は変わったところもあれば変わらないところもあるね』
頭の中に迷宮核の懐かしむような声が響き渡る。
「来たことがあるのか?」
周囲にはたくさんの人がいるが、あまりに多くの人がいるせいで人混みの中で独り言にしか聞こえない言葉を発しても不審に思われることはあっても咎められることはない。
『歴代の迷宮主全員が一度は来ているからね。だから最後に来たのは200年以上前の話になるのかな? 所々、当時と同じ建物だって残っているし、王城は2代前の迷宮主の頃から同じ物を使っているね』
特別な事でもない限り、国の象徴として王都にある王城を移したりするような真似はしないだろう。
変わったところというのは、やはり先ほど食べたスイーツのように流行性のある食べ物のようなものだろう。当時にはなかった物でも数百年と経てば変わる。
『ただ、こういう場所はあまり変わらないね』
俺の視線の先には、路地裏へと続く道があり、大通りから見える場所ではまだ少ない方だが、俺から見える位置からでも横になっている浮浪者の足が見える。
「スラムか? やっぱり王都にもあるんだな」
アリスターの街にも小規模ながら行き場を失くした人間たちが溜まり場としている場所はあった。
先輩から聞いたが、伯爵も仕事を斡旋したり、孤児院を建設して孤児を救おうとしたりしているようだが、どうしても社会の枠からはみ出してしまう者が出てきてしまい、政策が追い付いていない状況だった。
そのため、スラムという存在は歓迎されるべき場所ではないが、彼らの為にもなくてはならないものだと教えられた。
『それは仕方ないよ。王都のような巨大な都市でも養っていける人数には限界がある。にもかかわらず、王都には次から次へと人がやってくる。受け皿から零れ落ちた人たちが行き着くのがこういう場所だよ』
どうにかしてあげたいと思う。
俺も一応困っている人たちを救済する為の施設であった迷宮の管理者なのだから。だが、俺にできることなどあまりに少ない。
「行くか」
『そうだね。ここで気にしたところで仕方ないよ』
なるべく見ないようにして王都の賑やかな場所へと視線を向ける。
『おや?』
直前で、迷宮核が何かに気付いた。
「どうした?」
『さっき路地裏を女の子が駆け抜けて行った』
「は?」
迷宮核に言われた言葉が気になり、路地裏の方へと視線を向けると女の子ではなく、鍛えられた2人の男が走り抜けていった。
状況を考えるなら女の子を2人の男が追い掛けているってところだろう。
『面白そう。ちょっと顔を出してみようよ』
「は? 明らかに面倒くさそうな状況だったろ」
『ちょっとしたイベントだよ。ちょっとだけ見に行こうよ~』
酷くウザいくらいに誘ってくる。
こいつは、面倒ごとの匂いを嗅ぎ付けて自分から面白そうなイベントに俺を巻き込ませようとしている。明らかな暇つぶしだ。こうなるとなかなか諦めてくれない。
「分かったよ。行けばいいんだろう」
『さすが』
喜びに満ちた声を聞きながら路地裏へと入って行くと男たちが走って行った方向へと俺も走る。
問題の3人はすぐに見つかった。
「きゃっ」
「まったく、手こずらせやがって」
「逃げるからこんな痛い目に遭うんだぞ」
やはり女の子が男たちから逃げていたらしく、路地裏へと逃げ込んだものの男たちに捕まってしまい、壁に押し付けられていた。
女の子は俺と同い年ぐらいで、金色の髪を肩あたりで揃え、右側を編み込んでいた。
そんな女の子と視線が合う。
女の子の碧色の瞳が俺を捉えると、女の子が叫ぶ。
「お願い、助けて!」
女の子の叫びによって近くに俺がいることに男たちも気付いたらしく女の子を押し付けたまま振り向く。
そんな2人に分かるように自分の立場を明確に伝える。
「え、嫌だよ……」




