第10話 塔へ進め
建物の陰に隠れながら目的地である塔を目指す。
「うおっ!」
レーザーが飛んで来た。
咄嗟に身を屈めて回避すると背後の地面を貫いた。
隠れながら進むことに集中しており、発射地点である水晶玉を見ていなかったが、目の前にあった建物から崩れる音が聞こえて来た。
盾としては役に立たない障害物だが、攻撃を知らせるぐらいには役立ってくれた。
『大丈夫ですか!?』
俺を心配する念話が飛んで来る。
「ああ、無事だ」
幸いにして掠ることもなかった。
しかし、楽観していられない。
建物の陰に隠れながら進んでいたはずの俺に攻撃されたという事は、シルビアたちが囮である事に気付かれたという事に他ならない。
これ以上は、隠れながら進む事に意味はない。
塔まで続いている大通りに出る。
「ご主人様!?」
シルビアたちは遥か後方にいる。
塔までは残り700メートル。
一直線に駆け出す。
水晶玉が光り輝く。
レーザー発射の兆候を見て取ると左へ跳ぶ。
そこへ次射が飛んで来る。
これまでは次のレーザーを撃つまでは時間があったが、塔へ近付いたことによって撃つ為に必要なエネルギーが少なくなり、発射に必要なエネルギーを集める為の時間も短縮されている。
『これも予想通りです』
そんな事は囮になっているメリッサがとっくに気付いていた。
そして、最も近付いた俺に対する攻撃の間隔は短い。
「だからこそ隙ができる」
人の意思が働いているなら横へ跳んだばかりで回避が難しく、隙を狙えたと思い込んでほくそ笑んでいる。
レーザーが俺の体を通り抜けて地面を穿つ。
「マルス!?」
後ろから俺の名を呼ぶ声が聞こえる。
そんな事を気にせず前へ向かって足を走らせる。
「残り500メートル!」
レーザーが飛んで来る。
しかし、貫いたように見えたにも関わらず傷を負わずに走り続ける俺の姿を見て動揺してしまっているのか2発のレーザーが左右に撃たれる。
「そんな強力な兵器を持っているんだから冷静に使えるだけの度胸を付けておくんだったな」
動揺している間にさらに前へ進む。
『そうか。【壁抜け】か』
「正解」
レーザーが体を通り抜けた光景を見て動揺していたが、アイラも俺が無事な理由に気付いた。
全ての障害物を擦り抜ける【壁抜け】。
シルビアが持っているスキルを利用させてもらった。
『最初から、全部の攻撃を【壁抜け】で進めばよかったんじゃないの?』
ノエルが首を傾げている。
その疑問ももっともではあるのだが、【壁抜け】も万能ではない。
『【壁抜け】を使用する場合には、通り抜ける障害物を認識する必要があります。わたしたちはレーザーが発射される直前に動いて回避していましたが、レーザーそのものを見て回避していた訳ではありません』
攻撃を擦り抜ける為にはレーザーを認識する必要がある。
けれども、レーザーが届くまでの時間は1秒あるかないかというところ。
見てからスキルを使用するのでは間に合わない。
「だから、強制的に認識させてもらった」
攻撃を受けることによってレーザーを受けたと認識する。
動揺も収まったらしく、4射目は俺の胸を貫く軌道だった。
わずかに足を止めてしまうものの【壁抜け】で擦り抜けると前へ進む。
「あと、300メートル」
次の攻撃に備えていたが、レーザーによる攻撃が止む。
『なるほど』
止んだ理由を疑問に思うものの塔を見上げた俺の視界を共有したメリッサが気付いた。
『水晶玉は塔の頂上にあります。あのような高い場所にあっては地面にいる人に狙いを定めて撃つ為には角度が必要になります。レーザーの機構的に撃つことができないのか、それとも狙いを付けている人物が見ることができない為に撃てないのか理由は分かりませんが……』
安全圏まで辿り着くことができた。
しかし、侵入者に対する迎撃システムはレーザーだけではなかった。
「は?」
塔を裏から回り込むようにして全長5メートルの鮫が姿を現す。
魔力が感じられる事から魔物だと推測される。
鮫の魔物が鋭い牙の生えた口を開きながら迫って来る。
レーザーを掻い潜って塔の近くまで辿り着いた侵入者を貪り付く魔物。安心していたところに凶悪な魔物に襲われるのは辛い。
問題は、鮫の魔物が凶悪な事ではない。
「どうして、水中でもないのに泳げるんだよ!?」
結界内は空気もある水のない場所。
にも関わらず水中のように空中を泳いでいる鮫の魔物。
そんな魔物が、左右から2体も襲い掛かって来た。
『マルス!』
『喚んで!』
「【召喚】」
スキルによって俺の左右にアイラとノエルが召喚される。
レーザーの届かない安全圏まで移動してしまったのだから彼女たちも移動させた方が安全になる。
「はっ!」
「ていっ!」
アイラの剣が近付いてきた鮫の魔物を両断する。
ノエルの錫杖がもう1体の脳天を貫く。まだ生きて苦痛から暴れていたものの体内へ貫いた錫杖の先端で爆発を発生させると大人しくなった。
「大丈夫でしたか?」
「今、回復魔法をかけます」
俺を心配したシルビアが体のあちこちを確認して、メリッサが回復魔法を使用して体を癒す。
「いくら擦り抜ける為とはいえ無茶をしないで下さい」
「……すまん」
必要な事だったとはいえ、心配して不安そうな表情を浮かべるシルビアを前にすると自然と謝ってしまう。
「発射された後のレーザーを目で見て認識してからスキルを使用することができない以上、レーザーを【壁抜け】で回避する為には受ける必要があります……どれだけのダメージだと思っているんですか」
致命的な場所までは届いていない。
しかし、皮膚の一部は焼け爛れていたので治療してもらう。
「お前は絶対にするなよ」
「わたしにはそこまでの度胸はありませんよ」
回復魔法を掛けてもらうだけでも大丈夫なのだが、心配性なシルビアがレーザーを受けた部分に包帯を巻いて行く。
「空を泳げる鮫なんているの?」
「あたしも初めて見たわ」
自分の得物に付いた魔物の血を拭き取りながら、襲い掛かって来た魔物について確認をするノエルとアイラ。
『空中鮫――短時間だけだけど、空中を泳ぐことができる魔物だね』
魔物に関する事なら迷宮核が一番詳しい。
俺も迷宮が生み出せる全ての魔物を覚えている訳ではない。
『空中を泳げるっていう特性があって苦戦させられるけど、空中を泳げるのはせいぜい数分が限界。もう一度泳ぐ為には水の中に戻って時間を置く必要があるんだ』
だから相手を騙しての奇襲には使えても長時間の戦闘には使えない。
けど、塔の裏から姿を現した事を考えると水中ではない場所で待ち伏せていたように見える。
『ただし、周りを膨大な水に囲まれた水気のあるような場所なら長時間でも空中を泳いでいられることができるよ』
「それなら納得だ」
周りは水に囲まれた海底。
水気には困らないという訳だ。
「ねえ、この魔物はどうするの?」
「鮫の調理なんてできるか?」
「初めてではありますが、ご要望でしたら調理してみます」
問題なさそうなのでシルビアに調理を任せることにして道具箱に収納する。
「さて、苦戦させられたけど、ようやく到着したな」
目の前には灯台のような塔がある。
塔の高さは300メートルほど。
最上部は細くなっているものの入口付近は直径が200メートル以上もある大きな建物。
入口は鋼鉄の扉となっており、誰の侵入も拒んでいるようだ。
力任せに鋼鉄製の扉を押す。
全力で押した結果、全ての人を拒むかのような扉は押し開けられた。
「行くぞ」