第4話 領主の依頼
「彼の名前はペールと言って、王都で冒険者をしている者でね。別件でアリスターの街を訪れることになっていたので、君の実力を正確に確かめる為に呼ばせてもらったんだ」
ソファの後ろに立つ冒険者風の男を紹介してくれる。
やっぱり、冒険者だったか。そして、貴族から直々に指名されて依頼を受けるということは、それなりに知られた冒険者であるはずだ。
「それで、彼のステータスはどうだった?」
伯爵が尋ねるとペールと呼ばれた冒険者が首を振っていた。
鑑定が失敗したことについては知っていたので俺は驚かないが、伯爵は驚いていた。
「君が失敗するなんて珍しいね」
「まず、対象を鑑定する時に言えることですが、自分よりも強い相手を鑑定するのは非常に難しく、失敗する可能性が高いです。私の場合は、自分の魔力よりも高い魔力を持った者を鑑定できないという欠点があります。私は、魔力にはそれなりに自信があり、5000ありますのでSランクのような化け物が相手でなければ失敗することはありえません」
やはり、Sランクにまで上り詰めるような人たちは化け物扱いを受けますか。
そして、俺はそんな人たちと同程度に考えられている。
たしかに普通の人から考えれば5000という数値は破格なのだろう。だが、生憎とこちらは16510も魔力がある。ギルドへ持ち込むために何度も『迷宮魔法:道具箱』を使用していたら魔力が微妙に増えていた。
「それに失敗した場合でも相手がどれくらい自分よりも多い魔力を持っているのか大凡分かることができます。だが、ありえない……俺の3倍だと!?」
驚き過ぎたのか伯爵の前で使用していた『私』が崩れて『俺』になってしまった。
うん、驚かせてしまったようでごめんね。ただ、正確には3倍じゃなくて3.3倍以上だけど、そんな細かいことを教えてあげる必要もないか。
「それに……」
「まだ、あるのか……」
伯爵が溜息を吐いてしまった。
「装備品についてもレア度のランクがSでもなければ鑑定が通用します。ですが、彼の装備している剣にコート、靴にも鑑定を使用しましたが……」
失敗した、ということは俺の装備品がSランクだと言っているようなものだ。
「なるほど。本人の実力も然ることながら装備品も一級品ということか」
伯爵の視線が後ろにいる人物たちには分からないように一瞬だけ部屋の入口にいる兄の方へと向けられる。
兄は、伯爵たちの俺に対する評価を聞いても冷静にあろうとしていたが、この状況では驚いてもらった方がよかった。この状況で反応が薄いということは、事前に事情を知っていたと言っているようなものだ。
「分かった。君の実力を正確に把握できなかったことは残念だが、今回は見送ることにしよう」
伯爵が納得した後、後ろに控えていた執事が銀の盆に乗せて一通の手紙を渡す。
「君を呼んだ本命は、君にある依頼を受けてもらいたいからなんだ」
「依頼、ですか?」
それなら、ギルドに行って依頼を出してもらえばいいのでは?
「今回の依頼は、なるべく秘密裡に行いたい。と言っても君にしてもらうのは簡単な配達仕事だ」
この手紙を届けてくれということだろうか。
「この手紙と1つの魔法道具を王都にいる私の知り合いである貴族に届けてほしい。その魔法道具はちょっとした衝撃でも壊れてしまう繊細な代物なので、王都までもゆっくりと時間を掛けて行かなければならないところなんだが、君の存在を思い出したので届けてほしいんだ」
その言葉で、どうして伯爵が俺に依頼したかったのか理解した。
俺が持っている収納リングを頼っているのだ。これに収納して俺が王都まで行けば、どんな衝撃を加えられても収納リングそのものが壊れでもしない限り、旅の途中で衝撃によって壊れることはない。
聞いた話によれば、王都までは馬車で10日以上の距離があり、道のりは街道があるおかげで舗装されているものの長時間の移動によって衝撃がそれなりに発生する。それに途中で魔物の襲撃でもあって守り切れなければ無事では済まされないかもしれない。
そういう意味では、収納リングを持つ俺は渡りに船だったわけだ。
だが、そういった事情を知らない冒険者が伯爵に提案した。
「伯爵様。その依頼、王都でAランク冒険者をしている私が務めましょう」
「君が?」
「はい。たしかに鑑定能力を評価されてはいますが、魔力が5000もあるので魔法も得意としております。依頼もあるので出発は3日後になりますが、その後は王都へ帰ることになりますので私がその依頼を受けても問題ないはずです」
たしかに王都へと帰る予定があるのなら、その人に頼んだ方が合理的だし、帰るついでにということで報酬を安くすることもできるだろう。
ただ、こっちには収納リングがあるので安全面では勝っている。
「残念だが、この依頼は彼に受けてもらうことは決まっている」
「……理由を教えてもらってもいいですか?」
「人を見極めるのが得意な君が彼は規格外であると評価したのだ。ならば、きっと彼は将来大成するに違いない」
伯爵は俺を高く評価してくれているようだが、俺はそこまでのことをするつもりはない。
冒険者を続けているのだって迷宮主になる前に迷宮へ潜る為に冒険者になり、依頼を受ける必要性などなくなったが、せっかく冒険者になったのだから、ということで続け、村長からの依頼を受ける為に続けている内に辞めづらいBランク冒険者になってしまった。
長期間依頼を受けていなければ冒険者ギルドから注意され、改めない場合には冒険者資格を剥奪されることもあるそうだが、そうなったらそうなったで問題ないと考えているのでそこまで不自由しない範囲で冒険者を続けるつもりでいた。
だから、自分としては大成するつもりなど微塵もないんだが……。
「そんな彼と繋がりが以前からあると示す為にも依頼を受けさせる必要があるのだよ」
たしかに貴族から受けた依頼を貴族相手にすれば、その話は自然と貴族の間で浸透するだろう。俺みたいに大した実績のない者が相手だから今は騒がれるようなことはないだろうが、伯爵が言うように大成すれば……いやいや、だから大成でもして身動きの取りにくい上級の冒険者になってしまったりしたら大変だ。
とはいえ、アリスターの街の領主である伯爵の依頼を受けないわけにはいかないな。
借金を背負わされた時と同じようにこの街で過ごしている家族が人質に取られているようなものだ。
なにより、領主である伯爵とは敵対したくない。
「彼のように不審な者を傍に置いておくつもりですか?」
「たしかに君が鑑定してくれたおかげで『装備品などの力によって力が上昇しただけ』という可能性はなくなったわけだ」
他にもスキルによってステータスに影響されることなく、魔物を倒すことができたかもしれないが、俺が規格外の力を持っていることまではペールが調べてくれたおかげで知られてしまった。
「さて、マルス君に確認だ。君は、私と敵対するつもりはあるかね?」
伯爵としては、色々と村で起こった出来事に対して後手に回ってしまったのでこの質問に対する答えさえ聞ければいいのだろう。
俺は思った通りに答える。
「敵対するつもりはありません。具体的なことは言えませんが、私の得た力は迷宮に関連する力です。その力を使う為には迷宮が今の形のまま維持されている必要があります。その為にもアリスターの街には今後もあって欲しいと思っています」
「分かった。具体的なことは聞かないでおこう。ただし、街が危機に瀕した時には、君の力を頼りにさせてもらうことになるが、構わないかな?」
「ええ、できる範囲で協力させていただきます」
それぐらいなら大した手間でもない。
「いいだろう。では、あれを持ってきてくれ」
伯爵が言うと執事がテーブルの上に1つの水晶を置いた。
直径30センチほどの透き通った美しい水晶で、素人の俺でも見ただけで高価な物だということが分かる。そして、ちょっとした衝撃を加えるだけで簡単に壊れそうだ。
「この魔法道具と手紙を王都にいるウェイン子爵に届けてほしい。成功報酬として金貨5枚を用意しようじゃないか」
「ありがとうございます。この場でお預かりしてもよろしいでしょうか?」
「もちろん」
水晶と手紙に触れて収納リングの中に収める。
初めて見る収納リングの性能に驚いていたペールだったが、鑑定を使用して納得していた。あー、この収納リングだけは性能にそれほど拘らなかったからランクは低いんだよな。
「ウェイン子爵の屋敷がある場所などの詳しい情報については、執事のバルードから聞いてくれ」
「分かりました」
執事のバルードさんに別室へ連れられ、屋敷だけでなく王都までの行き方についても聞く。
そういえば話に聞いただけで、王都まで行ったことは今まで1度もなかったな。