第19話 到着宴会
課外授業初日の夜。
今日は村に着いたばかりという事もあって授業が行われることはなく、村に着いてすぐに夕食の準備に取り掛かる。
課外授業の間の食事は子供たちが自分で用意する事になっている。
さすがに食材まで持ち込むのは可哀想なので、食材は定期的にアリスターから運ばれてくる。
『おおおっ!』
子供たちが持ち込んだ食材と肉からシチューを作っているのを見ていた遠巻きに見ていた村人から歓声が上がる。
彼らの視線の先にはシルビアがいた。
シルビアは、食事の準備をしている間に俺が近くの森で狩った猪の肉を物凄い速さで解体して食べやすいサイズに切り分けると油で揚げている。さらに村で採れた野菜を使って供え物まで作っている。
あまりの速さにそろそろ村人全員分の調理が終わりそうだ。
「あ、あの……何をしているんですか?」
村人たちと同じように見守っているだけだった俺に女性教師が尋ねて来た。
「ああ、あなたは」
「ニーファです。学校で3年生の担当をしています」
受ける授業毎に教える教師も違う。
しかし、それぞれのクラスに担当してくれている先生がいる。
彼女も教師になって数年の若い先生だ。
「課外授業では子供たちが自主的に料理をする必要があります。このような豪勢な料理を出されては……!」
「ああ、これは子供たちではなく村人たち向けですよ」
「へ?」
猪の肉の揚げ物の他に一口サイズに切った鶏肉を唐揚げにした物。獲れたての兎肉を煮込んだスープ。
どれも村で採れる食材ばかりだ。
「す、すげぇ」
だが、村人たちは久し振りに見る豪勢な食事に驚いていた。
「この村にも猟師はいますけど、数人の猟師では村人全員分の肉を毎日のように狩って来るなんて不可能です」
中には収穫がない日だってある。
そのため村人が肉を食べられる日は少ない。1週間の間に何度も食べられるのは村長クラスにならないとダメだ。
だから、村人全員が食べられるような料理を目の前にして思わず涎を垂らしてしまっている。
「これがメイドさんか」
村人は初めて見るメイドの姿に見惚れていた。
調理をするという事で気合を入れる為にシルビアは冒険者服からメイド服へと着替えていた。
「みなさん、準備ができましたよ」
皿の上に遠方の国で得られた米をよそって揚げた猪肉を乗せる。
どこから知識を手に入れて来たのか知らないが、米を手に入れたシルビアが最近凝り出した丼物だ。残念ながら容器は違うようなので彼女自身は納得していなかった。
生まれて初めてメイドに給仕される。
まるで都会へ行ったような気分にさせられた。
「これから2週間お世話になります。今日はわたしからせめてもの感謝の証として料理を振る舞わせてもらいました」
『おおっ!』
振る舞われた食事にがっつく男たち。
普段は多く食べることができない肉が使われていることもそうだが、味わった事のない調味料の数々に舌鼓を打っていた。
手を止めることができない。
「これにどのような意味が?」
「女には仕事と金を与えて買い物の楽しみを味わってもらい、男には今まで食べたことのない食事を味わうことで満足してもらいます」
これまでに受けた事のない歓待によって2週間ぐらいなら快く受け入れてもらえるかもしれない。もしかしたら、来年以降も同じような課外授業が行われるかもしれないので、その時に備えた思いもある。
こんな宴会染みた食事も今日しかしないので負担もそれほどではない。
「ふぅ」
「ご苦労様」
疲れた様子のシルビアがこちらへ来る。
さすがに村人全員分――200人近い人数の食事を用意するのは大変だったらしい。
「いえ、体力的には全く疲れていません」
「本当か?」
「はい。疲れているのは、給仕したくもない人間の為に笑顔で食事を作って振る舞わなければならなかった事です」
シルビアが何を気にしているのかは分かった。
彼女たち眷属には去年の春にこの村へ来た時に俺がどのような立場にいたのか教えている。
その時から村に対する印象は最悪と言っていい。
そんな想いを抱えたまま給仕をしてくれたシルビアには感謝しかない。
「ま、村人たちはこれでいいとしても……」
子供たちはポカンとした表情でシルビアの用意した食事を見ていた。
あっという間に作られた料理。
課外授業で作る予定だった食事は簡単な物ばかりで、今日はシチューと薄切りにして焼いた肉をパンと一緒に食べるつもりだった。
魔物との戦闘や畑の開墾では役に立てそうにない女子たちは、こういう時こそ活躍する為に張り切っていた。
それに今日は初日だ。
朝からのテンションそのままに張り切っていた。
「あ……」
「俺は『簡単な肉料理を振る舞え』って言ったよな」
だから量を重視して猪だけに狙いを絞って3体狩って来た。
どれも猟師の弓矢では仕留めるのに苦労するサイズだったが、ステータス任せの攻撃を仕掛けたところ一撃で仕留めることができた。
そんな巨大な肉なので簡単に焼くだけでも良かった。
だが、張り切り過ぎたシルビアは豪勢な食事へと変えてしまった。
「……ごめんなさい」
「やってしまったものは仕方ない。失敗は挽回すればいい」
「はい」
駆け出して子供たちに色々な調理法を教える。
子供たちも異常な料理の腕を発揮したシルビアの講義に聞き入っており、これも授業になっていた。
「なあ、俺たちも食べていいか?」
気付けば冒険者が全員集まっていた。
中でもクレイグさんのパーティはシルビアの作った料理を我慢できないらしい。
「ええ、これぐらいならいいですよ」
☆ ☆ ☆
食事を終えた子供たちは移動で疲れてしまったのか眠たそうにしていた。
グループ毎に別れて村に用意されていた空き家へと移動していく。いずれは宿屋として利用するつもりで建てられたらしいのでかなり大きい。
さすがに宿屋1軒だけでは全員を収容することができず、他にも建てられていた空き家を利用することになっていた。
「じゃあ、エリオットたちはこっちへ」
子供たちをイリスが案内する。
彼女が案内する子供の中には身内である妹たちやエルマー、それに俺たちに護衛させるつもりなのかエリオット、他に十数名の生徒たちが着いて来ていた。
「けっこう掃除も行き届いているじゃないか」
「他の家もそうですけど、先ほどパーティメンバーのイリスを先行させて掃除をさせました」
イリスがエリオットに対して頭を下げる。
「すまない。貴重なAランク冒険者を掃除などに使うつもりはなかったんだが……」
「気にしないで下さい。この家の掃除は私たちが望んでやった事です」
「そうか」
本来なら空き家を提供する村の方で掃除もされているはずだった。
ところが、村の方では全く事前に動いていなかった。
そこで、急遽こちらで掃除をする必要ができてしまったのだが、あまりに時間がなかったのでイリスのスキルに任せた。
「短時間でここまで掃除をしたのは凄いな」
エリオットはイリスの姿を村に着くまでは護衛として馬車の傍にいたのを見ており、食事をしている最中には自分たちの傍にいた事を知っている。
だから、馬車が村に辿り着いてから食事が始まるまでの僅かな時間で掃除を終えたと思っている。
実際、短い時間の間に終えたのは間違いない。
しかし、方法は普通ではなかった。
【迷宮操作:建築】
これを応用すれば建物内を新品同様に入れ替えることが可能になる。
イリスは、短い時間でスキルを使用して戻って来ただけだった。
「さ、明日からはもっと大変になるんだから早く寝よう」