第31話 結晶サイの巣
三人称視点です。
3人の男子生徒たち。彼らは前日に森の中で手に入れられたクリスタルを求めて森の中へとやって来ていた。
そして、記憶の通りに前日にクリスタルを手に入れた場所へと戻って来ることができた。
そこにはクリスタルの破片が落ちており、喜々として拾う。
記憶にあった場所に落ちていたクリスタルを全て拾い終えると、彼らを引率したカレンが「もっと手に入れよう」などと言い出した。
クリスタルの破片は奥へ続くように落ちていた。
進んでみると、その先にはクリスタルの塊が置かれていた。
これだけのクリスタルを売る事ができれば数年は遊んで暮らせる。
「拾いましょう」
クリスタルに目が眩んだ4人は急いでクリスタルを拾う為に手を伸ばす。
しかし、クリスタルに手が触れる直前になって地響きが聞こえて来た。
手を止めて顔を上げる。
そこには、灰色の体をしたサイがいた。
ただし、普通のサイではない――魔物のサイだ。それぐらいは魔物に詳しくない男子生徒たちでも分かるほどの特徴が背中にあった。
その魔物は背中にいくつものクリスタルの棘を生やしていた。しかも、その大きさは男子生徒たちみたいな子供なら覆えてしまいそうなほどである。明らかに普通のサイではない。
クリスタルライノスが自分のテリトリー――巣に入った人間に向かって突進する。
「に、逃げるわよ……!」
カレンが足元に落ちていたクリスタルの破片をいくつか拾ってから逃げ出す。
男子生徒たちにはそんな余裕はなかった。
クリスタルライノスの巣に落ちていたクリスタルは年月の経過と共に自身の体から剥がれ落ちた物だった。クリスタルライノスにとって剥がれ落ちたクリスタルに価値はない。
しかし、そこは魔物の巣窟だった。
クリスタルライノスにとっては自分の巣を荒らされたのが許せなかった。
そこに、クリスタルを盗み出したかどうかなど関係ない。
「お、追って来る……」
必死に森の中を走る男子生徒とカレン。
後ろを振り返ると怒ったクリスタルライノスの姿が見えた。
「どうして、そんなに怒っているんだよ!」
クリスタルライノスの特性など知らない彼らは追われている事に対してただただ戸惑うばかり。
「あ……!」
一人の男子生徒が転んでしまった。
森の中は慣れない者にとっては転びやすい。
足元への注意が疎かになっていたせいで木の根に躓いてしまった。
「「ダグ!」」
転んだ男子生徒の名前を呼びながら二人の男子生徒が足を止めてしまう。
だが、カレンだけは足を止めずに森の外へと走る。
それは、男子生徒たちを見捨てる行為だった。魔物が男子生徒を襲っている間に自分は村まで逃げ帰ればいい。いや、いっその事このまま都会まで逃げてしまうのもありかもしれない。
そんな事を考えながら走っていると一陣の風が彼女の横を駆け抜ける。
実際には、一般人の彼女たちよりも速く走ることができる人物が駆け抜けたに過ぎない。
「ジェスロさん!」
さらにカレンが逃げようとしていた先から駆け抜けた人物の名を叫ぶ声が響く。
「問題ありません」
間一髪、駆け抜けた人物の手によって転んだ男子生徒が抱えられクリスタルライノスの前からいなくなる。
数秒後、男子生徒の倒れていた場所をクリスタルライノスが踏み付ける。踏み付けられた地面は陥没しており、もしも抱えられていなければダグはグチャグチャになっていた。
「あの、どうしてここへ?」
「君たちが危険な森へ入ろうとしている、と友達の二人から教えられた。どうにかギリギリのところで間に合ったみたいでよかった」
救援に駆け付けた冒険者。
しかも、相手は村へ来る途中だけでなく森の中でも幾度となく魔物を倒すところを見せてくれたジェスロ。
けれども救援に駆け付けてくれたジェスロの表情は厳しい。
「……どうやって逃げるか」
「え、倒さないんですか?」
「俺じゃあ、どう足掻いたところで傷を付けることすらできない」
クリスタルライノスの攻略情報は知っていた。
背中にあるクリスタルの棘は人間の力で傷付けられるような代物ではなく、唯一ダメージを与えられる場所が腹。しかし、四足歩行している魔物の腹を傷付けるのは至難で魔法などによる爆発によって少しずつダメージを与えてから腹を斬るのが一般的に知られている攻略法だ。
「悪いが、今は魔法使いを連れて来ていないんだ」
ジェスロのパーティにも魔法使いがいる。
しかし、彼女がいたところでクリスタルライノスを相手に有効な攻撃ができるとは限らない。
「戦うしかないか」
それでもジェスロが戦うしか全員――最低でもカレンを除いた全員――が生き残れる道はなかった。
抱えていた生徒を地面に下ろして2本の剣を抜くとクリスタルライノスに斬り掛かる。
――キン、キン!
正面から斬り掛かった攻撃は硬い体に阻まれて傷を付ける事すらできなかった。
それでも身を低くしながら体の下に剣を盛り込ませて腹を斬り上げる。
――パキン!
次いで聞こえて来た音が信じられなかった。
柔らかい、と知られていたはずの腹を右手に握っていた剣で斬ったはずなのに剣が砕けてしまった。
「は?」
思わず砕けた剣を見てしまう。
これまでに貯め込んだ金をつぎ込んで購入した特注の剣だったはずなのに跡形もなく粉々に砕けている。
そうして呆然としている内にクリスタルライノスが尻尾を振るう。
「……!」
咄嗟に残っていた左手で尻尾から身を守る。
だが、防御に使ったはずの剣が粉々に砕かれ、尻尾の直撃を受けた体は大きく後ろへ吹き飛ばされて木に叩き付けられる。
「かはっ!」
叩き付けられた時に内臓を負傷してしまったのか口から血を吐き出す。
「ははっ、これがAランクとCランクの実力の差って奴か……」
自然と零してしまっていた。
勘違いしていた。
腹が柔らかい、というのはAランクの冒険者並みの実力があったうえでの話だ。
どうにか努力してCランクまで到達したジェスロだったが、Bランクに到達できるほどの実力があるとは思っていなかった。
Bランクになれるのはギルドマスターに目を付けられるほどの実力者。そして、Aランクになる事ができるのは、Bランクの中でも大きな功績を残すことに成功した者。
自分にはギルドマスターから評価されるほどの実力もなければ、大きな功績を残すことなどできない。
改めて、その事実を突き付けられた。
「けどな……」
諦める訳にはいかない。
近くには護衛対象の生徒だっている。
何よりも惚れた女がいるのに無様な姿を晒し続けたままでいる訳にはいかない。
「命には代えられないか」
懐から切り札である10センチほどの筒を取り出す。
筒の上部にあるピンを引き抜いてクリスタルライノスに投げ当たった瞬間、大きな爆発が起きる。
以前に一度だけ王都へ行った時に魔法道具店で購入した魔法道具だ。
魔法を使えない自分が高火力の攻撃を必要とした時の為に切り札として買っておいた爆発を引き起こす魔法道具。
「走れ!」
「でも……」
「この程度で倒れるような奴なら苦労はしない!」
せっかくの切り札まで使ったが、炎の向こうに揺れる影がある。間違いなくクリスタルライノスは生きている。
生徒たちがニーファと一緒に村の方へ逃げる。
ジェスロも胸を押さえながらどうにかクリスタルライノスから離れて行く。
だが、ダメージを受けた体では長く走れない。
それに生徒たちは魔物に追われているという精神的な圧迫感もあって足が竦んで必要以上に力を消費している。
「……隠れるぞ」
生徒3人とニーファを連れて茂みの中に隠れるジェスロ。
このまま隠れていてクリスタルライノスをやり過ごすことができればいいが、それは叶いそうにもなかった。
彼らが隠れている場所に向かってクリスタルライノスはゆっくりと足を進める。
先ほどまでは巣に侵入された怒りから仕留める事を優先させていたが、相手が逃げることしかできず、立ち向かって来ても傷一つ付けることができないと知って余裕を持って近付いている。
「……どうやら逃げ切るのは無理そうです。俺がこの場で時間を稼ぐので生徒を連れて先生は逃げて下さい」
「……! 何を言っているんですか? ジェスロさんも一緒に逃げましょう!」
「それは無理なんです」
痛む体を押して立ち上がる。
すると足元から声がする。
「アンタ救援に駆け付けた冒険者なんでしょ。だったら犠牲になってでも私たちを助けなさいよ」
「何言っているんだこいつ?」といった視線がジェスロだけでなく、生徒たちからも寄せられる。
「な、何よ……」
「俺たちが助けに来たのは生徒だけだ。子供を危険な森に誘ったアンタまで助けるつもりはない」
「むしろ大人としてあなたが犠牲になるべきではないですか?」
カレンの態度にニーファまでムッとさせられた。
そもそもカレンが誘うような事がなければ生徒が森に入るような事はなかったはずだ。
「な、なによ……私はちょっとお金が欲しかっただけで……」
責められて独り言を呟くカレン。
しかし、誰も聞いていなかった。
5人にとってカレンはどうでもいい存在になっていた。
「ごめんなさい先生」
「森へ行こうって言い出したのは俺たちなんだ」
「だから、俺たちも悪いんだ」
「自分たちが悪い事をしたって分かっているならいいですよ」
今にも泣き出しそうな子供たちの頭を撫でて落ち着かせるニーファ。
「そろそろ覚悟を決めた方がいいですよ」
クリスタルライノスは30メートル先まで迫っていた。
犠牲になるべく覚悟を決めて歩み出した瞬間――クリスタルライノスが後ろに吹き飛んだ。
吹き飛んだ先を見ればクリスタルライノスが仰向けに倒れている。
「――は?」
覚悟をしていただけに目の前の光景が信じられなかった。
「駆け付けるのに1分も掛かったけど、ギリギリ間に合ったみたいですね」
クリスタルライノスを蹴り飛ばした人物がそこにいた。