第38話 親
「――という訳で無事に生まれました」
「おお!」
翌朝、デイトン村へ戻って来ると子供が無事に生まれた事を冒険者全員に報告する。報告する人数が多いけど、この場にはアイラの事を知っている人物もいて心配させてしまったみたいなのでちょうどいい。
もちろん俺や床が大変な事になっていた件は伝えていない。
あくまでも急な出産のせいで不安になってしまったので俺を必要としていた、とだけ伝えた。
「本当によかった」
「これで、お前も親か」
「新人だった頃を知っている身としては感慨深いな」
全員が祝福してくれていた。
「本当に助かりました」
やはり立ち会う事ができてよかった。
俺たちの力を必要としてくれていた事もそうだが、それ以上に子供が誕生した瞬間を見ることが嬉しかった。
それもクレイグさんが戻るように言ってくれなければ叶わなかった。
「早く依頼を終わらせて赤ん坊の顔を見に行きたいな」
「そうね」
彼らはシエラの顔を見たいと言ってくれた。
冒険者の中には教育上よろしくない荒くれ者もいるのだが、クレイグさんたちなら大丈夫だろう。
「それならいい方法がありますよ」
少々浮かれすぎてしまっていた。
それと、生まれたばかりのシエラに構っていて全く眠れていないせいでテンションがおかしな事になっていた。
光属性魔法と闇属性魔法を混合させた魔法――投映。
闇属性魔法で作り出した背景の上に使用者が見たり、イメージしたりした光景を映し出す魔法。
攻撃魔法でないうえに二種類の属性が使用することができて、精緻な魔力操作ができなければならないと使うことができない魔法なので冒険者には好まれていない魔法として知られている。
投映を用いて空中にスヤスヤと眠っているシエラの姿を映し出す。
「これが今朝こっちへ戻って来る直前の姿です」
「そうか」
「で、こっちが上から覗き込んだ時に手を一生懸命伸ばしている時の姿です」
「……」
「あ、これは1時間前に大泣きした時の姿ですね」
たまたまアイラが傍にいない時に起きてしまった。
まだ何も見えていないはずなのだが、母親が近くにいない事を感じ取ったのか全力で泣き出してしまって大変な思いをさせられた。
「ええと、後は――」
記憶の中にあるシエラの姿を次々と映し出して行く。
☆ ☆ ☆
「ねぇ、マルスって……」
「本人に自覚はありませんが、間違いなくそうでしょう」
魔法で作り出した絵を見せるマルス。
まだシエラが産声をあげてから半日程度しかないのだが、シエラが見せる全ての表情を覚えているようで絵が尽きる様子はない。
「親馬鹿ですね」
生まれたばかりの子供を自慢しているようにしか見えなかった。
こんな自慢話に付き合わされている冒険者が可哀想だ。
「どうするの?」
「そろそろ止めましょう」
残念ながら冒険者としての仕事が残っている。
それに彼女たちは少しでも体力を回復させておきたかった。
数時間おきにシエラが時間を気にせずに泣き出してしまうので、何度も起こされてしまい満足に寝られなかった。
マルスなどずっと起きていたぐらいだ。
ところが、テンションが維持できているおかげか疲れた様子を見せていなかった。
このまま放置してしまうと3日や4日ぐらいは起きっ放しになりそうだ。
「あの――」
「ちょっといいか?」
マルスに声を掛けようとしていたシルビアを呼び止める人物がいた。
パーティメンバーは他にもいるのだが、単純にメイド服を着ている人物の方が話し掛けやすいからという理由でシルビアを選んでいた。
「どのようなご用事でしょうか?」
☆ ☆ ☆
部屋の入口に近い場所でシルビアとリューが話をしていた。
「どうした?」
リューの隣にはノーラさんまでいる。
「昨日の一件について何人かには説明した」
「そうしないとダメだろうな」
学校からの報酬。
あの金は村全体への金であり、村長であるリューは村の為に使わなければならず預かっているだけに過ぎない。
それなのに、いくら村の一員であるカレンの為とはいえ勝手に使ってしまったのは問題だ。せめて、村人に説明して納得してもらわなければならない。
「まずは、改めて礼を言いに来た」
そう言って頭を下げるリュー。
「私からお礼を言わせてもらうわ」
ノーラさんも頭を下げる。
幼少の頃から俺たちの面倒を見て来たノーラさんにとって手の掛かる妹のような存在だったとしてもカレンを見捨てることはできない。
「あの子を助けてくれて本当にありがとう」
「今回の件、簡単に付いて行った生徒にも問題がありますけど、連れて行ったカレンにこそ大人として問題がある事は理解していますか?」
「もちろんよ」
残念ながら同じ行動をしたとしても大人と子供では責任の重さが違う。
カレンは大人になり切れていないせいでその辺りの事が全く理解できていない。
「ただ、本当に困っていてね」
いくら注意しても本人の自覚が足りないせいで大人になってくれない。
こういう意識の問題は、本人が自覚しない事には改善されないから難しいところではある。
「何かいい方法があればいいんだけど」
ノーラさんは本気で悩んでいた。
「まあ、ない事はないと思いますけど」
実体験とは少し違うが、実例を知っている。
「どんな方法?」
「親にでもなれば大人しくなるんじゃないですか?」
そこでシエラを抱えて穏やかな笑みを浮かべているアイラの姿を見せる。
普段のアイラを知っている冒険者たちは驚いていた。
妊娠している時から時々優しい笑みを浮かべるようになっていたが、シエラを抱いている時は常に優しい笑みを浮かべている。
「この子、たしかマルス君が連れて来た子よね」
「という事は……」
ノーラさんとリューの視線が抱かれている子供に向けられる。
「あ、昨日生まれたばかりの子供です」
「「……!」」
二人とも驚いている。
まさか、自分よりも年下の俺に子供が既にできているとは思っていなかったからだろう。
「い、いつの間に……」
「前に来た時から1年以上も経っているんですから子供ができていてもおかしくないじゃないですか?」
相手が未だにいないノーラさんは仕方ない。
けど、カレンがいるリューに子供ができていないのは少し問題かもしれない。
田舎にとって子供は貴重な労働力とも言えるので余裕があるなら多くの子供を作るべきだという風習が昔にはあった。
しかし、その風習も前村長の時には薄れて行った。
理由は、村長の子供がカレン一人しかいなかったからだ。
奥さんとの仲が良くなかったなど、色々と噂されていたが実際のところは分からない。
「子供を抱いている時のアイラなんて凄く大人しいものだぞ」
「そういうものか?」
俺の提案にリューは首を傾げている。
「まあ、俺のフェリシアも母親になってからは子供の事を第一に考えるようになっていたな」
「そういう訳だ。少しは納得してくれたか?」
「ああ……けど、そういう事に関してカレンは消極的なんだよな」
「そこまで首を突っ込むつもりはない」
夫婦間の仲にまで口出しするつもりはない。
「さ、皆さん。さっさと仕事に行きましょう」
「なんだか急いでいない?」
別に急いでいるつもりはない。
急いだところで解決する問題ではないからだ。
それでもソワソワしてしまうのを抑えられない。
「こっちは依頼なんてさっさと片付けて屋敷に帰りたいんです」
あと3日間は依頼を引き受けている為に村に居続けなければならない。
早く依頼が終わる事を祈りながら生徒を護衛する為に畑へ赴く。