第3話 領主の呼び出し
魔物を倒して得られた素材も売り渡して臨時収入を得た。
そのお金を使って家の購入資金を支払った俺は、陽の当たる庭でまったりと過ごしていた。
ギルドで依頼を受けて仕事に出掛けてもいいのだが、面白そう……ちょうどいい依頼がなかったのでまったりと過ごしている。
受けられる依頼がないわけではなかったが、俺はパーティを組んでおらず、ソロで活動しているため1人では難しい依頼は受けることができない。今までのように他のパーティに混じって依頼を受けるのも魔物を倒した実力の噂が独り歩きしてしまったせいで、なぜか恐れられてしまった。おかげで噂が落ち着くまで他のパーティに混じることができなくなってしまった。
「暇だ……」
だが、こうしてのんびりとした時間を過ごせるのはいい。
父が行方不明となってからというものの忙しい日々を過ごしていたから落ち着ける時間というのは貴重だ。
『僕としては、何も動きがないのは退屈だよ』
頭に直接声が響き渡る。
この声の持ち主は迷宮で管理をしている迷宮核のものだ。迷宮主である俺と迷宮核の間には目に見えないパスがあり、迷宮同調によって相手の状態を覗き見ることができる。
迷宮核は暇な時間があれば、こうしてちょくちょく俺の様子を覗き見ている。
暇を持て余している者にとって、まったりしている姿を見ていても退屈なだけだろう。
だが、俺にはそんなことは関係ない。
「残念だったな。こっちには余裕を持って暮らせるだけの資金があるんだ。しばらくはお前にとって退屈な時間が続くぞ」
『そんな!? こうなったら呪いの力で忙しくさせてやる!』
「おいおい、お前に迷宮魔法は使えないぞ」
迷宮魔法を使えば、呪いを使える魔物が迷宮にいるので、相手を呪うことも可能だろうが、迷宮魔法は迷宮主専用の魔法だ。いくら、迷宮核が願ったところで、状況が動いて忙しくなることなんて……
「マルスはいるか!?」
その時、慌てた様子の兄がガチャガチャと音を鳴らしながら家に帰って来た。
ガチャガチャ?
どうやら鎧を着たまま帰って来たらしい。まあ、そうだよな。まだ昼過ぎだし、妹も商店で仕事をしている母の手伝いで外出している。普通は仕事をしている時間だ。この数日、家でまったりしている俺がおかしいのだ。
兄も仕事で俺に用事があって帰って来たのだろう。
しかし、騎士が俺に用事……嫌な予感しかしないな。
「いや、外出している」
「いるじゃないか!?」
ちょっとした冗談のつもりだったのだが、怒らせてしまったらしい。というよりも何だか焦っているらしく、余裕のない表情をしていた。
「何かあったんですか?」
「ああ、アリスター伯爵が呼んでいる」
伯爵が?
まあ、勤務時間中のはずの兄が俺を呼びに来る理由なんて他には考えられないけど、何かしたかな?
「用件は?」
「分からない。伯爵様は、ただ連れて来てくれとだけ言っていた」
まあ、この間はギルドマスターに面会したばかりだし、領主である伯爵様に呼ばれるのも時間の問題だと考えていた。
それに騎士である兄の面子を考えれば無視するわけにはいかない。
「分かった。暇していたし、すぐに向かうよ」
「そうしてくれると助かるよ」
2人で街の中心にある領主の館へと向かう。
中心地は貴族が住む貴族街となっており、豪華な建物が並ぶ。俺の買った家も屋敷と呼べる代物だが、所詮は商人が建てた物だ。貴族が住んだり、別邸として使用したりするような家と比べれば安物に見える。
普段見ることのない光景に思わず視線を彷徨わせてしまう。
「あまりキョロキョロするな。ここには警備の為の兵士だって詰めているんだから不審者に思われるぞ」
どちらかと言うと騎士に連れられているのだから、どこかへ連行される犯罪者に見られてしまっているのではないだろうか?
それだけは嫌だ。
大人しく付いて行くと一番大きな屋敷の前で止まり、門の前で警備をしていた門番と話をすると中へと入って行く。さすがは騎士だ。少し話をするだけで伯爵様の屋敷にも入れるようだ。
屋敷の中を奥へと進んで行くと豪華な扉の前で止まる。以前にお金の返済に訪れた時にも利用した部屋だ。
「この先にアリスター伯爵がいる。お前なら大丈夫だと思っているが、間違っても失礼のないようにな」
別に初めて面会するわけではないのだが、兄はなぜだか凄く心配していた。
「冒険者マルスをお連れしました」
「入れ」
「はっ」
以前に会った時のような気さくな声とは違い、凄味のある低い声が扉の奥から聞こえてくる。
兄に先導され部屋の中に入ると豪華なソファに伯爵が座っており、ソファの後ろには白髪白髭にモノクルをかけた執事の男性と眼鏡を掛けて目付きが鋭いローブを着た冒険者らしい男が控えていた。
領主の館なのだから執事がいるのは分かるのだが、冒険者が同席している理由が分からない。
「座りたまえ」
伯爵に促されて、とりあえず対面にあるソファに座る。
兄は騎士として部屋の入口で待機している。いや、あれはもしもの場合には出入口を塞ぎ逃げられないようにする為の措置だろう。
「伯爵。私に何か用事があると伺ったのですが、どのような用事でしょうか」
「まずは、先日の魔物討伐の件に関して礼を言っておこうか。君のおかげで一切の被害が出ることなく、解決することができた」
「その件に関してならそこまで気にする必要はありませんよ。冒険者として依頼を受けて討伐しただけですし、個人的な理由もあって動きましたから」
「こちらも事情が分かっているから、深く追及するつもりはない」
その時、館に仕えるメイドが紅茶を持って来て、俺と伯爵の前に置く。
ここまで歩いて来たせいで、ちょうど喉も乾いていたのでカップを手に取る。
「ただ、これだけは確認しておかなければならない。君がデイトン村で魔物を討伐した方法についてだ」
やっぱり、それを聞いてきたか。
ギルドマスターから疑われた時点で伯爵にも聞かれるだろうと考えていた。
「ステータスカードでもお見せしましょうか?」
あれからギルドにある資料を漁ってソロでも魔物1000体を倒せる冒険者を探した。そんな数の魔物が出没した事例そのものが少なかったせいで探すのに苦労してしまったが、かつてAランクで成し遂げた冒険者がいたらしいことが分かった。
そこで、数百年分の迷宮に訪れたAランク冒険者のステータスを迷宮核に開示させて、片っ端から参考にしてステータスカードの数値を平均2000ぐらいまで落とした。魔物1000体を倒すには不十分だが、そこは装備品によって補ったということにした。
こっちは既に準備をしてきているのだ。
ステータスカードを取り出そうとすると、バチッと何かが弾けるような感覚が全身を駆け巡る。なんだ?
「……っ!」
伯爵の後ろで冒険者の男が息を呑むのが分かった。
何かされたのかと思ったら、迷宮の入口で管理人をしているアルミラさんにスキルを使われた時に感覚が似ているんだ。鑑定を使われたのか。
「いや、ステータスカードを確認する必要はない。ギルドに確認してみたところ、君が冒険者として登録した頃のステータスは、とても魔物1000体を倒せるようなものじゃないらしいね」
「レベルが上がったおかげでステータスも上昇幅が大きかったんです」
「そうかもしれない。だが、世の中にはステータスを偽る方法などいくらでもあるんだよ。君がステータスカードを偽装していないという保証などない」
色々と用意してきたというのに伯爵は最初から警戒していた。
クソッ、迷宮核と一緒になってあれだけ悩んでいたっていうのに。
『マズイことになってきたね』
本当だ。さっき冒険者に鑑定を使われたことを考えても伯爵は冒険者が知った俺のステータスを信用するのだろう。
そして、迷宮核の奴はこの状況を楽しんでいやがる。
というかさっきから鑑定を使われた時の反応がウザい。
何度確かめたところで結果は変わらないっての。