第12話 塔に住まう者
1階にあった全ての部屋の探索を終える。
結局、全ての部屋を探索してみたものの倉庫があるだけだった。
そして、最後に中央で集合する。
「一番怪しいのはこれだよな」
塔の中へ入った瞬間から見えてはいたものの敢えて後回しにしていた物。
「魔法陣ですね」
広い空間の中央には大きな魔法陣が描かれていた。
「どんな効果があるのか分かるか?」
「パッと見た限りでは断片的にしか理解できませんが、おそらく空間魔法を利用した物だと思われます」
「空間魔法?」
パーティの中で一番魔法に詳しいメリッサに確認する。
「どうやらこの魔法陣と別の場所にある魔法陣を空間的に繋げることで移動を可能にしているみたいです」
「そんな事ができるのか?」
「私がよく使う【転移】と一部が重複しているので間違いないかと思います」
一部以外については、魔法として使用するのではなく、魔法陣を床に刻むことによって空間魔法に適性がない者でも使用することができるようにしたためだろう。
「おそらく行き先は上階のどこかでしょう」
階段はあるものの重い荷物を持ちながら昇るはずがない。
今よりも優れた技術を誇る古代文明時代ならば階段以外の移動方法があってもおかしくない。
「この移動方法は一般的なのか?」
ダメ元で迷宮核に確認してみる。
『一般的とは言えないけど、大きな施設とかだと使われていない訳じゃないね』
「随分と簡単に答えるな」
『僕以外にはそう簡単に存在しない答えに悩ませるよりも他の事をさせておいた方が有意義だからね』
古代文明時代に【転移】の魔法陣が使われていたのか調べる方法。
すぐに思い付くのは王都にある図書館で調べる事ぐらいだが、その方法にしても確実ではないうえに時間が掛かるのは間違いない。
『その魔法陣だけど、起動させるのにかなりの魔力を必要とするはずだよ。君たちの魔力なら誰であっても問題ないと思うけど……』
こういう魔法陣を使用する場合には魔力が必要となる。
「じゃあ、これに魔力を流せば階段を上る必要もない訳ね」
「あ、おい!」
こちらの静止も聞かず魔法陣に魔力を流すアイラ。
上手く行ったなら魔力を流された魔法陣が光り輝いて、効果を発揮する。
「あ、あれ?」
ところが、アイラの魔力を流されても魔法陣は全く反応せず、光り輝くこともない。
「バカ」
「いたっ!」
不注意な行動をしたアイラを叱る為に頭を叩く。
軽く叩いただけだったのだが、予期していなかった為に痛かったようだ。
それにしても妊娠期間が長すぎたせいか不注意過ぎる。
「この魔法陣がもっと別の効果を持っていてトラップの類だったらどうするつもりだったんだ?」
メリッサでも正確に読み解けたのは一部。
もしかしたら読み解けなかった部分に本当の効果があって致死性のトラップが起動する可能性だってあった。
ま、結果的に何も起こらなかったからよかった。
「ごめん。ちょっと迂闊だった」
「ま、俺も階段を昇りたくないのは同じだ」
ショートカットできる方法があったから飛び付いた。
その気持ちが分からない訳ではない。
「どうして魔法陣は起動しなかったんだ?」
「原因は二つ考えられます。そもそも壊れていた為に使えなかった」
古代文明時代に使われていた代物なら少なくとも1000年以上は使われていない事になる。
その間に動作不良を起こしても仕方ない。
「後は、利用者に制限が掛かっている場合です」
特定の人物でなければ転移できないようにする。
それぐらいの対策を講じていなければ重要な施設に繋がっている魔法陣の場合、誰でも重要な施設へ入れるようになってしまう。
「この魔法陣に頼って上へ行く事はできない、という事です」
「やっぱり自力で昇るしかないのか」
げんなりしながら階段へ向かう。
「うへぇ、これだけの高さを考えると面倒だな」
「文句を言わないでよ」
誰かの文句を聞いていると自分も文句を言いたくなる。
疲れた訳ではないが、長い階段を前にしたことで精神的に滅入っていた。
「飛んで行こうぜ」
「まあまあ、部屋を確認してみましょう」
しばらく階段を登っていると扉のある場所まで辿り着いた。
ドアノブを回してみる。
「ん?」
部屋の中にはベッドがいくつも並んでいた。
「どうやら宿泊室のようですね」
ただ、すっかりと朽ちてしまっているので当時の面影はベッドと思しき物が残されているだけ。
特に見るべき物もないので先へ進む。
そこから3部屋を開けてみたが、同じように宿泊室になっているだけだった。
「この塔は、どういう施設だったんでしょうか?」
1階は倉庫。
階段の途中には宿泊室。
「おそらく物資の供給施設ではなかったのではないかと思われます」
「供給施設?」
「はい。このような海底にある都市ですから何らかの方法で物資を得る事ができたとしても保管しておく為の場所が必要になります」
1階で保管しておき、必要な時には都市にいる人に供給する。
そういった作業をする人たちへの宿泊室が階段の途中にある。
中央にあった転移の魔法陣が地上とも使えたとしても効率から言って頻繁に使えた訳ではないだろう。
「特におかしなところはないみたい――」
部屋を覗いた状態から振り返る。
空中に大きな赤い目玉の付いた球体が見えた。
『――警告。貴方方のこれより先への侵入は許可されておりません。ただちに引き返して下さい』
「おい、これも古代文明時代には普通にあった物か?」
『あった、と言えばあったかな?』
迷宮核に尋ねるもののはっきりとした答えが返ってこない。
『僕が住んでいたのはかなり田舎の方なんだよ。都の方では普及しているとは聞いていたけど、実物を見た事がないんだ』
それは、はっきりと言う事ができない。
「で、あれは何だ?」
『警備システムだね。侵入者を感知すると警告を発して退去するように勧告する』
空中に浮いている球体の役割はあくまでも警告を発するだけ。
しかし、警告が発せられれば他のシステムも動く。
「げ……」
天井の一部が開いて中から重火器が姿を現す。
「おいおい……」
放たれる銃弾。
そんなに広くない階段の上では回避することもできない。
「跳べ」
結局、螺旋階段から跳び下りるしかなくなった。
近くにいたイリスとノエルを抱えて跳び下りる。
「お、重いです」
「ちょ、これでもシエラを生んで体重を元の状態近くまで減らす事には成功したんだから!」
「元通り、ですか?」
「……あと5キロほどです」
目を逸らしながら答えるアイラ。
メリッサに抱えられながらなのだが、それなりに余裕があるらしい。
と、そんなやり取りをしている間に銃弾が止んだ。
「終わりました」
一人だけ階段を一気に駆け抜けたシルビア。
レーザーに比べれば遅い銃弾が相手だったため【壁抜け】で全ての銃弾を回避しながら大元である重火器を無力化してくれた。
「結局、空を飛んでしまったな」
螺旋階段を無視して2階の入口手前まで移動する。
「この程度の魔力消費なら問題ないでしょう」
「それよりも、わたしは上から感じる気配が気になるのですが――」
「俺もだよ」
シルビアが気付いたように俺も上から感じる気配が気になって仕方ない。
ここまで近付いてようやく気付けた。
おそらく、気配の探知を妨害する何かがあり、近付くまで気付くことができなかった。
「行くしかないだろうな」
上から感じられる気配は禍々しい。
とはいえ、最頂部にある水晶玉を調査する為には上へ向かわなければならない。
2階へ足を踏み入れる。
「な……」
1階とは全く異なる光景に息を呑んでしまった。
2階も1階と同じように円形の部屋になっていた。
しかし、外側には部屋があるのではなく、ガラスで造られた巨大な長方形の容器の中に黄緑色の液体に浸かった魔物の姿があった。
階段を昇っている最中は、宝物庫でもあるのではないかと思っていたから予想を裏切られた。
『――侵入者の立ち入りを確認。これより自律防衛へと移行します』
防衛システムが警告を発する。
そして、ガラス製の容器の一つが割れた。