第4話 迷宮へ
「これで冒険者登録は終了となりますが、依頼を確認されていきますか?」
普通は、ここで依頼を確認して自分に合った依頼を探して、簡単なレクチャーの続きを受けるのだろう。
ただ、俺としてはそこまで悠長な事をしていられる余裕がない。
「あの、できれば迷宮に挑んでみたいんですけど……」
「迷宮ですか……」
その言葉を聞いて呆れたように溜息を吐いていた。
なにか、マズイことでも言ってしまったのだろうか?
「あなたも一攫千金を夢見て迷宮に挑むような方ですか……」
どうやら迷宮に挑む若者は本当に多く、そして帰らない冒険者の多くも駆け出しの若者ばかりのようだ。
「冒険者は基本的に自己責任なので、私から『危険です』といった注意をするつもりはありません。ですが、基本的な説明だけさせていただきます。
アリスターの迷宮は、街から西へ2キロほど進んだ場所にあります。迷宮までは街道が続いていますし、途中には看板もありますので迷うようなことはないかと思います。
初心者ということですので、私のサービスとして1階から3階までの地図を渡しておきます」
「あの……事前に聞いた話では、迷宮は一定周期で構造が変化すると聞いたんですけど……地図がきちんとあるんですね」
「もちろん迷宮構造が変化すればこの地図も使い物にならなくなります。ですが、今の構造になってから一定周期――次の満月の晩に構造が変わるまでは、迷宮の構造はそのままなので、構造変化が起きた後では、地図屋と呼ばれる職業の方が地図作成の為に迷宮に潜ったりしますよ」
迷宮の上層部分に関してなら強力な魔物も出現しないため、戦闘力の低い者でも対処することができる。地図作成が得意な、あるいはスキルを持った者が戦闘のできる冒険者に守られながら地図を作成する。
そうして作られた地図は冒険者ギルドが高値で引き取ってくれていた。
俺もお姉さんから地図を受け取って迷宮について確認してみる。
けど、この地図がサービスでもらえた理由が分かった。
「ちなみにこの地図を買うとしたらいくらになりますか?」
「1枚につき銅貨で10枚ですね」
安い、あまりに安すぎる……。
その理由は、紙に大まかな直線と曲線が描かれていて、入り口と下層に繋がる階段のある出口が記されているだけの簡単な地図……地図とすら呼べないような代物だったからだ。
おそらく本当に金欠な人の為に売られる簡略された地図なのだろう。
それが3枚で銅貨30枚。
地図の精度を考えれば、逆に多く取られているような気がする。
「ちなみに戦闘経験があると仰っていましたけど、どのような魔物を倒した経験がおありですか?」
「そうですね。畑の作物を狙う角付き兎や森の狼が中心ですね」
村には街のような外壁はなく、簡単な柵で囲われているだけなため村の外に作られた畑だけでなく備蓄している食料を狙って魔物が侵入してくることがあった。
中でも頻繁に侵入してきたのが額から鋭い角を生やした角付き兎。愛くるしい表情ともふもふの体に反して獰猛で、額から生えた角で貫かれると大怪我をしてしまう。たまに村から離れた場所にある森から狼の魔物が現れることもあった。
そんな魔物を倒しているうちにいつの間にかレベルも上がっていた。
「でしたら、3階ぐらいまでは問題なさそうですね」
「1階から3階までにはどんな魔物が出てくるんですか?」
「1階から10階までは洞窟型のフィールドとなっているので、出てくる魔物は主にゴブリンのような環境を選ばずに生存できる魔物。それから蝙蝠タイプの暗闇を好む魔物が生息していますね」
子鬼――鬼の顔をした子供のようなサイズの魔物で、退治をしてもいつの間にか湧いてくると言っていいほど数の多い魔物である。だが、数が多い割に素材として使える部分が少なく、肉も人間の食用には適していない、などといった理由から嫌われていた。
ただ、サイズに見合った程度の力しかなく、子供でも数人で襲い掛かれば一匹倒すのに苦労しない。俺も一人で戦ったとしても問題なく倒せる。
「ゴブリン程度なら問題はありません。ただ、蝙蝠系の魔物とは戦ったことがないのでなんとも言えませんね」
「蝙蝠系の魔物は天井にいることが多いので魔法が使えないのなら弓矢など持っているといいんですけど……」
やはり、装備にも問題があったか。
俺は、実家を出る時に父親が遺してくれた軽装の鎧と剣の装備一式を持って出てきた。
そんな見習い兵士のような格好で冒険者ギルドにやってきたのだが、周りにいる冒険者を見てみると俺のような恰好をしている者はいなかった。みんな、思い思いの装備で自分の戦い方に合った装備をしている。
俺の戦い方は兵士だった父から教えられたものなため、俺も自然と陣地である村を守るように立ち塞がり、剣や槍といった武器で串刺しにして倒すという方法を取っていた。
しかし、自分から魔物に向かって行く冒険者がそれでは不足だろう。
「装備の貸し出しなどは行っていないので、依頼をこなしながらお金が貯まったら整えるのが普通ですね」
お金が貯まったら……借金のあるような状況では、装備を整えるような余裕もなかった。
弓矢は非常に役に立つのだが、矢のような消耗品を常に消費する。回収できれば使い回すこともできるが、いつまでも使い続けられる財政状況ではない。
「とりあえず蝙蝠系の魔物が出てきた時は逃げるようにします」
「後は、昆虫系の魔物もいくつか出てきますが、すぐに行けるような階層に出てくるような魔物相手ならどうとでもなるでしょう」
その後、出てくる魔物への対処法などを教わってから冒険者ギルドを後にした。
俺とお姉さんの話を聞いていた冒険者が何人かいたのか、登録したばかりの新人でありながら危険な場所とされる迷宮に挑む俺のことをニヤニヤとした表情で見ている冒険者が何人かいた。
しかし、村を出る時に向けられていた視線に比べれば優しいもので、受け流すと迷宮のある場所へと向かう。
☆ ☆ ☆
「ここが迷宮か……」
街を出て、街道を歩いていると小さな森のような場所に繋がっていた。そこには、木で組み立てられた建物があり、看板を見ると『冒険者ギルド迷宮出張所』と書かれていた。
「おや、初めて見る顔だね」
カウンターの役割を果たしている窓に近づくとおばちゃんが挨拶をしてくれた。
「はい。冒険者に登録したばかりで、迷宮には初めて挑戦します」
「そうかい。なら、ここの利用方法を簡単に説明しておくよ。迷宮に入る冒険者には、全員にここで冒険者カードを提出して、この紙に全員分の名前を書いてもらうようにしてもらっているのさ」
入り口で名前を書くことによって出張所の方でも誰が、いつ入っていったのかを把握できるようにしていた。
戻らなかったからと言ってギルドの方で特別何かをする、というわけではないが後で人の出入りを確認できるようにする必要があるらしい。
俺も冒険者カードを提出して、紙に名前を記入する。
「そんな装備なんだ。気を付けるんだよ」
「大丈夫ですよ。今日はそこまで深く潜るつもりはありませんから」
「そうかい?」
狙い目は迷宮の構造が変化するという満月の日だ。
満月の日はたしか四日後だ。
それまでに迷宮に慣れ、構造変化と同時に補充される宝箱を回収するのが目的だ。