第6話 海中探索
海へ辿り着いた翌日。
「今日は海中探索をしたいと思います」
海に道具箱から出した潜水艇を浮かべながら今回の旅行に付いて来た面々に言う。
「参加したい人」
「「「はい!」」」
妹たち3人は即座に手を上げていた。
去年も海中探索には連れて行ったので気に入ったのかもしれない。
「海中探索?」
一方、参加していないエルマーは言葉だけでは理解できていなかった。
「潜水艇か。地位の高い者でも手に入れるのが難しい代物だ。よく入手することができたな」
エリオットは珍しい物を見られて感心していた。
「これで海中を探索するつもりか」
「乗りますか?」
「いいのか!?」
俺の提案にエリオットが身を乗り出していた。
今日は同行する予定のなかったエリオットだったが、子供は子供同士で集まっていた方が楽しいのかクリスたちと一緒に行動していたところに潜水艇を出したところ興味を持ってしまった。
別に数人増えた程度では定員オーバーという訳ではないので問題ない。
それよりも平静を装いつつも興味津々な姿が印象的だ。
「いけません。エリオット様」
護衛騎士の隊長が止める。
「なぜだ?」
「このような魔法道具。どのような危険があるのか分かりません」
次期領主の身を心配するのは騎士として当然。
だが、エリオットは次期領主ではあるものの成人していない子供。
「これも経験です。少しは遊ばせてあげた方がいいのでは?」
「しかし……」
隊長は了承することに渋っていた。
万が一の事があった場合には盾になってでも主を守るのが騎士の役割だが、海中で何かがあった場合には何もできない。
「そうですね。もしも、何かあった場合には優先して責任を持って連れ帰ることを約束します」
「僕からも頼む」
「……仕方ないですね」
子供から懇願されて隊長が渋々ながら了承した。
ただし、海中では無意味に人数がいても意味がない。そこで、俺の兄であるカラリスと女騎士のエクセラだけが付いて来ることになった。
「うむ。では行くぞ」
潜水艇のハッチを開けてあげるとエリオットが真っ先に飛び込む。
次々と乗り込む海底探索の参加者たち。
去年も体験しているクリスたちはワクワクした表情で、初めて体験するエルマーやノエルの家族は不安が混じっているのかソワソワした様子だった。
「……って、シエラも連れて行くのか?」
「ダメ?」
「あぃ」
シエラを抱いたまま潜水艇に乗り込もうとするアイラを止める。
自分も行く、と感じに両手を上げるシエラ。
家族が次々と乗り込む姿を見て置いて行かれると思ったのだろう。
「危なくないか?」
一応、潜水艇の設計上は子供や赤ん坊が乗り込んでも大丈夫なようになっている。
それでも自分の子供ともなれば不安になってしまう。
「さすがにエリオットは乗せたのに自分の子供は乗せないなんて真似をすれば不満が出るわよ」
アイラの言う通りだ。
少なくとも「危険だから」という理由で乗るのを止めることはできない。
「……分かった。連れて行こう」
「あぃ!」
置いて行かれないと分かって嬉しそうにするシエラ。
最後に俺も乗り込んでハッチを閉じると参加者が全員乗り込んでいることを確認してから潜行させる。以前はアイラが操縦していた潜水艇だが、今はシエラを抱いているため操縦は俺がすることになった。
「発進」
沖へと進んでから潜水艇は身を沈めて行く。
「わぁ!」
しばらくすると潜水艇の窓から外の様子が見られるようになる。
「これが海中か」
「凄いです」
初めて海中を見るエリオットとノキアちゃんが喜びを露わにしていた。
「……」
同じように初めて海中を見るエルマーは目の前の光景にただ目を奪われていた。
「色々な魚がいるんですね」
潜水艇の近くを泳ぐ色とりどりの魚を見ながらノキアちゃんが呟いた。
この辺りにいる魚は警戒心が薄いらしく潜水艇が近付いているにも関わらず、暢気に泳いでいた。
おそらく、これまで人間と接触する機会もなかったので危機感がないのだろう。
1匹の魚がノキアちゃんの覗いている窓の前に現れて潜水艇と並んで泳いでいる。
魚とノキアちゃんの視線が交わる。
見られていることに気付いた魚は嬉しそうに尾びれを動かしていた。
「ふふ、かわいい」
可愛らしい姿を見せてくれる魚に気分を良くしたノキアちゃんが動きを合わせるように尻尾を左右に振っていた。
二人の動きがシンクロする。
やがて、魚の方から離れて行った。
「ああ……」
名残惜しそうにしていたけど、あんなに人懐っこい方が異常なので諦めてもらうほかにない。
「随分と深くなってきたな」
エリオットが言うように数百メートルも沖へ向かえば大きな断層のある場所へと出た。
海中は深く潜れば潜るほど陽の光が届かなくなり暗くなって行く。
谷のようになっている深い穴の底はどうなっているのか分からないほどだ。
「ま、あそこへ行く必要はない」
今回の目的は海中がどのようになっているのか見せること。
この後で陸へ戻る時には、海から陸を見た時の景色を見せて社会勉強の一環とする目的がある。
「あぃ、あぅ、あ!」
ペチペチと何かを訴えながら潜水艇の窓を叩く。
大人の腕力でも簡単には壊れない窓。赤ん坊の手で叩いたところで壊れるようなことはない。
それでも初めて海中探索を経験したメンバーは窓が壊れるのではないか、と戦々恐々としている。
父親としてシエラを注意する必要がある。
「シエラ、窓を叩いたらダメだぞ」
「あぅ!」
注意するのだが、全く聞き入れてくれない。
それどころか更に強く叩き始めた。
「どうやら何かを見つけたみたい」
「何かって?」
「そこまでは……」
アイラは母親としてシエラが何か光物を見つけた時に欲している声だと気付いた。女の子らしいと言えるのか分からないが、様々な物に興味を持つシエラだったが、中でも光っている物には強く興味を示した。
「たしかに何かあるな」
「見つけたんですか?」
シエラだけでなくエリオットまで何かを見つけたらしい。
二人とも闇に包まれた海底を見つめている。
「……あった」
アイラも光っている物を見つけた。
「本当だ」
俺たちも認識した。
と言っても自分の目で見つけた訳ではない。
眷属の誰かが見つければ、その者と視界を共有して対象を見る。
「すまない。向かってもらえるだろうか?」
「ええ、いいですよ」
こっちも興味があった。
潜水艇をゆっくりと沈めて行くと光っていた物の姿が明らかになって行く。
それは、建物の頂点に備え付けられた直径が10メートルほどもある大きな水晶玉だった。
「あぃ!」
これは俺でも分かる。
どうやら我が家のお姫様は巨大な水晶玉を所望のようだ。
「ごめんね。これは持って帰られないんだよ」
道具箱の能力を使えば持って帰れなくはないが、こんな巨大な代物を赤ん坊に与えることなどできるはずがない。
これまで安価な物なら可能な限り買い与えていた。
しかし、世の中には金では手に入らない物があるという事も教えねばならない。
「あ~~~~~!」
残念ながら父親の薫陶は伝わらなかったようで、それほど広くない潜水艇の中で泣き出してしまった。
「アイラ」
「はいはい。ごめんね」
アイラの姿が消える。
泣き出したシエラと一緒に屋敷へと帰った。
「申し訳ございません」
「いや、赤ん坊が泣き出してしまっては仕方ない」
エリオットから許しを貰えた。
もっと問題になる物が目の前にあった。
「どうしますか?」
「まさか、このような遺跡があったとは思いもしなかった」
水晶玉があった場所だが、結界に覆われた巨大な建造物の上だった。
既に誰も住んでいない建造物――海底遺跡が目の前にあった。