第24話 村での商売
森での探索に疲れ果ててしまった生徒たち。
朝の内から出掛けたため帰って来たのは昼過ぎの事だった。
今日ばかりは食事を用意する気力もなかった。
こういう事になるだろうと予想していた教師の手によって事前におにぎりが用意されており、生徒たち全員に配られた。塩で味付けしただけの米を握った物だったが生徒には好評だった。
そういう訳で午後には暇になってしまった。
「とりあえず約束を果たすことにするか」
村の中心で場所を借りる。
そこでシートを敷いて大きなテーブルを次々と道具箱から取り出して行く。
テーブルの上に置かれて行く様々な代物。相手が女性中心ということもあってアリスターで売られている人気のある甘いお菓子。
シルビアが趣味で集めている特殊な調味料や調理器具。
メリッサがネックレスやイヤリングといった装飾だ。
「シルビアの調理器具とかはともかく、メリッサの装飾はここの連中に売れるか?」
相手は女性とはいえ田舎の女性だ。
こんな場所で着飾ったところで見せる相手がいない。
「間違いなく売れます」
しかし、メリッサの言葉は自信に満ちていた。
「このような場所だからこそ女性に売れます」
見せる機会がないからこそ宝石に憧れる。
これが指輪だったなら農作業や家事の邪魔となって敬遠されてしまうところだが、ネックレスなら服に隠れるし、イヤリングも着脱が簡単な物を選んでいる。
人に見せるのではなく、ちょっとした機会に身に着けることで贅沢を味わう。
そういった事を目的とした商売らしい。
「私からはこれ」
イリスは大量の布を取り出していた。
けっこうな量の布が貯蔵されていたことになるが、これには女性陣が少し前から編み物にはまっていたからという理由がある。アイラの子供が生まれる時期が近付くにつれて自分たちで産着や子供用の服を作るようになった。
決して不器用な訳ではないのだが、上手く行ったのはメイドのシルビアと母親になるアイラだけだった。アイラが上手く行ったのは意外だった。
「売れる私物なんてあまり持ってないよ」
「……それなのに、どうして出て来るんだ?」
私物をほとんど持たずに付いて来たノエル。
しかし、次から次へと出て来る古本。
以前までは大神殿にある自室に籠っている時間の方が多い生活を送っていたノエルにとって暇を潰す手段と言えば読書だった。アリスターへ1冊も持って来ることはできなかったが、この1カ月の間に何冊もの本を読み終えてしまったので読まなくなった本がいくつもあった。
「……意外と売れる物があるもんだな」
道具箱の中にしまった不良在庫を処分するつもりで売ろうと思っていた。
ところが、想像以上の品物によって大きめに用意したテーブルが埋め尽くされていた。
「さて――」
品物を並べ終えるとテーブルの前に5歳ぐらいの男の子が立っていた。
「これ、おいしいの?」
男の子がお菓子を指差す。
アリスターでは簡単に食べられる饅頭だ。
「一口食べてみる?」
少しだけ切り取って男の子に渡す。
「……!」
男の子は口の中に広がる甘い感覚に驚いていた。
「美味しい――!」
「それはよかった」
その後、男の子は握りしめていたお小遣いを渡して食べかけの分ともう1個の饅頭を買って行った。
「へぇ、美味しそうね」
男の子が笑みを浮かべながら食べているのを見ていた一人の女性がテーブルに近付いて来る。
「そうですね……こちらのお菓子などどうでしょうか?」
シルビアが相手の姿を見て別のお菓子を勧めていた。
女性に人気の商品だと聞いた事があったが、俺は買った覚えがない。誰かが買ってイリスが道具箱に収納していた物だろう。
「いただくわ」
女性は、お菓子と一緒に調理器具を何点か含めて購入して行く。
「あら?」
俺たちが色々な物を売っている事に気付いた村人が集まって来る。
中には知り合い――お世話になったノーラお姉さんもいたけど、次々と集まって来るせいで挨拶をしているような暇はない。
「どきなさい!」
並んでいる村人の向こうから声がする。
左右に割れる村の女性たち。その奥に立っていたのは前村長の娘であり、現村長のリューと結婚したカレンだ。
「何か買うなら並べよ」
これまで買ってくれた女性たちは列に並んで買ってくれていた。
きちんと並んで順番を待っていてくれたおかげで大きな混乱もなく売ることができたと言ってもいい。
「もらうわよ」
「は?」
こちらの返事を聞かないどころか金を払わずに売り物の饅頭を口の中へ運んで行くカレン。
「あら、前に食べた時よりも美味しくなっているわね」
お菓子は常に改良が施されて美味しくなっている。
贅沢をしていた村長の娘なら街で作られたお菓子を食べた事だってあってもおかしくない。
「前はお父さんが色々と買って来てくれたから食べられたけど、最近はお菓子なんて全然食べられていなかったのよね」
さらにもう1個の饅頭を掴むカレン。
「……なによ」
「これは売り物です」
さすがにタダで食べられるのを許容できなかったシルビアがカレンの手首を掴んで止める。
「私は食べたいの?」
「だったらお金を払って下さい」
「……持っていないわ」
村長の娘だったカレン。
とくに村長の仕事を手伝うような事もなければ家事をしている訳でもなく遊び歩いている毎日だった。子供の頃はそれでもよかったかもしれないが、大人になってもそのような日々を送る事が許されるはずがなかった。
以前のように威張り散らしている姿が見受けられた。
どうして子供の頃は受け入れられたのか分からない。
「リューは私にほとんどお金を渡さないし、アンタたちは村の連中にはお金を渡す癖に私にはお金を渡さないし!」
「は?」
メリッサはきちんと仕事を引き受けてくれた女性にはお金を渡していた。
それはきちんと確認している。
「どういう事だ?」
「仕事をしてくれた方にはきちんと報酬を渡しています」
「なるほど」
つまり、カレンは仕事をしていないから報酬を貰っていない。
今のこいつを見ていると家事能力があるようには見えない。仕事を持ち掛ける事があったとしても引き受けなかったのだろう。
「あの、カレンさん」
「なによ!」
「そういう要求は仕事が満足にできるようになってから言いましょうね」
肩を掴まれてノーラお姉さんから叱られているカレン。
子供たちの中で子供だった俺たちを叱る役割を担っていたのは彼女だった。
「掃除を頼んだのに綺麗にするどころか汚くする始末。そんな人に子供が利用する場所の掃除を頼めるはずがありません」
自分から拒否した訳ではなく周囲から拒否されていた。
それで、仕事をさせてもらえなかった。
「こんな田舎での生活はもううんざりよ。私は都会で輝く女よ」
いや、それはない。
簡単な家事すらできないのに街にあるような仕事ができるとは思えない。
今までのカレンは前村長に甘やかされて来たから生きて来ることができたに過ぎない。
「私も街で暮らしたいわ」
「何を言っているんだよ」
なぜか俺の方を見ながら要求してくるカレン。
「アンタ、儲かっているみたいね」
「まあ、な」
普通の冒険者に比べれば大金を持っている方だと言える。
「なにせ去年立ち寄った時にはいなかった女を囲っているぐらいだもの」
「……わたし?」
ノエルが自分を指差しながら首を傾げていた。
1年前に来た時にはいなかったノエルがいる。
その事を認識させられたことで村の女性たちの視線がノエルに集まる。
「ねぇ、私はどう?」
「は?」
「私を囲ってみるつもりはない?」
どうやらノエルたちを養うことで傍に置いていると思ったみたいだ。
たしかに彼女たち眷属は俺に仕えてくれており、全員で協力して稼いだ金の一部を渡している。生活に必要なお金もそこから出している。
しかし、彼女たちはしっかりと自分なりに貢献しているから報酬を貰っているに過ぎない。
悪いが、働く気もない女を傍に置くつもりはない。
「お前はいらないや」
「なんでよ! お菓子だってこんなに安く買えるんだから、私だって都会で暮らしたいわ」
「安く?」
利益が出ないのは問題なのでお菓子などには僅かばかりの利益が出るようにしている。さすがに本などの中古品については買った時よりも安くしているが、俺には普通の値段に思える。
「たしかに利益が出るように値段設定をしましたが、この村まで商売で来る方々が付けた利益に比べれば微々たる額です」
メリッサがそっと教えてくれる。
辺境の奥地にある村。
そこに至るまでは商品を運ぶ為の馬車の運送費。さらに馬車を護衛する為の冒険者を雇うだけでなく、商売に必要な人件費だってある。
俺たちの場合はスキルで持って来たから運送費が掛かっていないし、護衛も自分たちでやっているようなもので、売るのにも人を雇った訳ではないので人件費を必要としていない。
それに今回の商売は、急な滞在によって迷惑を掛けてしまうのでお詫びの意味が大きい。
利益はそこまで求めていない。
「とにかく! 理由もなく女を増やすつもりはない!」
「そんな!」
肩を掴まれて引き摺られて行くカレン。
彼女のせいで商売が中断されてしまったが、ちょっとだけ味わえる都会の買い物を村の女性たちに楽しんでもらうことにしよう。