第34話 Aランク冒険者の報酬
生徒とニーファ先生、ジェスロさんを守りながら村へと戻りながらノエルの戦闘を見させてもらっていた。
まだ危なっかしい面はあるものの高ランクの魔物を相手に戦うことができているみたいで安心した。
と言っても電撃鹿相手に苦戦するとは全く思っていなかった。
一般的な冒険者にとって電撃鹿が脅威と見做されるのは放たれた電撃が体を守ってしまい、電撃を浴びせられると痺れて動けなくなってしまうからだ。時には電撃で焼かれて死んでしまう者もいるので本当に危険な魔物だ。
だが、村に来る1週間前に自力で地下40階へ到達していた。
それからは雷獣を相手に訓練を続けていた。
果たして、普段から雷撃を放つ魔物を相手にしている者が電撃鹿程度を相手に苦戦するのか?
結果は――全くダメージを受けずに勝利を収めていた。
スキルも問題なく使えているみたいだし、今後も大丈夫だろう。
「という訳で子供たちは連れ帰ったぞ」
村に戻った俺は村長宅を訪れていた。
ニーファ先生は他の先生たちと一緒になって森へ行った生徒に説教をしている。
ジェスロさんも回復薬のおかげで負傷はどうにかなったもののクリスタルライノスとの戦闘によるダメージは相当体に残っている。
そういう訳で村長への報告の為に訪れているのは俺とカレンだけだ。
シルビアだけはメイドとして付いて来ている。
「助かった」
「生徒を守るのが俺の仕事だからな」
村長であるリューが頭を下げていた。
「ふん、そういう依頼を受けているんだから守るのは当たり前よね」
しかし、今回の元凶と言ってもいいカレンは全く反省した様子がない。
「カレン――」
「なによ当然の事じゃない」
当然の事、か。
なら、こっちも当然の権利を主張させてもらうだけだ。
「そろそろ報酬の話に移ることにするか」
「報酬?」
「付いて行った事も問題だが、そもそも今回の一件は何も知らない人間が聞けば大人が子供を森へ連れ出したようにしか見えない」
課外授業で起こった事はアリスター伯爵へと伝わるようになっている。
それに被害に遭った生徒の両親にも話は伝わるはずだ。子供の口は軽い。本人たちが言わなくても話を聞いた他の生徒が親に報告して、巡り巡って彼らの両親にも伝わるようになっている。
隠し通すのは無理だ。
そんな話が伝われば村の評判は更に落ちることになる。
森や畑からは得られない物をアリスターから行商に頼っている村にとって都会から見捨てられるのは致命的とも言えた。
「……どうすればいい?」
「対価をきちんと払え。それで、ある程度は印象が変わるはずだ」
救援の為に自分たちも身を削った。
そう評価されるだけで少しは緩和されるはずだ。
カレンが森へ連れて行ったという事実はどう足掻いたところで消えたりはしない。
「分かった。報酬を支払おう」
そう言って金貨10枚を持って来るリュー。
思わず溜息が出てしまった。
「な、なんだよ!」
「お前は本気でこんなはした金で俺たちを雇えると思っているのか?」
「前に村長の依頼を受けた時は金貨10枚で引き受けただろ」
前――2年前に魔物から村を守った時の依頼だ。
だが、以前と現在では状態が全く違う。
「あの時の俺はEランクの冒険者だった。けど、今はノエルを除いた全員がAランクの冒険者だ」
ランクは高ければ高いほど冒険者としての質が高くなる。
実力だけでなく冒険者ギルドへの貢献度など、信頼を得ている必要もあるため高ランクの冒険者を雇う場合には高額の報酬が必要になる。
「一人当たり金貨10枚――パーティ全体で50枚を請求させてもらおう」
「そ、そんな高額……! 払える訳が……」
「ない、なんて言わせるつもりはない」
支払い能力のない奴を相手に請求しても金を回収することができないので無意味だと言える。
リューに支払能力がある事は事前に確認済みだ。
「学校から今回の課外授業の礼金として貰った金貨30枚があるはずだよな。それで支払いの一部が可能なはずだ」
アリスター家の方で要請して造った空き家。
空き家があったおかげで泊まる場所には困らなかったが、場所があるだけで困らなくなる、という訳ではない。その家を維持する為の費用。他にも村人たちから快く受け入れてもらう為の準備。
色々とお金が入用になると判断していたから礼金を渡していた。
「ところが、お前は準備を怠っていた」
「それは……」
「忙しい、なんて事は言い訳にもならない。準備が間に合わないようなら事前に連絡する。そんな常識的な事すらできないようなら最初から依頼を引き受けなければよかったんだ」
「……!」
結果的にこちらが動いたおかげで問題になるような事にはならなかったが、最悪の場合には学校側と村側で衝突していた可能性だってある。
リューにはもっと責任者としての自覚を持ってもらわなければならない。
「そ、それでも20枚足りない。まさか、いつかのように村人全員から徴収しろ、とか言うつもりじゃないだろうな」
俺自身の都合を考えるならそれでもいいと考えている。
村人は、あの時の恐怖が染み付いているみたいで去年に訪れた時も今回訪れた時も俺に対して友好的に接して来ていた。それは、偏に許してもらいたいという想いがあったからだ。
残念ながら俺にとってデイトン村は既にどうでもいい存在になっている。
今さら媚びへつらったところで評価が変わるような事はない。
だが、村が滅びるような事態は困る。
将来的に開発が進んだ時にデイトン村は中継地点として活用されることになる。その時に村が滅びているような事態になれば領主の手で1から村を作らなければならない。アリスター家の負担を考えれば村は残っていた方がいい。
だから、村人から強制的に徴収するような真似はしない。
「残りの20枚ならカレンが持っている」
「私?」
それまで自分には関係のない話だと思って聞き流していたカレンが自分の名前を呼ばれて意識を向ける。
「ああ。お前は森でクリスタルの欠片を回収しているな」
金貨20枚には及ばないが、数枚分の価値がある。
「あ、あげないわよ!」
「カレン!」
クリスタルの明け渡しを拒否したカレンをリューが叱る。
「村の為には、それが必要なんだ。大人しく渡せ」
「嫌よ。これは私が苦労して手に入れた物よ」
子供を囮にしながら手にしたクリスタル。
金としての価値はあるかもしれないが、非常に恥ずべき金だ。
「そもそも請求している金額が高額過ぎるのよ」
「さっき説明したばかりだろ」
関係のない話だと聞き流していた話を再び教える。
今度は理解したみたいで、頷いたみたいだったが、すぐに怒気をまき散らしながら立ち上がる。
「あんたには善意っていう物がないの!?」
「……どういう意味だ?」
「この村はあんたにとって故郷よ。その村が危険な状態なのを助けたら高額な報酬を請求する。血も涙もない奴ね」
冒険者になったばかりの頃に世話になったブレイズさん。
彼は故郷の村が魔物の被害に困った時には低価格の報酬で依頼を引き受けて故郷を助けている。
あの人のように俺も故郷を助けるべきだと言うカレン。
「悪いけど、これでも良心価格なんだ」
Aランク冒険者が金貨10枚。
俺とノエルが結晶犀と電撃鹿を簡単に倒してしまったせいで弱く思われてしまっているかもしれないが、本来なら村が滅んでいてもおかしくないレベルの脅威だ。
そして、Aランク冒険者でも負傷や最悪の場合には死を覚悟しなければならない。
危険度を考えれば報酬をさらに釣り上げてもいいぐらいだ。
「そ、そうだわ! 実際に戦っていたのはあんたと、あの汚らわしい獣人の二人だけでしょ」
「あ!?」
「ひっ……」
カレンの言葉を聞いて思わず殺気が漏れ出してしまった。
数が少ないせいでメティス王国では差別対象になり易い獣人だが、そんな言葉を聞いて我慢できるはずがない。
「おっと、失礼」
とはいえ、一般人を相手に殺気を向けてしまうのはマズい。
現に殺気を向けられたせいでカレンは足元に小さな水たまりを作ってしまっている。大人げない真似をする訳にはいかない。
「お前は勘違いをしているぞ」
教える必要性はあまりないのだが、仕事をしていない、などと勘違いされたままなのは我慢ならないので教えてあげることにする。