第13話 合成魔物―前―
液体の入った容器から飛び出してきた魔物。
見た目は非常に歪だった。
獅子の体に、頭があるべき場所から巨大な蟷螂を生やした魔物。
魔物の体から雷撃が放たれる。
「やっぱり……気を付けて、あの下半身は雷獣の物だから」
ノエルが気付いた。
「雷獣――テンペストタイガーか」
今も迷宮でのんびりと過ごしている雷獣とは全く異なる個体。
言われてみれば似ている気がする。
魔物の体から放たれた雷撃が部屋の中に迸る。
「ノエル」
「うん」
ノエルを先頭に全員が彼女の後ろに下がる。
「【天候操作】」
放たれた雷撃が錫杖の先端に集められる。
ノエルの前では全ての自然現象が無力と化す。
「そのまま行きなさい」
雷撃が槍のようになって魔物へ進む。
自分の放った攻撃とはいえ、ノエルのスキルによって圧縮され、強化されていることから雷撃を受ければ無事では済まされない。
蟷螂のカマが白く輝く。
「そういうことか!」
「え、きゃっ」
ノエルの襟首を咄嗟に掴んで一緒にその場から離脱する。
蟷螂のカマから斬撃が放たれる。
斬撃は、ノエルの返した雷撃を両断すると霧散させてしまう。
それだけに留まらずノエルのいた場所へと走る。
後ろにあった壁に衝突すると斬撃が霧散してしまう。
斬撃から逃れ息を吐く。
「どういう威力をしているんだ?」
今の攻撃には驚くべき点が2つあった。
見ただけなので正確ではないが、カマから放たれた斬撃を体で受け止めていれば迷宮主の体でも切断されていた可能性が高い。それだけの威圧感が放たれた斬撃にはあった。
もう一つ。そんな威力の斬撃が当たっても壁や床には傷一つ付いていなかった。
「奴の前には立つな」
抱えるノエルに忠告する。
有無を言わせぬ俺の言葉にコクコクと首を何度も振っている。
そうしている間にアイラとイリスが魔物に斬り掛かる。
「なに、こいつ!?」
「硬い」
二人の攻撃はカマによって防がれていた。
カマが振り回されて二人も後ろへ跳ぶ。
二本のカマが、それぞれに意思があるかのように全く異なる動きをして二人に対して攻撃を行う。
二人ともカマから放たれた斬撃の威力を見ている。
カマそのものからの攻撃を受けないよう距離を取って回避する。
4度目――アイラの服が切れた。
「ちょっと! こいつ、掠っただけでも斬られるわよ」
反撃する為に紙一重で回避していたアイラとイリスだったが、改めて距離を開ける。
「二人とも、離れて下さい!」
そこへメリッサの声が響き渡る。
彼女の持つ杖から放たれた炎の濁流が魔物を呑み込む。
「やったか?」
「いいえ、まだ魔力反応があります」
炎に押し流されて反対側の壁に叩き付けられる魔物。
体の至る所に火傷を負っている様子は見られるものの致命傷には至っていないみたいだ。
「あの魔物は何なんですか?」
雷獣と思しき魔物と蟷螂の魔物が合わさったような魔物。
この施設が作られた時代を加味して考慮する。
「一体、どういう事なんだ?」
結局、迷宮核に頼る以外の方法を思い付かなかった。
このような緊急事態に陥ってしまった以上は力を貸さないなんて言わせない。
「古代文明時代には、あんなに強い魔物が普通にいたのか?」
『まさか……』
予想通りに答えてくれる迷宮核。
しかし、どうにも歯切れが悪い。
「どうした?」
『あれは――合成魔物だろうね』
「合成魔物?」
『古代文明時代には、いくつかの条件を満たせば魔物を自由自在に使役する術が確立されていたんだ』
言ってしまえば誰でも調教師になれるような状況だ。
『そこまで行けば、人は次を求めるようになるんだ』
「次?」
――魔物の進化。
しかし、進化と言っても簡単にできるはずもなく失敗続きだった。
『そうして失敗続きの中で生み出されたのが異なる魔物を掛け合わせて作られたそれまでにいなかった魔物だよ』
「それって……」
雷撃を操るテンペストタイガー。
強力な斬撃を放てる蟷螂の魔物。
両方の特性を兼ね揃えた全く新しい魔物。
『ただし、そんな強力な魔物が簡単に人間の言う事を聞くはずがなく、最終的には魔物が暴走して人々を襲い始めるという事故が起こった。それによって新たな魔物を生み出す研究は中止された、という噂を聞いたことがあるね』
迷宮核も研究には関わっていた訳ではない。
あくまでも現代よりも情報の伝達手段が発達していたおかげで知ることができた噂の一つ、という訳だ。
『いやはや……てっきり噂通りに研究は頓挫した物だと思っていたけど……』
そして、聞いた噂を鵜呑みにしていた。
『この調子だと研究は隠れて続けられていたみたいだね』
迷宮核の意識が部屋の壁へ向けられる。
雷獣と蟷螂の入っていた容器だけではない。
他にも様々な魔物が収められた容器がいくつもある。
「……迷宮へ連れ帰る事は可能だと思うか?」
「ご主人様!?」
「本気?」
俺の言葉にシルビアとノエルが驚いているけど、持ち帰ることに成功すれば戦力として申し分ない働きをしてくれるはずだ。
ただし、迷宮へ持ち帰る為には意識を奪う必要がある。
『まだ、起き上がっていない魔物ならともかく、あの魔物についてはどうするつもり?』
「そうなんだよな……」
炎の中から斬撃を飛ばして進み出て来る魔物。
斬撃によって炎は全て吹き飛ばされてしまった。
『――忠告します。最強の合成魔物に対して抵抗は無意味です。速やかに処分されなさい』
防衛システムはさっきから物騒な事を言っている。
「それで、あの魔物が合成魔物であることは分かった。で、弱点とかないのか?」
アイラやイリスの攻撃を受け止められるだけの斬撃。
おまけにメリッサの炎を受けても耐えられるだけの耐久力。
まっとうな方法では倒せるようには思えない。
『そう言われてもね……』
迷宮核の説明によると下半身は滅多に見ることのできないテンペストタイガーから得ている。
そして、上半身は剣聖蟷螂という魔物から得ている。
両方の迷宮で生み出した場合の魔力を見せてもらう。
すぐに画面を閉じる。
「どちらの魔物も強いことが分かった。そして、掛け合わされたことによってさらに強くなっているってところか?」
カマに雷撃が帯びる。
「速い!」
目の前に迫っていたカマを剣で受け止める。
獅子の突進力を舐めていた。
「ちょ……マルスを攻撃しているんじゃないわよ!」
アイラの剣が魔物の腕へ向かっている。
――キン!
しかし、左腕だけで俺へ攻撃しながら右腕だけでアイラの剣を弾く。
絶対的な切断力を持つ【明鏡止水】を持つアイラ。【明鏡止水】を使用する為には相手を斬る必要がある。剣で弾かれては切断することができない。
「この……!」
斬れる瞬間を狙って駆け出すアイラ。
イリスも自分の剣では斬れないが、アイラが斬れる隙を作り出す為に攻撃を再開させていた。
……どうする?
攻略法を考えているとシルビアがいつの間にか魔物の頭上から二本の短剣を交差させながら落ちていた。
シルビアの狙いは魔石。
合成魔物であろうとも魔物である事には変わりない。
魔石さえ抜き取ってしまえば活動を停止する。
「え……?」
アイラとイリスの攻撃を捌きながら同時にカマを頭上へ振り上げた魔物。
「シルビア!」
相手は、蟷螂の頭部を持つ魔物。
虫のように広い視界を持っているため接近するシルビアにも気付けた。