第33話 神舞
ノエル戦です。
――こっちはノエルに任せたからな。
その言葉を聞いた瞬間、わたしは胸の奥が温かくなる思いだった。
これまで『巫女』として生きて来たわたしにとって人から頼み事を言われるなんて日常茶飯事だった。けど、わたしに届けられるような願いは貴族たちのどす黒い願いがほとんどで、純粋な想いが届けられることはなかった。
けど、今のマルスの願いは違う。
手が足りなくて本当に困っていたうえでの願い。
マルスの実力なら片手間で倒すこともできたかもしれないけど、その片手間のせいで生徒たちが傷付いてしまうかもしれない。
「二人ともサポートをお願いね」
仲間に確認を取ると二人とも頷いてくれた。
なんとも頼もしい仲間だ。
村に被害が万が一にも出ないよう前に出る。
「何をそんなに怒っているのか知らないけど、森に帰ってくれないかな?」
どうせなら平和的に解決してくれた方が嬉しい。
「わわっ!」
けど、わたしの願いは届かなかったみたいで電撃鹿が突進してくる。
電撃鹿は、その名前の通り鹿の魔物で角から電撃を放つことができるみたいで突進しながら周囲に電撃を放っている。しかも角は常に帯電しているみたいで金色に輝いている。
咄嗟に左へ跳んで回避すると2体目の電撃鹿が突っ込んでくる。
「ていっ!」
錫杖で鼻先を叩くと地面を転がり回っていた。
転がる体を跳び越えて3体目の電撃鹿が襲い掛かって来る。
殴った錫杖を構えて電撃鹿の突進を受け止める。
押し込まれてしまうけど、電撃鹿はわたしにダメージを与えられていない……電撃が錫杖を通して流れて来て痺れるけど、それはダメージに入れない。
「ふふん、なかなかの攻撃だね」
3体目の電撃鹿が目の前に、1体目の電撃鹿が後ろに、起き上がった2体目の電撃鹿が斜め前からわたしの事を睨み付けて来る。
ここまで露骨な敵意を向けられた事は『巫女』だった頃にはなかった。
メンフィス王国において『巫女』は最高クラスの権力を持っているに等しい。そんな人物に対して敵意を持っていたとしても、持っていることを悟られるようでは貴族としては三流以下と言っていい。
けど、迷宮での1カ月間の訓練のおかげで敵意を向けられることには慣れた。
受け止めていた電撃鹿を吹き飛ばして首を錫杖で突く。
一点に凝縮された攻撃は、電撃鹿の体を貫く。
ピクピクと痙攣しながら地面に倒れていた。
仲間の死を目撃した2体の電撃鹿が前後から襲い掛かる。
「わたしは森に帰るようお願いしたのに」
跳んで突進を回避する。
足元で2体の電撃鹿が衝突する姿を見ながら離れた場所に着地する。
お互いの角を衝突させた電撃鹿が視線を交わして1体がわたしの正面に立ちながら、もう1体がわたしの後ろへ回り込もうとしている。
「む……」
後ろへ回り込もうとしていた電撃鹿の方へ振り向けばもう1体が後ろへ回り込もうとしている。
「なるほど」
馬鹿な魔物ではない。
どちらかが相手の死角へ回り込みながら隙を窺っている。
相手の思惑は分かった。持っていた錫杖を下げて目を閉じると全身から力を抜く。
「何を……!」
それまで黙ってわたしの戦いを見ていた冒険者がわたしの行動を見て驚いていた。
彼らにしてみれば自殺行為に見えるかもしれない。
けど、わたしのスキルを使う為には必要な事だ。
わたしの行動を隙だと思った電撃鹿が前後から同時に突進してくる。
どちらの攻撃もわたしは見ていない。その場で自然な動きで回転すると跳び越えた時と同じように2体の電撃鹿が角を打ち合わせていた。
自分たちの攻撃が回避された事に気付くと、すぐに2体が動きを合わせて角を向けて突進してくる。
けど、足でステップを踏んでいるわたしの左右を通り過ぎて行く。
踊りながら振り返ると訳が分からないといった顔の電撃鹿が顔だけをこちらへ向けていた。
「なに、あれ……?」
訳が分からないのは冒険者も同じみたい。
電撃鹿はたしかにわたしに攻撃を当てるつもりで正面から突撃していた。真っ直ぐに突き進めばいいだけなのだから横にも、上にも回避していないわたしに攻撃を当たられないはずがない。
むしろ、わたしは回避していない。
状況だけを見るなら、真ん中に立ったわたしの左右を電撃鹿が自分から通り過ぎて行った。
普通なら絶対にあり得ない。
「いらっしゃい」
少しばかり挑発してあげると2体が電撃を放ちながら突っ込んでくる。
その攻撃は全てわたしには当たらない。
「まるで踊っているみたい」
「実際に踊っているのですよ」
冒険者の呟きにメリッサが返していた。
生まれ変わったわたしが新たに手に入れたスキル【舞踊】。
踊ることで回避能力を高めてくれるスキル。ただ『迷宮巫女』という職業を所有しているわたしは普通の【舞踊】じゃなくて【神舞】というスキルに昇華させることができた。
踊っている間は相手の方から攻撃を逸らして行く。
遠くから見ている人たちにとっては電撃鹿が自分から見当違いな場所に攻撃しているようにしか見えない。
そんな攻撃を何度も繰り返していれば体力を消費する。
対して、わたしは踊っているだけなうえステータスのおかげでほとんど消費していない。
「ここ!」
体力の尽きかけていた電撃鹿を背中から叩く。
突進を回避された直後でわたしの攻撃にも気付けない電撃鹿が倒れる。
「これで残りは1体」
突進しても回避されると分かった最後の1体が角から電撃を放って来る。
「【天候操作】」
放たれた全ての電撃がわたしの持つ錫杖に集められる。
周囲の天候を操作することができる天候操作だけど、錫杖に集める、という方法なら電撃や水流、風を自由自在に操ることができるようになっていた。
これも神獣たちが味方してくれていると思うとちょっと複雑。
「ごめんね」
錫杖から放たれた電撃が槍となって電撃鹿へ当たる。
わたしの魔力を受けて電撃鹿が放った時よりも威力が増幅された電撃を受けて3体目の電撃鹿も倒れる。
「うん、こんなものかな」
わたしに敵意を向けるばかりで村へ行くようなこともなかった。
「こっちも終わった」
森のある方からイリスが戻って来る。
その手には剣が握られていた。獲物は持っていないけど、道具箱か収納リングに入れて電撃鹿の襲撃に便乗しようとしていた魔物を狩って来たのだろう。
「どうでした?」
「ええ、私としては問題ありません」
「私も同意見かな」
メリッサとイリスからお墨付きが貰えた。
迷宮の魔物を相手に訓練を積み重ねて来たけど、その実力はしっかりと付いていたみたいだ。
『俺も問題ない』
【迷宮同調】を使ってしっかりとこっちの様子も確認していたマルスからもお墨付きを貰えた。
たぶんシルビアとアイラも問題ないと言ってくれるはずだ。
「えへへっ」
ようやく仲間として認められたような気がする。
みんな、わたしよりも冒険者としての経歴が長くて付いて行くだけで精一杯ですごく大変。
けど、それと同じくらいみんなと一緒にいたいって思える。
「村を守ってくれてありがとう」
「アンタ強いんだな」
電撃鹿に襲われた村の人たち、それに私の戦いを見ていた冒険者から快く迎え入れられていた。
3体もの電撃鹿に襲われれば、村の兵士や冒険者ではどうしようもなく滅びを受け入れるしかなかった。村を救ってくれたわたしを快く迎え入れてしまうのも仕方ないのかもしれない。
「これがわたしの仕事ですから」
『巫女』だった頃には味わったことのない充足感に包まれながら村でマルスたちが戻って来るのを待つ。