第5話 恩を売ろう
王都へ向けてアリスターの街を出発して3日。
「明日には王都に着きそうだな」
執事さんからもらった王都までの簡単な地図を見ながら呟く。
説明では、王都までは10日掛かると聞いていたので保存食などそれなりに用意しておいたのだが、それは安全な街道を馬車で移動し、野営などせずに途中の村や町で宿泊することを考慮した日数だった。
だが、1人旅で村には宿泊せず野営で夜を過ごし、王都までの道のりを全力疾走した結果、4日で辿り着けそうだった。
その時、空から鷲の鳴き声が響き渡る。
もちろんただの鷲ではなく、俺が使い魔として使役している鷲だ。彼には斥候として先の様子を調べてもらっていた。全力でただ駆けてしまうと先に何らかの危機があった場合に対処することができないからだ。
鷲だが、使い魔であるため鳴き声から何を言っているのかが分かる。
「この先でオークの集団に馬車が襲われている?」
迷宮魔法を使用して街道の先へと視界を飛ばすと確かにオークの集団に馬車が襲われていた。
既に1人が血溜まりの上に倒れており、生き残っている馬車の護衛6人がオークの集団と対峙していた。対するオークの集団は3体が倒れているが、まだ9体が残っていた。
護衛もかなりの手練れなんだろうが、いかんせん数の差を覆せるほどの実力があるとは思えない。
ここで街道から外れて放置するのも手なんだが……
「あの馬車、絶対に貴族のものだよな」
馬車には、どこの物なのか分からない家紋が描かれている。貴族は馬車で移動することが多く、身分を証明する為に馬車に家紋を描くことがあると聞いたことがあった。現にアリスター伯爵も所有している馬車に家紋を描いていたはずだ。詳細な家紋は覚えていないけど。
「相手が貴族だっていうなら恩を売っておくのもありだな」
襲われている場所へと全力で駆ける。
☆ ☆ ☆
「このっ!」
剣を持ったオークの上から振り下ろされた攻撃を盾で受け止める。
しかし、膂力で勝っているオークの攻撃を完全に受け止めることはできず、後ろに飛ばされると尻餅をついてしまう。
オークがそのまま突き殺そうと俺の胸へと剣先を向ける。
(これまでか!)
俺が最期の瞬間を感じて思わず目を閉じてしまう。
しかし、その瞬間はいつまで経っても訪れず、正面からはビチャビチャという水が落ちる音が聞こえる。
恐る恐る目を開けると、そこには剣を持っていた腕を肘辺りから失ったオークが傷口から血を流していた。
(いったい、何が?)
そんなことを考えている間にドサッという重たい音が響き渡る。
俺も含めて護衛の全員がそちらの方を向けば、首を斬り飛ばされ、地面に倒れたオークの胸に片足を乗せて剣を持った少年が立っていた。
誰の目からも明らかだった。
――あの少年が一瞬の内にオークを斬り倒した。
「加勢します。皆さんは馬車を守ることに集中して下さい!」
その言葉に全員が正気に戻る。
☆ ☆ ☆
ふむ。やはり、訓練された護衛なだけはあるのか、自分たちを散々苦しめていたオークを瞬く間に倒した俺を見て驚いていたが、仕事を与えると一瞬の内に正気に戻っていた。
オークの集団は瞬く間にオークの1体を倒した俺を脅威と見做したのか半分の4体が俺へと向かって行き、残りの4体が馬車の方へと向かって行った。俺が腕を斬り落としたオークも俺の方へと向かってくる。迷宮の魔物ではないので感情を読み取ることはできないが、その表情は明らかに怒っていた。
怒った魔物ほど厄介なものはない。
「お前ら、俺を舐め過ぎ」
それなりに知能があるのか集団で1人を囲めばどうにかなると分かっているらしい。
たしかに俺が見た目通りの剣士なら1人で集団を相手にするのは難しかったのかもしれないが、こっちは魔法も使える剣士だ。
囲んでいるオーク4体の腕にナイフを投げて突き刺す。
「何をやっているんだ!?」
馬車の方から声が飛んでくる。
心配になって見ていた護衛の1人がオークの厚い筋肉の前では無力なナイフを突き刺しただけの俺を見て声を上げたのだろう。
だが、ナイフが本当の力を発揮してくれるのはここからだ。
4体のオークにナイフから電撃が流れ、肉をこんがりと焼き上げる。さすがに体内に突き刺さったナイフから電撃を流されては防ぐ手段がない。3体が倒れ、俺に腕を斬り落とされたオークが気力だけで立っているが、火球を頭部に当てて爆発させると倒れてしまった。
「え?」
オーク4体を倒した俺の姿に護衛たちが動きを止めて目を丸くして驚いていた。さらに言えば残りのオークたちも驚いている。
これだけ減らせば問題もないだろう。
一番近くにいたオークに飛び掛かり剣を一閃させると、その首を斬り飛ばす。
首を斬り飛ばすという光景に怒ったオークが1体武器を持って襲い掛かってくるが、俺には巨体なだけで脅威には感じない。オークの攻撃を悠々と躱すと心臓を剣で一突きする。
剣を引き抜くとオークの胸から大量の血が流れ、倒れるとそのまま息を引き取る。
「ん?」
ドタドタという慌てた足音に離れた場所を見ると、既に残りのオークがバラバラの方向へ逃げ出した後だった。
「逃がすつもりなんかないっての」
魔法を発動させながら手を軽く振るうと風の刃が逃げ出したオーク2体へと迫り、オークの首を斬り落とす。
「ま、こんなもんでいいだろ」
馬車に襲い掛かっていたオークが全て倒された。
わざわざこんな方法で倒したのは俺の力を襲われている貴族に見せるためだ。
最初に強力な魔法で注意を引き、固い筋肉を持つはずのオークを首を斬り飛ばすという方法を持って倒すことによって俺の力がオーク以上にあるということは十分に理解してもらえたはずだ。
「大丈夫でしたか?」
「ええ、あなたが駆け付けてくれたおかげで助かりました。複数のオークを一瞬の内に倒してしまうとは、さぞ名のある冒険者なのでしょうね」
俺が1人で行動し、着ている服装などから個人の冒険者だと判断したか。
ただ、名のある冒険者っていうのは間違いだな。まあ、否定したところで俺に何らかの利益があるわけでもないのでわざわざ否定したりしないが。
「ところでオークたちについてなのですが、私が倒した分については私が引き取ってもよろしいでしょうか?」
「当然の権利ですね。どうぞ、持って行ってくだ――」
「ならんぞ!」
ください、というセリフが途中で遮られた。
遮ったのは襲われている間、馬車に乗って隠れていた男だ。男は、30代ぐらいで貴族らしい豪華な服に身を包んでいたのだが、アリスター伯爵とは違ってお腹がタプタプとした男性だった。
「あの、一体何がダメなんでしょうか?」
「オークの死体を持って行くことだ。ダメに決まっているだろうが!」
アリスターの街で先輩冒険者に混じって護衛依頼を受けたことがあるので、こういう時には救援に駆け付けた冒険者に所有権を主張する権利があることは知っている。
それを目の前の貴族はダメだという。
「あの……こういう場合は、オークを倒した私に権利があるはずなんですが……?」
「ふん。お前がさっさと駆け付けなかったせいで護衛が1人で死んでしまったではないか。それにこいつらは私を狙ってやって来た魔物だ。よって、私の物だ」
こいつは、何を言っているんだろうか?
魔物が人を襲うことはあるが、それは美味しいと知ってしまった人の肉を追い求めての行動であって特定個人を狙ってのものではない。たしかに使い魔や召喚獣のような特殊な例なら特定個人を狙って行動することもあるが、こいつらにそんな様子はなかった。
おそらく、たまたま街道を走っていた馬車を狙ったに過ぎないのだろう。
と、護衛の1人が申し訳なさそうに事情を説明してくれる。
「申し訳ありません。大変申し上げにくいのですが、私共の主は現在お金を必要としておりまして……」
「貴族がオークの死体を必要とするほど大変な状況なんですか?」
「いえ、すぐに困るような事態ではないのですが、少しトラブルがありまして今後は厳しくなることが予想されるのです」
一応、小声で相談しているので貴族の男性に聞かれる心配もない。
「だからと言って譲るつもりなんてありませんよ」
恩を売るつもりで助けたが止めた。
こいつの様子を見るとオークの死体を譲り渡したところで恩を感じることはないだろう。常識的な範囲で何一つとして譲るつもりなどない。
俺と話していた護衛が諦めたように溜息を吐くと貴族の男性に耳打ちしてアドバイスしていた。そして、頷くとアドバイス通りに行動することにした。
「分かった。見たところ馬車もないようだし、仲間も近くにはいないのではないかね?」
「そうですね。王都に行く途中でしたが、ソロで活動している冒険者なので仲間もいませんし、歩いて向かうつもりでいました」
「そんな状態では、オークの死体を運ぶのは大変だろう。ならば、持ち運べる分だけ持って行くがいい。残りは、私たちが運んでやろう」
なんだか対等な条件を突き付けているように言っているけど、要は僅かな量しか持ち運べない俺の姿を見て、残りを全て自分の物にしようってことだろう?
まあ、オークほどの巨体なら1人で持ち運べる量なんて1体ぐらいが限界だからな。
「分かりました。持ち運べる量だけ持って行くことにします」
「ああ、状態の良い物を選ばせてやるからさっさとしろ」
綺麗な状態で残す為にわざわざ首を斬り落とすだけに留めておいた死体もあるから、それぐらいは譲ってやろうって魂胆だな?
じゃあ、せっかくだから持ち運べるだけ持って行くことにしよう。
「はい。持ち運べるだけ持って行きました」
「は?」
そこにはオークの死体は2つしか残っていない。
収納リングに入れるフリをしながら道具箱の中に死体を収納していった。
「お、お前何をした!?」
「ああ、私が装備しているこの指輪は収納リングと言って亜空間に色々な物を収納しておくことができる魔法道具なんです。条件は『持ち運べるだけの量』ということでしたので、きちんと収納リングに入る量まで入れましたよ」
「きさま……!」
「まさか、貴族様が1度言ったことを撤回するようなことはありませんよね」
「ぐっ……」
とうとう言葉に詰まってしまう。
本当に全ての死体を持って行ってしまってはかわいそうなので、護衛の彼らが倒した死体についてはそのまま残してある。
「では、王都へ急いでおりますので失礼させていただきます」
全力で走ると、彼らはあっという間に置き去りにされた。
「貴族であるこの私を馬鹿にしおって! 覚えておれよ!」