第22話 英雄的少女
「いや、儲かったな」
ホクホク顔のクレイグさん。
「今回の依頼は生徒たちの護衛が目的なんだからな。その事を忘れるなよ」
自分も倒した魔物の素材を回収しながら笑顔のクレイグさんを嗜めるジェスロさん。普段なら自分も笑顔になっているところだろうけど、生徒たちを優先させているのはニーファ先生が見ているからだ。
「さ、持って帰るよ」
リリベルさんもしっかりと素材を回収している。
群れで動く習性を持っているフォレストウルフ。
最初の1体が出て来た段階で群れの仲間が襲って来ることは予想できた。
狼の魔物であるフォレストウルフは肉を食用とすることができるし、毛皮もかなりの値段で売れるので冒険者も好んで狩っている。とはいえ、1度に遭遇する数が多いので自分たちが全滅する覚悟も負わなければならない。
「私たちは見ているだけでしたね」
「俺たちが依頼に参加している理由は彼らの手に負えないような相手が出た時に手助けする為だからな」
フォレストウルフの群れ相手なら俺たちよりも冒険者歴の長い彼らの方がノウハウを得ている。
彼らの手に負えないような魔物は出て来ない方がいい。
「お兄様」
クリスの声が聞こえて振り返る。
振り向いた先にはリアーナちゃんとメリルちゃんもいた。
妹たちの前なので吐き気は必死に抑える。
問題は3人で引き摺っていた物にあった。
「それは?」
「これですか? 群れから逸れたのかフォレストウルフの1体がわたしたちのところへ襲い掛かって来たんです」
クリスたちは列の中央辺りにいた。
その辺りはクレイグさんたちのパーティが担当してくれていたので任せていたので群れから逸れた個体がいる事には気付いていたが放置していた。
「強いな。その女子生徒たち」
「クレイグさん」
「ちょうど、俺たちも他のフォレストウルフを相手にしていて駆け付ければギリギリ間に合う位置にいたんだけど、その前にこの女子生徒たちが率先して討伐してしまったんだ」
「ええ……」
少々予定と異なってしまった。
冒険者志望の子供たちと同じように自分の力を過信しているところがあったように思えた妹たちだったので少しばかり脅して自分の実力を改めて理解してもらうつもりでいた。
ところが、群れから逸れた個体を討伐してしまった。
これでは意味がない。
「どうやって討伐したんだ」
「はい――」
聞けば3人とも堅実な方法で倒していた。
距離がある内にメリルちゃんの放った土属性魔法の石弾でフォレストウルフの動きを牽制し、回避の為に横へ跳んだところへリアーナちゃんの投げたナイフが足に命中。そのまま正面に躍り出たクリスが頭を両断していた。
つい先ほども見たような連携だ。
「遠くからでしたが、先ほど女性だけの冒険者パーティがフォレストウルフを討伐する光景を見ていました」
その時に見た連携を参考に自分たちならどうするのか考えた。
考えられた連携を試す機会はすぐに訪れ、逸れの個体を相手に実践した。
「お兄様は勘違いされていませんか?」
「勘違い?」
「わたしたちは自分たちの実力ぐらいきちんと理解しています。もしも、相手にしたのが群れから逸れた個体ではなく、群れそのものだった場合には防御に徹して冒険者の方々に任せていました」
それでも自分の実力を実戦で試してみたかったらしくチャンスが訪れれば戦うつもりでいた。
そして、チャンスが訪れたので実践した。
「怖くなかったのか?」
初めて魔物を目にした冒険者志望の男の子たちは足が竦んで戦うことができなくなってしまった。
しかし、クリスやクレイグさんの話を聞く限りクリスにそういった様子はないように思える。
「お兄様は本気で言っているのですか?」
「そうだけど」
クリスが「やれやれ」と言った具合に首を振っていた。
その態度にちょっとだけイラッとさせられたけど抑える。
「あの村で育ったわたしは魔物にもそれなりに見慣れています。リアーナだって辺境ほどではないとはいえ田舎で育ったのですから魔物を見たのが初めてという訳ではありません」
「私はもっと恐ろしい物を幼い頃に見たことがありますから」
悲しそうに昔を思い出すメリルちゃん。
盗賊に襲われて這う這うの体で逃げ出さなければならなかった。あの時に感じた恐怖は魔物から発せられる威圧感よりも強かった。
「もう、あの時みたいな怖い想いをしないで済むように努力して来たのです」
「わたしも似たようなものです。村から出て行く時にわたしはお兄様にとってお荷物でしかありませんでした。だから、今度はわたしが手助けしてあげるのです」
「わたしもお姉ちゃんを助ける」
健気に戦えると訴える妹たち。
「この子たちは……」
「どうしましょうか?」
リアーナちゃんとメリルちゃんの姉であるシルビアとメリッサは妹たちの扱いに困っていた。
自分たちが魔物と戦えているのは眷属になったのが要因として大きい。だから、妹たちには危険な事はしないで欲しかった。
俺だって似たような想いだ。
「この子たちは十二分に戦えていたぞ」
「そうかもしれませんけど……」
「察するにお前の妹なんだろ。心配する気持ちも分からなくはないけど、この子たちは馬鹿な訳じゃない。少しは信用してあげた方がいいんじゃないか?」
許可を求めて見上げて来る妹。
本来なら保護者は兄になるはずなのだが、住んでいる屋敷の所有権と自分たちの姉が慕っている相手ということで俺が保護者にさせられていた。
保護者からの許可なしに無謀な事はしない。
それぐらいの分別はきちんとついていた。
「……分かった。無理のない範囲で実戦に赴くなら許可しよう」
「ありがとうございます」
俺たちから離れてクラスメイトの元へと戻って行く妹たち。
「みなさん、安心して下さい。もう一度、魔物が襲い掛かって来たとしても冒険者の人たちが追い払ってくれます。それは見ていたから分かりますよね」
クリスの声に頷く生徒たち。
「あの人たちに任せておけば魔物なんて怖くないわ。それにわたしだって戦う許可がもらえたから本当に危なくなった時はわたしたちが助けてあげるわ」
剣を掲げるクリス。
陽光を受けて光り輝く剣を持つクリスの姿は英雄のようだった。
あれは、本来なら先生がやらなければならない仕事だ。
今回の襲撃の後で実力を付けた気になっていた生徒たちを窘めた後で魔物の危険性を説き、冒険者のような実力のある人に頼ることの大切さを学ばせる。
冒険者を雇う金をケチる人が世の中には多くいる。
辺境では、そういった人から死んで行く。
せめて自分たちが教えた生徒たちには愚かな選択をしたばっかりに死ぬような目には遭わないで欲しい。
そういった想いを告げられて打ち合わせをしていた。
ところが、冒険者志望の子供たちを宥めている内にクリスが役割を奪ってしまった。
「でも、森の奥にはもっと危ない魔物がいるんだよね」
まだ森の入口でしかない。
森の奥には強力な気配を持った魔物がいる、と言われている。
「大丈夫です。その時は、戦ってくれた冒険者よりも強い冒険者が助けてくれます」
「さっきの人たちもけっこう強かったよ」
子供たちの目があるせいか派手な動きで魔物を倒していたクレイグさんたち。
子供たちには、彼らこそ『最強』に思えた。
「問題ありません。さっきは戦っていませんでしたが、ここにはAランク冒険者の方が4名もいます。間違いなくわたしたちを守ってくれます」
全員の視線が俺たちに向けられる。
あまりの勢いに思わず頷いてしまった。
「でも、さっきは戦っていなかったよ?」
一人の女の子が首を傾げていた。
実際に戦っていたところを見せてくれた人の実力は分かり易いけど、冒険者ランクを教えたところで俺たちの実力は把握し辛い。
そもそも全力を出した時はAランクでは留まらない。
「大丈夫です。あの人たちは、わたしたちの兄や姉です。そして、わたしたちの力は兄たちから教わったから身に着いたものです。それに気になるなら次に魔物との戦いがあった時には戦ってもらいましょう」
「うん!」
沸き立つ子供たち。
そこまで期待されては何もしない訳にはいかない。
「そういう訳で次に機会があった時には譲ってもらえますか?」
「それはいいけど……」
クレイグさんに許可を貰おうとしたのだが、彼は離れた場所にいる男の子たち――先ほど血気盛んにフォレストウルフと戦おうとしていた――に向けられていた。
男の子たちは森へ来る前とは打って変わって落ち込んでいた。
「あんな、女の子でも戦えたのに俺たちは……」
「あちゃあ……」
クリスがきちんと考えていたことは嬉しかった。
友達を励ます為に目立つ行動をしていたのは褒めるべき行動だ。
しかし、クリスが目立ったことで男の子たちが落ち込んでしまった。
「これは、時間に解決してもらうしかないな」
そもそも教育は俺たちの仕事ではない。
今回は先生から頼まれたから仕方なく茶番を引き受けただけだ。