第30話 森への救援
「何やってんだよ……」
午前中にあった出来事の顛末を聞いて思わず呆れてしまった。
まず、男子生徒たち。
カレンの誘惑に乗ってしまったという理由もあるが、危険だと教えられていた森へ入るなど絶対にやってはいけない事だ。何よりも騎士を目指している者が命令違反をしているようでは絶対に信用されない。
次にカレン。
こいつは村に住む大人としては失格だ。子供ではないのだから森がどれだけ危険な場所なのか――自分がいたところで役に立たない場所である事を自覚していなければならないのに何も理解していない。
最後にジェスロさん。
森の中にクリスタルライノスがいるのは分かっていた。Cランクの冒険者では全員で挑んだところで全滅するだけ。全滅するだけならまだいい方でクリスタルライノスを刺激したことで村へやって来るような事があれば村が滅びることになる。
クリスタルライノスは基本的に大人しい魔物だ。
しかし、自分のテリトリーに入った相手には容赦しない。
そのため情報を共有した冒険者はクリスタルライノスを放置する事にした。
「あなたたちならクリスタルライノスを討伐することができるんじゃないの?」
「できますよ」
ジェスロさんのパーティメンバーである魔法使いに答える。
「本当に?」
彼女は信じられないようだった。
それだけ危険な魔物、という事だ。
「と言うか、2年前に倒していますからね」
森から出て来た約1000体の魔物の中にはクリスタルライノスもいた。
全滅させているので、当然のようにクリスタルライノスも討伐している。
ついでで倒される魔物が俺の相手になるのか?
「クリスタルライノスを倒すぐらい余裕ですよ」
それでも俺が態々倒さなかったのは面倒くさかったからだ。
こちらから手を出さなければ襲って来る事のない魔物なのだから放置した方がいい。
「そもそも、午前中はどこへ行っていたの?」
「ちょっとアリスターまで戻っていたんです」
「は?」
そんな簡単に行き来できるような距離ではない。
アリスターまで戻っていたと言われて簡単に納得できる訳がなかった。
「実は屋敷で留守番をしているメンバーが体調を崩してしまったみたいで」
屋敷内を覗いている迷宮核から報告があった。
昨日の夜からアイラが高熱でうなされているらしく、今朝になっても回復しない。
その報告を聞いた瞬間、この場にいる全員が右往左往してしまった。
万が一の場合があったら……いや、妊娠している状況なのでアイラはともかく子供は非常に危険だった。
子供の事を想うと黙っていられなかった。
「ま、俺たちの顔を見ると安心したみたいで落ち着いていましたけどね」
30分ほど前には体調も落ち着いたみたいで美味しそうにシルビアの作った昼食を食べていた。
「いや、移動時間についてはどう説明するの!?」
「それは企業秘密です」
【転移】と空間魔法、【召喚】を駆使すればデイトン村とアリスターを一瞬で移動する事など簡単だ。
ただ、非常事態でもなければ使うつもりはなかった。
しかし、アイラの体調不良ともなれば非常事態だと判断してもいい。
「それにしても村の連中は門を通したのか」
村から出る為には数少ない出入口である門を利用する必要がある。
門番に見つからず村から出るのは不可能だと思われていた。
「それが、門以外の所から出入りしたみたいなの」
村を囲う柵。
一部、小さな穴があったらしい。
本当に小さな穴で、通れるのは子供や小柄な女性ぐらいだった。
そのため魔物が侵入するには使い辛く修理を後回しにしていた。
「そりゃあ、外敵から身を守る為の柵が外へ出る為に使われるなんて思わないよな」
穴の存在を知っていたカレンは、そこから村を出て行ったらしい。
「さて、どうするか」
「せめて子供たちだけでも連れ戻さないと」
俺たちの今回の依頼は開拓依頼となっているが、実際のところは生徒の護衛がメインである。
それなのに子供が怪我を負うような事態にする訳にはいかない。
「とりあえず行方不明になっている連中の現在位置を確認するか」
男子生徒3人、カレン、ジェスロさん、ニーファ先生の現在位置を確かめる。
どうやら全員が近くにいるらしくジェスロさんたちは合流することができたらしい。
それに全員の位置が確認できるという事は生きている証でもある。
「とりあえず無事らしい」
「よかった」
傍に控えていたシルビアが生徒たちは無事だと知ってホッと胸を撫で下ろしている。
「いやいや……こんな離れた場所にいたままでどうやって知ったの?」
「対象の現在位置を知る事ができるという、ちょっと特殊な魔法道具を持っていて全員の位置を知る事ができたんです」
幸いにして全員が顔を思い浮かべられる人物だった。
男子生徒にしても危なっかしい面があったので顔を覚えていた。
こんな時こそ振り子の出番である。
ただ、気になる事がある。
「全員動いていない?」
ジェスロさんが合流したのならすぐにでも村へ戻って来ていてもおかしくない。
ところが、ある場所から全く動こうとしていない。
「動かないんじゃなくて動くことができない?」
生徒たちが負傷したというのならジェスロさんが抱えるなり、背負うなりすれば戻って来る事ができる。
魔物も彼の実力なら大抵の相手は倒せるはずだ。
それすらもできない状況。
「クリスタルライノス、もしくは同等の魔物と遭遇したな」
あの森の奥地にはそれだけ強力な魔物が何体も生息している。
最も確率が高いのはクリスタルライノスに遭遇したパターンだろう。
動けばクリスタルライノスに見つかる。どうにか合流はできたものの動くに動けない状態になってしまったので救援を待っている。
「助けに行くか」
「ありがとう」
魔法使いが頭を下げる。
「じゃあ、シルビア行くぞ」
「はい」
全員で行く必要もない。
目的地も分かっているし、クリスタルライノスレベルが相手なら俺一人でも十分人では足りている。
ただ、他の魔物にまで構っていると見落としがあるかもしれない。
だから、探知能力に優れたシルビアだけを連れて行く。
「という訳で留守番はよろしく」
「わたしたちも行きたかった」
「午前中は休ませてもらっていたので仕事をさせてもらいます」
留守番するよう言われたノエルは不満そうだった。
それと魔法使いも不満らしい。
「ちょ、ちょっと待って……もしかしてクリスタルライノスみたいな魔物がいるのに二人だけで向かうつもりなの?」
「ええ、そのつもりです。午前中は俺たち全員が村にいなかったせいでトラブルになってしまっているんです。森の中で何かが起こるよりも村で何かが起こる確率の方が高い――」
……本当に起きてしまった。
後ろにある窓から電撃が地面から空へ向かって迸っている光景が見える。
急いで家を出て村の外へ向かう。
「あ、あれは……!」
森から村へと近付いて来る気配に気付いたのだろう村の中から次々と冒険者が出て来た。
村の入口で門番をしていた兵士にも見えているはずだ。
「雷を放つ鹿の魔物?」
見た目は鹿。
しかし、2本の角から電撃を放っており、こちらを威嚇している。
「大方、森の中に入った奴らが刺激したんだろう」
電撃鹿。
クリスタルライノスと同様に強力な魔物だが、比較的温厚なことで知られている魔物だ。だが、今は温厚な様子など見られず、威嚇し続けている。
そんな魔物が3体もいた。
「じゃあ、こっちはノエルに任せたからな」
「わたし?」
「お前らなら余裕だろ」
ブリッツディアの脅威は、周囲に放つ電撃と突進力にある。
果たして、そんな魔物がノエルの脅威になりえるのか?
「では、私は村へ余波が来ないようにしています」
「じゃ、私は他の雑魚が来た時に対応するようにする」
メリッサとイリスは自分の役割を分かっている。
これは今まで迷宮の中でしか強力な魔物との戦闘経験のないノエルに経験を積ませる意味もある。
「やりますか」
錫杖を手にしたノエルがブリッツディアに近付いて行く。
「俺たちは森へ行くぞ」
「はい」
「ほ、本当にあの子だけに任せるつもり?」
魔法使いは信じられないといった様子でノエルを見ている。
彼女もノエルが俺たちのパーティメンバーになったばかりだというのは噂で聞いて知っている。ランクも未だにFのままだ。
そんな素人にAランク冒険者でも手こずるブリッツディアの相手を任せるはずがない。
「心配ならノエルの戦いを見ていればいいですよ。少なくとも既にAランク冒険者と同等の力は保有していますから」