第8話 海底遺跡侵入
潜水艇を海底にある遺跡に向かって潜行させて行く。
探索の参加者は俺と眷属全員だ。
遺跡へは潜水艇を使用しなければ侵入することができず、今まで体験したことのない海底が目的地ということもあって何があってもいいように全員参加だ。
今日の目的地は都市の中心にある塔ではない。
都市を覆うように張り巡らされている結界は、結界内の環境を一定に保つだけでなく外敵から都市を守る役割も担っていた。
「あそこからなら侵入できそうです」
潜水艇の中から遺跡を観察していたシルビアが一点を指す。
そこは、都市の出入が可能な門。
「門だから人の出入が可能なように薄くしていたのか?」
シルビアには結界の中でも薄い場所を探してもらっていた。
結界は魔力で作られているため魔法使いであるメリッサの方が適任かと思っていたのだが、海中を流れる魔力が探知を邪魔して上手く行かないらしい。
そうなると頼れるのがシルビアしかいなかった。
どうやって探知してみたのか確認する。
「勘です」
誇らしそうに言った。
まあ、問題なく門から侵入する事ができたから別にいい。
門の部分だけは薄い皮が張ったような場所になっており、擦り抜けるようにして潜水艇が結界内に侵入する。
「……っ! 全員、何かに掴まれ!」
俺の合図にシルビアたちが近くにあった座席などに手を伸ばす。
「え……な、何!?」
ただ一人、こういう状況には不慣れなノエルがあたふたしていた。
そうこうしている内に前進させていた潜水艇が下に落ちる。
――ズシン!
衝撃が潜水艇全体に走る。
落ちたのが僅か数メートル程度だったので潜水艇が壊れるような事もない。
「問題ないか?」
「大丈夫です」
シルビアが手を上げる。
他の面々も特に問題なさそう……
「ううっ、痛い……」
唯一、衝撃に備えられなかったノエルがお尻を打ってしまったらしく手で押さえていた。
「今後はこういう突発的な事態にも対処できるようにならないとな」
俺が休んでいる間もコツコツとレベルを上げていたノエル。
今では雷獣とも互角に渡り合えるようになっているので今月中には勝てるようになるだろう。
「とりあえず遺跡内に入ることに成功したな」
窓から外の様子を見る。
海底であっても輝いているのが見えた水晶玉が太陽の代わりを担っているのか、海底にありながら昼間のように明るかった。
潜水艇のハッチを開けて出てみる。
結界に覆われているおかげで水中ではない。
呼吸もできる。
見上げれば水晶玉が放つ光、水面に反射された光が遺跡内を満たしていた。
「どうやら問題ないみたいだ」
「……どうしてご主人様が先に出ているんですか?」
「悪かった」
ジト目で潜水艇内から見上げて来るシルビア。
スカートの者もいるので先に出ることにしたのだが、外が危険かもしれないという可能性を忘れていた。
「よっと」
地面も普通だ。
むしろ硬い地質らしく、ちょっとやそっとの衝撃では壊れなさそうだ。
「いや、潜水艇が落ちた時は危なかった」
潜水艇の方が少しだけ凹んでいる。
もしも、柔らかい地質で穴でも開けてしまったせいで海底から水が噴き出してくるようなことになれば、空気のあるここも水に埋もれていた可能性がある。
次々に潜水艇から下りて来る眷属たち。
飛び降りて来る全員をキャッチして下ろす。
「ありがとう」
最後にアイラが降りて来る。
「なあ、やっぱりお前は留守番をしないか?」
「いいじゃない。海底に沈んだ古代の遺跡。冒険者なら心躍るシチュエーションよ。こんな場所を探索せずにはいられないじゃない」
「そうかもしれないけど……」
冒険者としてなら賛成できる。
しかし、シエラの事を思うとどうしても危険な目には遭わせたくない、という思いが先に来る。
だから、妥協案を出す。
「森に道を作った時と同じだ。シエラが母親を求めた時は、俺以上に優先させること。分かったな?」
「もちろんよ。戻るだけなら問題ないしね」
「私の転移が問題なく使えれば侵入も簡単だったのですが……」
メリッサが謝る。
彼女だけが使える空間魔法の【転移】。潜水艇からとはいえ、結界内にある遺跡を認識したのだから潜水艇を使わなくても移動できるのかと思ったが、どうやら結界が邪魔しているらしく空間魔法が阻害されて侵入することができなかった。
ただし、空間魔法よりも強力な迷宮魔法なら結界の有無は関係ない。
結界内から帰るだけなら簡単だ。
「謝らないで。シエラならお義母さんたちに預けて来たんだから大丈夫よ」
「分かりました」
メリッサは別れ際のシエラの顔を思い出して辛そうな顔をしている。
それは全員同じだ。
潜水艇を道具箱に収納する。
「進もう」
目指すは中央にある塔だ。
「途中にある家はいいんですか?」
「俺たちが頼まれたのは遺跡の無力化だ。他の事にまで構っているような理由はない」
「何かあるかもしれませんよ」
「そうだったとしても報告が面倒だ」
遺跡もアリスター家の物だと言い張っていた騎士。
手に入れた物を道具箱に収納してしまえば途中にどんな物があったかなどいくらでも誤魔化せるが、今後もアリスターに居続けることを考えると遺跡内で手に入れた財宝を誤魔化すなどして自分から仲を悪くする必要もない。
「人の気配がしませんね」
「こんな海底で生きていられる人がいるとは思えないな」
周囲を警戒しながら進む。
朽ちた家の窓から見える家の中にはテーブルなどの家具がそのままにされているが、ボロボロでちょっと触れるだけで崩れてしまいそうだった。
それに海底で得られる食料など限られている。
誰かがいるとすれば人間ではない。
「来たぞ」
建物の陰から何者かが体を起こす。
その者は、ボロボロの布服をまとった人骨。
人骨が片手に持った曲刀で斬り掛かって来る。
「スケルトンか!」
アンデッドの一種であるスケルトン。
生物が死んだ後で、世界を恨む想いが瘴気を集めて体内に魔石を持った魔物。
「各自、対応しろ」
剣を回避すると体の中心を膝で蹴り飛ばす。
建物の壁に叩き付けられてバラバラに砕ける。
「来ます」
音を聞き付けたのか次々と接近してくるスケルトン。
「海底遺跡で死んだ奴ら……とはちょっと違うな」
おそらく海底遺跡で亡くなったのは間違いない。
しかし、スケルトンになった彼らは同じような色の布服を着ており、時間が経過しているせいで錆び付いてしまっているものの統一された曲刀を所持していた。
「ここを訪れたのは私たちだけではなかった、という事でしょう」
「大昔に訪れた海賊ってところ?」
「そうだろうね」
それぞれの武器でスケルトンを砕きながら会話するメリッサたち。
生前が船を襲撃する海賊だったせいかスケルトンの力が多少なりとも強化されているもののスケルトン程度に苦戦するはずもなく、気付いた時には30体分の骨が倒れていた。
「後で埋葬してやるか」
どうやって侵入したのか方法は分からないが、こんな誰の目に触れることもない海底の都市で眠らせたままにするのは可哀想だ。
骨が転がる場所の中心に道具箱を出して次々と収納していく。
まあ、せっかく倒したのだから売れる素材である魔石ぐらいは回収するついでだ。
「……ん?」
1体だけ遠くへ飛ばし過ぎてしまったのか道具箱の収納可能範囲から出てしまった骨があった。
倒れた骨に手を伸ばす。
「危ない、マルス!」
アイラに蹴り飛ばされる。
「おいっ……!」
次の瞬間、俺の立っていた場所を光の線が駆け抜けて行った。