第26話 魔物迎撃
課外授業6日目。
3日目の時は全員が一丸となって畑を耕していたが、今はグループ毎に自分たちの担当する区画が与えられて畑を守りながら耕す作業に従事していた。
今日までの3日間は、教師から柵の作り方などを学んだ生徒たち。
彼らの作った柵はかなりマシになっていた。
その証拠に突撃して来たフォレストウルフが騎士志望だった生徒たちが作った柵を越えられずに手前で立ち止まっている。
「これが辺境で畑を耕すのが難しい最大の理由でもある」
教師の言葉に頷く生徒たち。
畑を用意したとしても魔物に侵入されてしまえばせっかく耕した畑が使い物にならなくなる。
そういった危険性から農業には適さない土地。
「しかし、それもこうして防備を固めれば対処は可能だ。今回の事で、それが良く分かったと思う」
「でも――」
男の子の視線の先には別のグループの畑があった。
そのグループの畑は柵に囲われている訳でもないにも関わらず魔物に襲われるような事態にはなっていなかった。
柵の代わりになる物が畑と森の間にあった。
高さ1メートル半ほどの土壁。
小柄な女の子なら隠れてしまえるほどの大きさしかなく、メリッサが派手に造り出した土壁に比べたらあまりに小さい。
そんな小さな土壁がたった一つなら意味などなかったかもしれないが、小さな土壁が畑と森の間で縦に数十と並んで障害物となっている。
大地を駆け抜けていたフォレストウルフは進路を妨害されて左右への移動を余儀なくされていた。
その時に足が僅かにだが、止まる。
足が止まったフォレストウルフに射られた矢が突き刺さる。
その光景を見ていた後に続く仲間が遠くから射られる矢を警戒していたが、土壁の向こうから現れた剣士の手によって斬られていた。
そのグループだけは魔物を防ぐのではなく、逆に討伐し続けていた。
「ご苦労様です」
戻って来た剣士――エルマーを迎えるクリス。
「わたしは?」
「リアーナも良くやってくれました」
「へへっ」
褒められたのが嬉しいのかリアーナちゃんの顔が綻んでいた。
そう、フォレストウルフを逆に討伐して行ったのはクリスを中心とした十数人の生徒たち。
クリスが立てた作戦は単純だ。
メリルちゃん以外にも土魔法を使える魔法使いのクラスメイトを2人ほど誘って先ほどの土壁を作る。
ただ、畑のすぐ傍には他の壁よりも高い壁を用意し、弓を扱えるようになっていたリアーナちゃんが高台の上に立ち、畑に近付くフォレストウルフの警戒をしながら仕留める。壁があることによって足を止めたフォレストウルフを仕留めるのは彼女でも簡単だった。
さらにエルマーのように剣を扱える生徒が姿を隠しながら不意を突いて仕留める。この方法なら子供でも仕留めることも可能だった。
「……あの子たちの防衛方法は特殊だから気にしない方がいい」
教師が頭を抱えていた。
本当なら課外授業で魔物を相手にした時の厳しさを教えたかった。
しかし、辺境で育ったクリスは魔物への対処方法を普段から考えていたらしく堅実な方法を採っていた。
「お兄様」
「ああ」
仕留めた5体のフォレストウルフを収納する。
授業中での討伐とはいえ、クリスたちが一生懸命戦って仕留めた魔物だ。売った時の金額は後でお小遣いとして渡すことにして街へ戻るまでは俺たちが預かるようにしている。
「それにしても、リアーナちゃんはいつの間に弓なんて扱えるようになったんだ?」
「お姉ちゃんたちが街にいない間にアイラさんから一生懸命練習したんです」
『どうよ、すごいもんでしょ』
こっちの様子をずっと見ていたアイラ。
妊娠中で暇を持て余していたアイラは妹たちの面倒をずっと見ていた。これまで賞金稼ぎや冒険者として活躍してきた彼女が教えられることなど戦闘方法が中心になる。
リアーナちゃんも教えてもらっていたのだが、非力な彼女では剣は扱えないし、魔法も適性がなかったために弓の扱いを教えてもらっていた。
さすがに百発百中とはいかなかったが、高い命中率を誇っている。
自分の教えた成果が出ていてアイラは喜んでいる。
「ま、いいんだけどな」
こんな状況を想定していた訳ではないが、きちんと教えておいたおかげで魔物を討伐できている。
「貴方の妹たちは凄いですね」
「いえ……」
こちらに近付いて来たエリオット。
彼も俺の妹ということでクリスと同じグループに所属していた。
「もし、よかったら私の部下にならないか?」
妹たちを勧誘する次期領主。
「どうして、わたしたちを?」
「魔法や剣の実力は騎士や冒険者に比べればまだまだだが、学生である今の内なら優秀だと言える。私がこうして学生として市井に紛れているのも君たちのような者を探し出す為でもある。それに――」
エリオットの視線が俺へ向けられる。
領主である父親から詳しい話は聞いていないが、俺がアリスターにとって有益な存在である事は迷宮主である事を知らなくても予想できる。
優秀な冒険者を囲いたい。
領主として報酬を出すなどして街に留まり続けてもらう必要がある。
しかし、さすがにAランク冒険者5人分の報酬を出し続けるのは難しく、次に考えたのが自分の領地を故郷としてもらう事だ。
家族がいれば簡単に離れるような事はない。
妹である彼女たちにアリスターへ留まってもらう。
もちろん迷宮主である俺はアリスターから長期間も離れるつもりはない。
「たいへんありがたいお誘いではあるのですが、わたしたちはまだ学生です。失礼な話かもしれませんが、もしも学校を卒業後も明確な目標が定まっていない時には引き受けたいと思います」
「いや、それでもいい」
あまりしつこく誘い続けると機嫌を損ねる可能性がある。
卒業まで待って欲しいという事は1年近い猶予がある。
猶予を理解したエリオットはすんなりと引き下がっていた。
「ありがとうございます」
クリスもその事を理解していてニッコリと微笑む。
「あ、いや……」
クリスの笑顔を見てエリオットが戸惑っていた。
昔から辺境の奥地にある村の少女とは思えないほど丁寧な物腰の女の子だったけど、最近ではますます拍車が掛かって来たような気がする。
「申し訳ございません。あの姿勢に関しては私に責任があります」
メリッサが謝る。
アイラが戦闘力を鍛えていたようにメリッサは淑女として所作などを教えていたらしい。幼少期を貴族の娘として育てられた彼女としては最低限の事を教えたつもりだったのだが、想像以上の効果が発揮されてしまったらしい。
「俺としてはクリスがやりたいようにしてくれれば問題ない」
たとえエリオットに惚れられたとしてもクリスが受け入れるかどうかだ?
そこに俺が介在するつもりはない。
「問題はあっちだよな」
先ほどまでは呆然としながらクリスたちを見ていた騎士志望の男子生徒たち。自分たちにはできなかった魔物の迎撃ができてしまっていたのだからそうなってしまうのも仕方ない。
しかし、今は睨み付けるように見ていた。
騎士志望にとって次期領主から誘いを受けるのは夢のような出来事だ。
彼らは既に3年生。
卒業を間近に控えた身でもあるので焦る気持ちがあったのかもしれない。
自分たちが欲している勧誘。
しかし、勧誘されたクリスは即答せず答えを保留してしまった。
もしも、自分たちが勧誘された時には迷う事無く了承する。
クリスの答えが男の子たちにとっては許せなかった。
「先生、森の中に狩りへ行きましょう」
「狩り?」
全員が森の外での開墾作業に参加するのは今日まで。
明日以降は希望者がいれば森の中へ冒険者が護衛しながら狩りをすることになっていた。
人間は畑で採れる野菜で生きて行ける訳ではない。
自給自足で肉を得るなら近くにある森で動物や魔物を狩る必要があった。
「……そうだな」
実技担当の教師も了承した。
と言っても男子生徒の実力を考慮した訳ではなく、男子生徒が功績を求めて焦っているのが分かったからこそ狩りの難しさを分からせる為に森へ行くことを決断した。
初日に魔物から襲われてしまったのは人数が多かったから。
希望者を募って数人だけを連れて行けば奇襲する事も可能だ。
「では、行こう――ん?」
教師が空を見上げる。
すると、ポツポツと雫が落ちて来た。
雨が降り始めた。
「さっきまで晴れていたのに!」
男子生徒が言うように雲すら見当たらないほどの快晴だった。
「これが辺境だ」
大量の魔力が自然現象に異常をきたして天気が崩れる。
これもまた辺境の開拓が難しくなっている要因の一つだ。
「今日の作業はここまでだ。全員、村まで戻るぞ」
「そんな!」
文句を言う男子生徒だったが、次第に強くなる雨に言い返せなくなっていた。